009:魔物とは何なのか。あと酒

 きょうは魔物について書こうかな。といっても間接的になるけど。


 実は遊びに来たもとい愚痴りに来たハウランドが、王国の密偵が面倒くさいという話をしていた。今日の飲み物はハイボール。ウィスキーは空間魔法で熟成促進したやつで、炭酸水は空気中の二酸化炭素を集積し、軟水に混ぜ込むことで生成した。あのプシュッとやってジュワワワーってなるやつだな。


「あ゛~ハイボールうまいのう、うまいのう」

『飲み口がいいので飲みすぎないようにしてくださいまし』

「この干し肉スパイス効いててうまいのう、うまいのう」

『ジャーキーも食べすぎるともたれるからお気をつけて』


 そして私はバーママをしている。何故だ。いつものことだからだよ!


 さて、密偵の話をしよう。連合国は公式に人族と魔族に差別をしないと憲法に定めている。なので公道で『魔族ごときが』とか『人間ごときが』なんぞ言おうものなら即お縄だ。当然だよね、国の方針に従えない迷惑者なんだから。けれど弁えてさえいれば連合国は非常に住みよい国だ。

 逆に言えばそれを理解してさえいれば内心どう思っていても住むことが出来てしまう。結果的にヒューマンやエルフ、ドワーフが入りやすく成ったので、王国のスパイが多くやって来ているのだ。入国は連合国憲章を理解していることが条件なので、入るだけなら隣家の庭を覗くより容易なのは想像に難くない。

 だがそれはもとより見越しているから、連合国の密偵対応班通称SHINOBI(命名私)が適宜監視をしている。もし武装蜂起なぞしようものなら『ドーモ、SHINOBIです。お前を殺す、慈悲はない』と皆殺しだ。もちろんそうならないように動いてもらっているけれど、ハウランドの言う通り密偵は相当数入り込んでいる。この対処に結構な予算を取られているので連合国は王国に辟易としているのだ。

 連合国と魔国は友好的だけど、連合国と王国は致命的に仲悪いから仕方ないんだけどね。先だって『神の軍勢』なんて単語が出てきたもんだから、さらに警戒度マキシマムで対応中だ。これは大魔王様も協力を申し出ていて、『魔国としてバッチリ力を貸すよ』とお墨付きを頂いている。ヒュー! 頼りになるじいちゃんだぜ! まぁ会ったこと無いけど。


『王国もなりふり構わない様子ですわねぇ』

「そうだぞ。数年前の出兵の影響が未だに出ているからな」

『たしか多くの貴族がお取り潰しになったとか』

「それだけではない。水虫治療に関して根こそぎ外貨を奪ってしまったからな。彼国の恨みは相当なものだぞ」

『あら。それは自業自得というものでしょう』

「わかってはいても、感情はどうしようもあるまい。よもや十万の兵が一日で使い物にならぬなど誰が考えようか」

『それがBC兵器の怖いところですわねぇ』

「解っていると思うが――」

『魔国には使いませんわよ? そもそも使う理由がありませんし、大魔王殿にもお願いされております』

「しかしなぁ……」


 言われてもたしかに納得はし難いだろう。なにせハウランドは『惨劇をみちゃった人』だし。全身痒みに襲われる様は見ていて股がヒュンとなったことだろうね。実際に己がなると想像すればタマもキュンとなるのも致し方ない。


「まったく。大きく手を打たれる方がまだましだったかもしれぬ。密偵をばかすか送りおってからに……質が悪くとも対応は必要。そのせいでかかるコストも莫大だ、まったく面倒な。王国は今、内政に目を向ける時であろうにな。そう思わぬか?」

『ですわねぇ。地盤を固めきってから、では遅いですがゆらぎに揺らいでいる今やるべきこととは思えません。下策も下策でしょう』

「しかも、だ。彼国の工作の資金源は民への重税で賄われておる。いまや王都の民ですら食うに困る始末だ。貴公も難民が流れているのは聞き及んでいよう?」

『ええ、まぁ……』


 実際に領地が接する国境では軍備もそうだが難民キャラバンが絶えず連合へやってきている。完全に夜逃げだ……最早国としての体面すら保てなくなりつつ在る、それが王国の現状と言えるだろう。


『不味いですわね。自爆した結果とはいえ、追い込まれた獣は何をしでかすかわかりませんわ』

「本当にな。我の調べによれば既に町が2つ、都市が1つ消えておる」

『え、そこまで来ているのですか?』

「そうとも。王都で食うに困るのだぞ? 末端など誰も気にせぬわ……民を人と思わぬ君主なぞ死んでしまえば良いのに! 大魔王様バンザイ!!」


 そう言ってハウランドが三十年相当のハイボールをカッとあおる。でもね魔王さんや、このハイボールはそういう安酒みたいに飲むものじゃないんですよ。こうね、ちびりちびりと一口を大切にする紳士の飲み物なのですよ。すぐ作れるからってね、ポコジャカ飲んだら意味ないわけよ。おわかり? おわかり? でも愚痴ってる時に飲みやすいハイボールを出した私にも否は有るだろうなぁ。

 ちなみに■ントリーの竹■三十年をイメージしたものでとても飲みやすい。香りよく後味もスッキリして、辛味はあれど深いコクと甘みがある。そもそも三十年モノでハイボールとか贅沢にもほどがあるけどそこは自家製だからね。ワンショット金貨3枚なんて私が作れば銅貨10枚よ。空間魔法は物価と物流を根底から変えてしまうから恐ろしいところだ。

 ちなみに召喚魔法はまだ会得できていない。いや座標の指定がクッソ難しいんだわ……三次元的な位置固定じゃなくて、五次元的な位置把握が必要とわかっちゃってなぁ。なんでこんな複雑な術をスポンと簡単にできてしまうのかさっぱり分からない。

 いっそ既存の技術を参照しようかしらん。いやでもここまできたら行くところまで言っちゃったほうが良いよね……弱音ですはい。

  

「もーアイツラなんなのォ?! 隠密する気あるのかねェ! ねぇよ! 密偵という仕事がまるでなっとらん馬鹿なの死んじゃうよ?! だからといって放っておけないし、うじゃったいったらないんだが! だが!」

『そうですわねぇ、SHINOBIの方々は二十四時間営業ですし、ハウランド殿も緊急案件は夜中でも叩き起こされる手はずでしたわね』

「昼夜を問わず活動するゆえなぁもう止めていいよもう見っけたら潰そうでいいじゃんいいじゃん。隊員の健康も心配だからつぶしちゃおうよママもそうおもうだろォ?」

『ハイハイソウデスネー』


 ママじゃねぇよ。ママしてるけどママじゃねぇんだよ。でもママじゃないってことをちゃんとここに書いて記しておかないと、なんだかアイデンティティが揺らぎそうなんだよ。そうして己のエゴが揺らぎつつ酌をしていると、ハウランドがぽんと手を打った。


「いやまてよ?」

『なにか妙案でも浮かんで?』

「うむ。もし貴公がスライムを調教して提供してくれれば楽なのだが、と思ってな」

『はい~?』

「貴様という事例が存在するならば、魔物の調教も可能なのではないか? ほれ、ダンジョンの魔物共はちゃんと理性と節度を持って接しておるだろう。であれば密偵を探し出すスライムやゴブリンが居てもよかろうとおもってな。どうだ?」

『――難しいと思いますけれどね』

「ほう、何故だ?」

『魔物はですわ』


 以前魔族と人族は同じ『人類』であり、『人類』は『魔物』とは別物であると書いた。じゃあぶっちゃけ何が違うのかと言えば、私以外なら百人が百人『魔石の有無』と言うだろう。だが人類と魔物の違いはそれだけじゃあない。魔物は良くも悪くも『変化しない』んだ。それが利点でもあり欠点でも有る。


 たとえばオークという魔物がいる。筋肉ムキムキマッチョデブのブタ頭の魔物だ。こいつはほっとけばどこまでいってもオークのまま、進化も退化もすることがない。所謂分類で細分化は出来る(例えば砂漠特化と沼地特化の差)が、在り方自体は五億年たとうが一切変わることがない。これが人類なら農耕や狩猟により筋肉の発達に影響がでるけど、魔物が同じことをしても一切替わらない。ある意味全てが同じクローン存在とも言えるね。

 またレベルアップによるクラスチェンジも忘れてはならない点だな。魔物は己の魔石に魔力を貯め込む事ができるが、これが一定以上の基準を上回ると進化する。例えばゴブリンがゴブリン10体分の魔力を貯めるとホブゴブリンに進化する。まさにクラスチェンジの言葉にふさわしい現象といえるだろう。


 で、最大の差異がまさに問題なんだけど……魔物は生物、特に人類に対して基本敵意を持っているんだよね。生まれながらにして天敵として生を受けているんだよ。いくら私達レジェンダリー級が理性を持っていてもそれは消しきれない。本能を確り制御できているからこそ理性を持っているのであり、逆に言えばそれほどの高位な魔物でなくては敵意を消しきらないんだ。

 つまり……ハウランドが考えているような、ダンジョンの拡張として町にスライムを配備するというのは現実的ではないのだな。


「しかし貴様のダンジョンのゴブリンやコボルトは働き者ではないか」

『あれはダンジョンモンスターですからすこし区分が違うのですわ』

「何、違うのか?」

『違いますわよ』


 そう、ここが違うからまたややこしいのだよな。いわゆる野生の魔物は群れに従属するが、ダンジョンモンスターはダンジョンに『隷属』する。つまりダンジョンに縛られた存在ということだ。

 それもそのはず、野良の魔物と違って、ダンジョンモンスターはダンジョンが生み出した幻みたいな存在だ。ダンジョンコアが崩壊した暁にはもれなく消滅の憂き目にあう。言わば親機と子機の関係と言えるかな。なのでダンジョンの外には基本的に出られない、縛られた存在だ。限りなく近似した別物と思ったほうが良いと思う。ちなみに魔物が溢れるスタンピード現象はダンジョンで発生することはない。溢れる前に魔力が枯渇してダンジョンが枯れるからね。これは野良魔物特有の現象といえるんだな。


『――というわけで無理ですわね』

「うん? 然し貴公の魔物たちは外に出ておるよな。馬車の整理にスケルトン等出ていたと記憶しているが」

『あそこもダンジョンの範疇ですわよ? 私が整備した建屋と空き地は全てダンジョンですわ。通路は流石に土魔法で固めたにすぎませんけれど。また仮にあれらが外に出て繁殖しても、結局は理性を持たぬ出来損ない生まれるに過ぎません。それでは彼らも絶望してしまうでしょう。せっかく生まれた子が知能を持たぬ獣だなど……ましてや生まれてすぐ母を殺しかねない存在など、到底許容できかねましょう。そういう意味で私達はエテ・セテラに囚われているのでしょうね』

「ふむ、名案だと思ったのだがなぁ」

『名案どころか最悪の愚行ですわね。もし家畜化ができても、次に待っているのは土地のダンジョン化ですわ。ハウランド殿はダンジョンに居を構える勇気があって?』

「それは勘弁願いたいな……寝ている間にスライムで窒息死など笑い話にもならん」

『ええ、スライムは驚異なのですわ』


 さて、魔物ってやつは繁殖する以外にも『自然発生する現象』だ。つまり風が吹くのと同じ、さざ波が打つのと同じ、地震が起こるのと同じ。そこに意思と敵意が芽生えた現象といえる。

 さて、ここで問題になるのが『魔物が存在し続ける』とはどういうことかということ。魔物は大気中のエーテルの淀み――私は『瘴気オド』と呼んでいる――によって自然発生する。また瘴気は魔物が集まれば集まるほど濃くなって、さらに強力な魔物が発生する土壌となっていく。結果できあがるのはダンジョン、あるいは亜ダンジョンとでも言うべき魔境だ。仮に魔物を家畜にしようものなら、まず間違いなく魔境ができるだろうね。お手軽災厄の完成だ……っていうかこの世界の未開拓地は基本的に魔境だ。人類よ争ってる場合じゃねぇよ? 魔物サイドからはそう言わせてもらいたい。


 ちなみにこの瘴気ルールはダンジョンにも適用される。なのでちゃんと管理しないと分不相応なクラスの魔物がダンジョンに発生してしまい(たまに冒険者ギルドに出る『変異種魔物』がこれ)、そのまま放置するとダンジョンが魔力切れになってアワレにも死ぬことになる。なお世界にダンジョンがはびこらない原因の殆どがこれだ。管理ミスによる致命的な自爆……ダンジョン経営とは株式取扱やFXのように、確り監視しないと全部パアになる危険な仕事なのだ。

 勿論ウチみたいに社員の生息数および勤怠時間を厳密に管理を行い、魔物は発生しないよう調整していれば問題ない。そういう意味では……ダンジョンは私のような強力な魔物が長時間滞在しても、魔素による問題が起きにくい特殊な場所と言えるね。


『ハウランド、わかっていると思いますけれど……魔物と人類の共存など夢を見るのはおやめなさい』

「その夢が眼の前におるのだが?」

『私は、いえ"私達"は特例中の特例。広義の魔物と同じと捉えるべきではありません。魔物とは本来人々を喰らい、溶かし、覆い、闇へと落とす災害ですもの。出会いが出会いなら貴方とて溶かし食べてしまったでしょう』

「災害という割には幾分可憐であるがな」

『あら、本性を顕にしたほうがよろしくて?』

「いいや、遠慮しよう。我は喧嘩を売りに来たわけではないのだ」

『だからって愚痴を言いに来るってどうかと思いますの。そして飲み過ぎですの』

「それはそれ、これはこれであろう。これであろう。あぁ~ハイボールうまいんじゃぁ~」

『ハイハイソーデスネー』

「ふへへ、このたてちゅるとかいううぃすきーはうまいっ」

『ハイハイソーデスネー』


 うまいッじゃなくてそろそろ酒量限界を超えてゲロるので切実にやめてほしい。私はこの日記をR-15にしたくないんだ。ゲロでR-15ってどうなのよ。結局吐かなかったからいいけどさー。

 ハウランドは結構な酒好きなので、新作ができるたびこうして試飲してもらっているけど……これは流石に嫁さん報告案件かな。殺しはしない。だが叱られろ。切実に叱られろ。そして二日酔いにむせび泣くがいい。さらにシュテルンちゃんから『パパ酒臭い嫌い』コンボを喰らうのだ。

 でもそしたら絶対ここに籠もるな……ちょっとうざいな早く帰ってくれ魔王ってなるな。ううん面倒な!


「しかし貴公は凄いなぁ。かつて理性を持ってダンジョンを支配した主は居ても、此のように改変したダンジョンマスターなどいるまいよぉハイボール追加で」

『くたばれ飲ん兵衛ですわ。それは考え方の違いですわね。私は私が如何に危険であるかを理解している――ならその上で外との付き合い方を考えた結果こうなっただけですわ』

「結果が『ビジネス』というわけか。なるほど平和的だなァだからもう一杯いいだろぉ」

『だめですのよオッサン。ですから私は戦い方を殴りかたを物理から金貨袋に変えた、それだけの話ですわ』

「ママがつれないよぉ。たしかに今や貴様のダンジョンなくしては街も我が魔都も回らぬようになっておる。こうなっては容易に貴様を討伐しようなどと声も上がらぬ。むしろ討伐することで起こる影響を考えたくないわ。だからもう一杯。ねっねっ?」

『フフフ、もう奥様にはチクりましたのでご愁傷さま。あらゆる点で私は勝者なのですよ。どうかしら魔王、私達の戦術は』

「おまえなんてことしてくれたのおまえなんてことを。ここまできたらもうロックで、ロックでたのむわ。我つぶれる。ここで酔いつぶれる」

『結局酒が優先ですのーー?!』


 そういってグビリと杯をあおり、焼き鳥を口にしてはまたグビとハイボールをあおる。あのね、うちはね、酒場じゃないんですよ。半ば諦めてるけど居酒屋ちゃうんですよ。みんなしってるとおもうけど、ここ私ん家なんですよ。強いて言えばホムセンのフードコートと言えなくもないけど、明らかにここバックヤードだから。


 もう開き直ってのれんでもかかげてやろうかしらん。


 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る