008:恋多き男
今日はおさんぽしたときの話をしようかなぁ。と言っても愚痴なんだけどさぁ……災厄級スライムさんにも悩みはあるんだよ。
私は研究の休憩時以外だと、それらが一段落したときに、外に出向いておさんぽすることにしている。まあ街歩きの趣味ってやつだ。それ以外にも私の様な管理者は、たまに顔出しとかないと顔を知ってもらえない。この世界の情報は主に人づての噂話か目で見た情報だからね。姿を表すのは結構重要だったりする。
まあダンマスなのにうろちょろするのは私ぐらいだと思うけどね。ダンジョンってコア壊されたら終わりだから。他にもダンマスは『ダンジョン産の魔物』という成約があるからめったに出てこない。ダンジョンの死が己の死と直結するんだからそらそうだ。因みに私は外から制圧した野良スライムなので制約は受けない。ハッハッハ、私は自由だ。でも従業員はきっかり守るよ。そこは社主だからね、『エテ・セテラ』はホワイトダンジョンです。
なお以前も書いたとおり私は『エイリーズ』には割とよく稀に出現する。見たらびっくりされるんだけど、すぐに『なあんだ女王様か』と胸をなでおろし、子供からは遊んでー! とか、ブランコー! とか言われる。畜生、私は子供の遊具じゃない! でもすべり台になっちゃうビクンビクン。
まあ待ちたまえ。言わばこれは未来への投資なのだよ? 『エテ・セテラ』社主たる私の好感度が上がればダンジョンの名が上がる。するとダンジョンにやって来る人も増える。ここでポイントなのが、その人が冒険者でなくても良いというところだ。ウチはホムセンダンジョン、魔力を通貨とした商売をやっているのだ。小さな積み重ねで大きな利益を生む。それは別に金銭に限った話ではない。
だから私は人類にとても優しいのだ。優しくすればリターンがちゃんとある。結果ダンジョンの売上もとい貯蓄魔力はうなぎ登りだ。けっして、決して私はノリノリで滑り台をジェットコースターにしたり、ウォータースライダーもどきにしたりはしていない。すべてはそう、投資、投資なのだよ。ヒャッハー! 投資の名のもとにすべて赦されるって素敵だよね。
そんなもんだから街の人達は私にとても優しい。
「ありゃあ、女王様! ご機嫌麗しゅう」
『おばあちゃん! 腰を悪くしたと聞いていたけれど?』
「なあに、女王様の薬でこのとおりですわい!」
『それは良かったわ。なら今度はちゃんと薬師の先生の言葉を聞いてちょうだいな。その年でワイン樽を担ぐのはどうかとおもうの』
「女王様ーー! 惚れ薬はないんですか!!」
『有りますけど作りませんわよ。それより自分磨きをなさい。はいこれ新作化粧水の試供品』
「くっ、そんなもので私はつられクマーー!」
『フッ、チョロインですわ』
「じょおさまー!」
『じょおうさまね。はいはいなんですか?」
「おしっこ」
『おトイレはあっちよ!! はいはい道をお開けになって!!!』
ふっ、ざっとこんなもんよ。思い返すに近所のおばちゃんムーブなのは気にしてはいけない。まぁ、その、なんだ……なんだかんだやってることが実っていると気分がいいよね。やはり承認欲求は満たされてこそだと私は思うんだ。でないとモチベーションが保てないからね。ただし承認されたいためだけに物事を始めると全てが後手に回っちゃうから、その点はかっきり割り切るべきだけど。私が魔物であること、またスライムである事はどうしようもなく切り離せないものなのだからね。
さて、こうして私は街の人に概ね受け入れられているけれど、十人全てがこのように好意的というわけじゃない。嫌悪感を抱いている人は当然いるし、抹殺を狙う奴(教会とか教会とか教会な)も居る。だが最も面倒くさいヤツは誰だ、と問われたら私はこう答えるだろう。
私を好きすぎる者と。
『げっ』
「おぉ艶めかしき粘液の女神よ。ローエンハイムが罷り越してございます」
大仰にお辞儀をして私の前に現れたのは、衆目美麗な金髪碧眼翡翠角魔族男ローエンハイム。私はコイツが特別苦手に思っている。何故ならばこいつ、よりにもよって私に求婚しているからね。うん、勿論異性的な意味でのものだ。彼は別に魔物マニアではないので、マジで子作りしようぜと言ってきている。
さらに言えば 彼はアイリスちゃんに心を寄せてるわけではなく、私自身を相手にしている(前にも書いたが私の人形端末の容姿はアイリスちゃんのコピー)。見た目ではなく中身で判断しているのは確実だ。それが尚更厄介でたまらないのだよ。
『お帰れくださいまし』
「なんと辛辣な! しかしこのローエンハイム、一筋縄では参りません。必ず貴女の心を射止めてみせますよ」
『あらそう。しかし私は忙しいのでこれにて失礼』
「ああっ、おまちを! しばしお待ちを」
ローエンハイムはなんというのだろうな。見た目は甘いマスクで声もとろける様な吟遊詩人(魔族にしては珍しく芸術家タイプ)なのだが、いかんせん軽薄にすぎる。こうね、浮き名を流すってーのかな。女性関係がグズグズ過ぎなんだよ。
たとえば今日のように散歩するとしよう。そして近所のちょっと目麗しげな女性に話しかける、セリフはこうだ。
『ちょいとそこのお嬢さん、ローエンハイムなる魔族をご存知かな?』
すると九割は知っていると答える。しかも少し顔をあからめて、だ。感情は故意じゃないんだけど吝かじゃないぐらいが最低ライン……それが9割。もはや災害といっていいんじゃないだろうか。っていうか災厄級スライムの私なんかより断然質が悪いとおもうんですよ。私なんてズッと行ってバッとやってドーン! の力押しが怖いけど、ローエンハイムは浸透作戦だからね。気づいたら掌握されてる感じ。怖い。ローエンハイム怖い。そして酷い。
こうして婦女子達を軒並み落としておいて何もしないとか男としてどうなのよ。いや手を出してたら屑認定で始末待ったなしだけど。ちょっとこう爆発しろ? って考えても許されると思うんだよね。そこらへんのさじ加減が絶妙なのもムカつく要因だ。
ちなみに彼は見た目裕福に見えるが、本業……一応本業の吟遊詩人活動はあまりおおっぴらにしていない。じゃあどうやって収入を得ているかと言えば……うん、分かりやすく言えばヒモなのだよ。しかも不特定多数の婦女子から支援される約束されし祝福のクズ男だ。やっぱどう転んでも屑だった慈悲はない。
そんな男が私に惚れましたなんて近付いてきたら君たちどう思うね? そりゃ懐の資産が目当てと考るよね。私はホムセンダンジョン『エテ・セテラ』の主であり、同時に大商会エテ・セテラの社主でもある。基本的に魔力資源をやり取りしているが、人類資産も相当持っている……現金もちゃあんと懐に抱えているんだぜ? そこに声をかけるならまず私の立場は外せないのだ。ここに『あなたが好きです』なんてヒモ野郎が来たら間違いなく資産目当てでしょう。というかそれ以外に何が在るというのか。
そもそも私自身、色恋という感情が沸かないんだよねぇ。たぶんスライムが単為生殖なせいだとは思う。つまり番を持つ意味がないんだから、そういう情動も巻き怒らないってことなんだね。そもそも心臓とか無いから『トゥンク』とかしようがないし、吊り橋効果で間違いが起こることはない。つまり……私が恋することは今後も無いだろうね~。
というわけで無視してぬちゃぬちゃ這いずり去ろうとしていると、ローエンハイムも小走りで駆け寄ってきた。来なくていいんだが?
「なんと連れないお方、ですがそれもまた良さというものです。孤高の華は容易になびかぬとローエンハイムは心得ております」
『ハイハイソーデスネー』
「ローエンハイムは本気でございますよ?」
『いい加減になさったら?』
まぁ気持ちは分からんでもない。なまじアイリスちゃんという美少女を模倣しているだけあって、人型端末の見てくれはとても美しいと自負している。さらに粘体と言えばねとっとするイメージだろうが、表面は硬化しているのでまるで動く宝石のようにも見えるんだな。まさに芸術品と言っても過言ではないね。……そう考えると私よく指名手配受けないな。大体こういう災厄級の魔物が現れたら冒険者ギルドに懸賞金張り出されるんだけど、そういう話はまだ聞いてない。王国側ならありそうだけどいくらになってんだろうね、一応王国軍十万を一網打尽にしたの私だし。
ハウランドやゴディバさんがそういう考えを持っているとは汁ほども思わないけれど……コイツに限ってはどうだろうね? 私は寛大だが非情さは忘れていない。敵対するものに情け容赦は無用なのだ。言葉巧みに言いくるめて献上とか言われた日には暴れだしても仕方ないとは思わないか? それは望むべくもないので、そういう意味でもローエンハイムは苦手なんだよなぁ。
『私、ヒモ男に構うほど暇ではなくってよ』
「ヒモなどと悲しいことを仰る。私めは自由の鳥なのです」
『物は言いようですわね。ならばそのまま飛んでいけば宜しいでしょう。自由な獣は危険に対し敏感なはず、ここに留まる理由は無いでしょう?』
「いいえ御座いますとも。渡り鳥にオアシスは必要不可欠……ああ貴女様は正に乾きを潤す泉の精霊にほかなりません」
『ハイハイ』
適当にあしらうもこの男はついてきてぺちゃくちゃと喋くり倒す。このようにローエンハイムは嘘を真のように喋るので本当に疲れる。心が揺れることはないが、言葉は真っ直ぐに聞こえるんだよね。心拍数、汗腺、瞬きの回数、全てにおいてフラット……裏の読めない以上に不気味な魔族。嫌いなら付き合いをなくせばいいと思うだろうが、この男に限ってはどうにも縁が切れることはない。っていうか切れたら切れたで私が困ることになる。それはどういうことかと言えば――。
「そういえばご存知でしょうか。また王国軍が軍を募るとかなんとか」
『へぇ、懲りもせずまたですのね』
こうした情報をどこからか『ぽん』と持ってくるからに他ならない。以前の討伐戦で起こした十万の軍は、私達でさえ関知しないものだったのだ。情報網は多いに越したことはない。というわけで私の勘気を被ること無く飄々としているわけだな。
「しかも今回は『神の軍勢』なるものを用いるとか」
『神の……? それは刺激的ですわねぇ』
「そうなのです。刺激的かつ圧倒的! まごうことなき天より降りたる者たちの大軍勢でございます。無感情かつ無慈悲、真の鉄槌を担う断罪者達……その尖兵として勇者召喚がなされるとのことです」
特定キーワードに反応した私は触手をローエンハイムに絡めて拘束し、私の目線まで持ち上げる。
『ちょっとくわしく。特に勇者召喚とかいうものについて。事によっては褒美をとらせましてよ』
私は独自に魔法の深淵に触れているが、召喚系はまだ手付かずだった。理由は単純で、空間系の魔法を深く理解している必要があるんだね。だってそうでしょう。別世界、あるいは同軸世界の同位体ではなく『同存在』の位置を変換するなんて、機械じゃあるまいし一両日で出来ようはずがない。まぁ今ある召喚魔法を解析しろって話なんだけどそれはそれで面白くない。せっかくだからイチから構築してみようってんで、私の最近の研究テーマはもっぱら空間に対する干渉方法だったりする。
だからこそ『勇者召喚』なんてものに対して警戒してたりするんだ。
前世にそういうお話が数多く綴られたのは記憶にも残っている。私が前世を持つこと、また特定固有名詞が塗りつぶされる現象から『神』の存在は明らか。となるとローエンハイムが掴んだ『神の軍勢』は言葉通りのものであり、また勇者召喚の対象となるのはまさしく一騎当千の英雄ということになる。
ここで問題になるのが私という実在存在だ。私の前世は別世界にあった……まさに空想が現実となっている以上、最悪クラス転生なんてのもあり得るんじゃないかな。結果やってくるのはチートの軍勢だ。ああいやだいやだ、ズルは居るだけで害悪だって言うのに。状況を見ない向こう見ずが分不相応な力を奮って攻めてくるなんて冗談もいいところだ。
なお私は正当なルートで災厄になったから除外する。
すべては予測だけれど、だからこそ正確に事態を把握する必要がある。でなければ折角うまれた人族と魔族が協和する国が壊れてしまうからね。だから私は真面目、超真面目なんだがな。
「ああっ、我が女神よ! その麗しき青く透き通るもので私を締め付け給え! その苦しみは決して不快ではなく、甘美なる祝福と私はしっております」
『うわあ』
私は思わずローエンハイムを取り落としたけど仕方ないよね。私そういう趣味はないんですよ……。ちなみに無様に転がればいいものを、シュタっとかっこよく着地したのでウザさマシマシだ。こいつはヒモだがただのヒモじゃないんだよなぁ……。憎々しげにジト目を向ければフフンと嬉しそうに笑いおる。おのれ。
「少なくとも前回を大きく上回る軍勢になるのは間違いないでしょう。お気をつけくださいましね」
『ローエンハイム、私をして何を気をつけろと言うのですか?』
「ああ、貴女様はとてもお優しい……戦を嫌い命が限りなく生き抜くことを好しとする。であれば戦などという蛮行をお許しにならないかと愚考いたしまして」
『そうですわね。戦争そのものは否定いたしませんが、ダンジョンマスターにとっては不利益しかありません』
「でしょう。麗しき君は泰然と世を見守っている姿こそ似合います」
『むぅ……』
だからこいつは油断ならないのだ。着実に心の奥底をひらり風のように覗いていく。深淵を覗き込むものは、また深淵に覗かれていると言うが……彼に限っては覗くばかりで捕まることは無いだろう。自由の鳥を名乗るのは伊達ではないのだ。
『なんにせよ情報感謝しますわ』
「でしたら私めに褒美を賜りたく」
『良いでしょう、求婚以外で聞いてあげなくもなくてよ』
「ならお茶でも如何でしょう。美味しいケーキを作る店が先日できたのです」
『それ私の奢りですわよねぇ』
「ウィ」
『なにがウィですか。仕方ありませんわねぇ。いいでしょう、情報量としては格安です』
内容は薄いが有益な情報であることは確か。でもむかっ腹立ったので話を聞かずに黙々とホールケーキ3つばかし貪ってやった。すまんなカフェの主人、料金は倍額でゆるしてくれ。そしてローエンハイム、おまえはそこで困っているがいい。
ちなみにケーキのお味は確かに旨いといえる。魔物的には魔力が無いのが残念だけど、十分美味しいと言えるんじゃないだろうか。とくに酸味を活かしたケーキってそうそうない(酸味は腐っていると取られるしね)からちょっと定期的に買おうかしらんとおもわないでもない。
店主にそれを言うとひどく喜ばれてお墨付きが欲しいと言われたので一筆かいておいた。スライムの論評が役に立つのかは分からないけれど、店主が喜んでいるならまぁ良しとしよう。
とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。
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