011:勇者という存在

 あー、今日は勇者が来た話を書こうか。


 といっても先日の勇者召喚とはまた別件でね。いわば私のカウンターウェイトとしての勇者、つまりスライムキラーなんだな。今回は軽くあしらって終わりだったんだけど……話を聞いたアイリスちゃんが血相変えてやって来たので大困りだったよ。


『あら、アイリス様。如何して?』

「大丈夫ですの?!」

『大丈夫も何も、このとおりですわ』

「はぁ……よかった。勇者が来たと聞いて私、一瞬息が止まってしまいましたのよ」

『これでも災厄級ですもの。そうそう負けませんわ』


 負けない……というか戦ってすらいないのだけどね。でもでもだってと不安そうな彼女であるが、彼女も仕事がある。存分に慰めてからお土産を持たせて帰ってもらった。お土産はスライムさん手製のバターマシマシクッキーである。デブの元だ。

 とはいえ心配するのもわかる。いまや連合国に無くてはならない存在だからなあ。だからってちょっと心配性すぎる。とはいえあせるのも理解できるんだけどね。



 さて、勇者と言っても大きく五つの種別が有る。



 一つは『自称勇者』。自分で自分を勇者という人たちだね。子供たちのごっこ遊びにはじまり、若気の至りで騙ってしまうやつ……つまり黒歴史だね! 大きいお友達がやるとすごくイタいのだが、結構な数出てくるからあなどれない。なんでかと言えば吟遊詩人がよく語るからなんだな。何処其処の誰其が何某と歌うと、有名じゃない人は『へー』としかならない。これがちゃんと認識されてくると次のステップに進む。


 一つは『他称勇者』。所謂村や街単位で有名になるってパターンだ。街の頼りになる戦士さんって位置にいる人や、新進気鋭の冒険者、あるいはベテラン冒険者を指す。こういう人は実力はあるが定点にいるから、私のようなダンマスと遭遇することはまず無いだろうね。彼らの目標は街の防衛、あるいは自分のために動く事が基本だ。明らかに分不相応な危険に身を晒すことのない、堅実な人たちと言える。有り体に言えば英雄といったところかな。


 一つは『国家勇者』。国や都市が指定して勇者と定めた者たちを指す。実力はもとより権力が下地にある、最もポピュラーな者といえるだろう。魔物が跋扈する世界だからこうしたわかりやすい英雄が必要なんだね。だから見た目や戦果が特に重要視される勇者でもある。まあ他称勇者の拡張版と思ってくれれば良いけど、どうしてもプロパガンダ的な意味が強いんだよねぇ。なお『聖女』や『剣聖』なんかもこのカテゴリに属する。


 ここまでが人の世界における定義。のこり二つがある意味で本物の勇者ってやつになる。


 一つは『神託勇者』。文字通り神から加護を授かって、無双の力を手にした英雄中の英雄だ。正に神が選びだした英雄なのだが、恐らく任意で造り出すことができる。以前から気にしている『勇者召喚』がこれにあたり、ズっこい能力を持って現れる連中と言っていい。だいぶ厄介な存在と言えるだろうが、正直慢心してくれたなら私や大魔王の敵じゃない……とはおもう。地力がちがうからね。チートを使えばハウランドあたりだといい勝負をするんじゃないだろうか。


 一つは『宣託勇者』。神託と何が違うかと言うと、こちらは世界そのものが選びだした勇者だ。たとえば場合人類悪とでも呼べる災厄が発生したときにカウンターウェイトとして『発生』するもので、私が勝つことの出来ない存在の一つとなっている。完全に災厄のアンチユニットなんだ。そりゃ勝てないわ。


 で、今回やってきたのが『宣託勇者』なんだよね。もちろん私のアンチユニットだ。


「あ、僕カフェラテでお願いします」

『え~自分でお作りなさいな』

「僕がやるとどうしてもエグ味が出て美味しくないんだもの。ミーティが淹れたのが良いよ」

『仕方ありませんわねぇ』


 そう、目の前でぽやぽやしている黒髪金眼のヒューマ青年こそ、私の仇敵にしてカフェラテだいすきアイザック君だ。私という災厄級魔物が発生したことで生まれた宣託勇者なのだが、私のダンジョン運営と連合国の賑わいを見て倒す考えを改めたらしい。


 いや最初のエンカウントは流石にびびったよ。『エイリーズ』のお散歩中にこっちに視線向けてたから振り返ったらブルッと震えたわ。こう、なんていうの? 直感で『あっ私死ぬヤバイ』って分かるの。分からされるの。私の青い体も蒼くなるよね。

 で、戦いとなれば街がぶっ壊れるのは必定。だからおずおずと戦場を移そうと提案したら、開口一番『戦いに来たんじゃない』ときた。これには私もびっくりだよね。事情を察して私を守ろうとする街の人達(フライパンや綿棒装備。カーチャンは強い)も驚きだよね。


 宣託勇者は世界が選定した暴力装置だ。だから私という存在を見たら殺したくてたまらなくなるはずなんだけど? 言わば人類版魔物。ドーモ、マモノスレイヤーです。カイシャクしてやる慈悲はないってなもんだ。


 そこで『戦いにきたんじゃない』ってのは私もマジびっくりだよ。その後『エテ・セテラ』の商談スペースで、ウチのダンジョンモンスターたちがビクビクする中対談が始まった。要点をまとめるとこうだ。


・自分は勇者としてミーディアムと戦う意思はない。これは数日街を散策し、情報収集した結果危険がないと判断したため。

・たしかに災厄級の力を持っていることは確かだが、その力を不用意に振るうことはしていない。むしろ人類に好意的で、生活に組み込まれている。倒した場合にデメリットのほうが大きすぎる。

・特に慈善事業などへの投資も成されており(実際利益の一部は孤児院に寄付しているし、経営はソウルジェムの登場で飛躍的に良くなっている)、そういった人たちの生活を破壊する恐れが非常に大きい。自分はそこまで責任を負えない。

・また自分は宣託を受けて力を持っているが、討伐するより観察してほしいという意味合いが強いと感じている。


 つまりアイザック君は世界が私に嵌めた首輪だ。もし世界を不用意に壊そうというのならアイザック君の軛は外れて私を殺しにかかるだろう。でも世界を回す一つの意思として存在している以上、異例では在るが特例として認めるという措置になったんじゃないかな。

 たぶんBC兵器の使用に関しても殺傷能力の低い方法をとったのが良かったものと思われる。やはり日頃の行いがものをいうのだよね。


 そんな彼と最下層『シャングリ・ラ』で何をしているかと言うと、『イチイ・コース』に挑戦しにきた王国の国家勇者の様子見だ。水晶ディスプレイにダンジョンの影像を投影してリアルタイム実況だよ。王国は私が何をしたか知ってるから討伐に躍起になってるんだよね。


 ちなみにそんな事せずとも普段散歩してるんだから襲撃すればいいと思うじゃない? だが私に限ってそれは悪手なんだ。特に『エイリーズ』散歩中に私を襲撃しようものなら、街から総スカン喰らって村八分にされる。残りの二分もあくどい商人の質の悪い割高サービスに限定されるので、実質街での活動は不可能になってしまうね。

 分かる人には分かる説明をすると、街で私に斬りかかると鶏が無数に襲ってくるやつだよ。日頃の行いの賜物と言ったところだ、くっくるどぅどぅどぅ。

 なおこいつらは初日にやらかしました、+激しく阿呆+。


「しかし……これは無様だね。王国もめっきり質が落ちてます」

『さすがの私もちょっと、こう、どうしていいか迷いますわ……』


 なにせ真逆まさかの1F敗退である。いやそれならまだいいのだが入り口入って五分で撤退だ。おいおい、今のダンジョンバーサーカー共は34Fまで潜ってんねんぞ? それが1F敗退ておま……■ィザードリーじゃないんだぞここ。本気で私を打倒しようとしているのだろうか甚だ疑問だ。

 いやぁ、ほんとどうするんだろうね。『イチイ・コース』は100Fまであるんだが。この調子だと攻略に千年は硬いぞ。ぼろぼろになって逃げ出した国家勇者たち……このままおめおめ帰る事もできないし、街からは総スカン食らってるし行き場がない。ちなみに顔は写真が出回っているので連合国のどこいっても冷や飯が待っている。可哀想なゆうしゃさま……。


 まぁこんな調子だから『勇者召喚』なんて噂が流れているんだろうねぇ。マジで来たらどうしたものかな。相手が神託勇者ならちょっと対処を考えないといけない。アイザック君と相談しつつどの程度はっちゃけるか考えないと、彼の殺意がマッハで私に向く。そして死ぬ。ヤバイ。


 しかもアイザック君は概念的に私より強いことに加えて努力家でもある。なにせ彼が『エテ・セテラ』に通っているのは修行の意味も在るんだから。


『さて、今日はどのようなトレーニングをお望みかしら』

「うーんそうだなぁ。ドラゴン三体、いけるかい?」

『問題なくてよ。地下四十層のもので良いかしら』

「そうだね。それぐらいがちょうどいいかな」


 ちょうどいいというが、彼は『宣託勇者』としての力を使わずにドラゴンの相手をしようとしている。


 なんでこんな事をしているかと言えば、世界の抑止力としてではなく本来の実力で私を打倒したいからだそうな。何度も死にかけて、何度も挫きかけて、それでも前に進む姿はなんかもうドMの鏡だとおもう。こないだ死にかけた所を治療したら嬉しそうに笑ってたし。戦術考察で模擬戦するとそれはもう楽しそうに戦うし。まったく、私が最高位の回復魔法やエリクシールポーション精製出来なきゃ何度死んでたか分からんぞ。

 それにな、災厄級の魔物に比肩するってことは既に人類を止めているに等しい。アイザック君はドMだけど悪いやつじゃない。そう生き急いで人間辞める必要はないと思うんだけど。円環の理を抜け出すってのはね、何もいいことばかりじゃあないんだよ? そう説得するのだが彼は決して諦めないんだ。

 何が彼をそこまで突き動かすんだろうなぁ……災厄級のスライムさんでもわからないことはたくさんあるのだよ。


『いい加減諦めては如何?』

「貴女は僕の目標ですから。諦めるつもりはありませんよ」

『まったく……』


 彼の目は諦めを知らず爛々と燃えている。うーん、これさえなければふっつーにイケメンの良い男なんだがなぁ……。世の婦女子の方々はキャーキャー騒いでいるのだが、真実を知ってしまったらどうなるやら。まぁそれでも付いていく人は多そうだ。なにせストイックな麗人となれば女性人気以外にも男性人気が出てくるからねぇ。


『余り無茶しないでくださいましね。傷を負うにも限度がありますわ』

「問題ないよミーディアム。君を倒すまで……僕、死なないから」

『はいはい、情熱的で結構なこと。では転送いたします』


 カップを置いた彼が瞬時に目の前から消える。同時に専用の戦闘フィールドで標準的なドラゴン三体と一騎打ちがはじまった。ちなみに宣託勇者としての加護を活用すればものの一秒で始末できるが本来の実力でとなるとやはり厳しい相手だ。そもそもドラゴン一匹を単騎で始末できる時点で人類止めてる感あるんだけど、上には上がいるからねぇ。ハウランドなんかは五匹相手にしても余裕だろう。


 けれどアイザック君は本当に努力した分だけ強くなるなぁ。ちょっと嫉妬してしまうほどだ。彼はもともとある男爵の三男坊で、騎士見習いだったんだよ? それがいまや龍殺しをすら可能とするんだからあなどれない。神の加護は老化を止めるから、このまま行けば本当に私を倒せてしまうかも知れないね。それが何となく嬉しくも寂しいと感じるのはなぜだろう?

 うーん私に明確な死がないから、それが嬉しいのかも? 私が殺せないものの1つに『私』が含まれるからね。死にたいときに死ねないっていうのは、なかなかにキツイときがあるんだよ。やっぱり、前世が人だからってもう人であることはどうしても出来ないからねぇ……なんて感傷に浸ってみたりする私だ。


『あ~腕やられましたわ。これは不味い』


 具体的には食いちぎられた。これで膂力は半分だが、変わりに一体の逆鱗を貫いて仕留めているのは流石といったところか。だが残り二体を始末するのが早いか、失血死するのが早いか。あーあー、そんな雑に回復魔法を使っては後の治癒が面倒なのですが?


『でもそれで終わりませんよね』


 血の匂いに浮かされたドラゴンは突進してくるが、それを霞構えのカウンターで迎え撃つ。ドラゴンの弱点は少ないが、彼はそのうちの一つである眼球を見事に突き穿つ。しかし質量差はいかんともしがたく、剣を持っていかれてしまった。流石にこれ以上は無理かな……止めようと考えるけれど、彼の目はまだ諦めていない。


 咆哮するドラゴンに向かって、閃光呪文を発動し目眩ましをすると、一気に懐に入り込む。そして尻穴に向けて極大爆裂呪文を叩き込んだ。繰り返すが、尻穴に向けて極大爆裂呪文を叩き込んだ。


 うん、まぁ……ほら、魔物とは言えドラゴンも生物でしょ? だから尻穴は逆鱗と同じく装甲が薄い弱点なんだよ。ここに糸を通すように爆裂呪文を通すと大変なことになる。なまじ外皮が硬いだけに、爆発力は内側で反響しあいめちゃくちゃに引き裂くんだね。そのままくんにゃりボチュンと四散した。うん、討伐成功だが……彼はもはや満身創痍だ。そのまま気絶してくたりと倒れてしまった。


『全く、男ってこんなにも馬鹿だったかしら』


 私も男だったがこんなにバカじゃなかったと思う。再転送でアイザック君を呼び寄せる私はすぐさま彼の体を粘体で覆い尽くす。そのうえで最高位回復薬、麻酔、魔力補填薬、その他諸々を投与し、さらに回復呪文で失われた腕の回復に努める。


 また破れた服は切れ端から紡いで元に戻して、鞘に彼の得物を戻したら完了だ。


 ぺいっとベッドに吐き出すと、程なく彼は目を覚ました。ムクリと起き上がった彼は失った腕をグーパーと開いて感覚を確かめ、私を見上げる。


「ああ、すみません。治していただいたようですね」

『まったく。あなたの中で『勝つ』という概念はどうなっているのかしら。人はあれを玉砕と呼ぶのですわ』

「ははは、格好悪くて申し訳ない」

『そういう問題ではございませんわ。心配かけさせるなと言っているのです』

「心配してくださるのですか?」

『それはそうでしょう。お友達ですからね』

「あはは、まだお友達ですかぁ」

『訂正します。大切なお友達です、死に急ぐ真似はよしてくださいましね』

「……そうも行かないんですよねぇ」


 なんとなく残念がるのはなぜだろう。うむ、やはり彼は……真正のドM、なのだな……。いやさこうなったのもある意味私が原因でもある。嫌と言わず、今後とも見守ることにしよう……。



 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。


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