007:研究者たち
今日書くべきは研究バカどもの事かな。ひっさびさに集られたわおのれ。
以前も書いたけど私は並列思考が可能なスライム体を利用して、様々な研究や創作に没頭している。それこそ寝る必要もないので、部屋に入ったら一息つくまでノンストップで研究が進むのだ。精神的疲労も殆どないので、一般的研究者の約十倍の速度で研究が進む。一つに絞り込むならもっと加速するな。密に連携を取る優秀な頭脳が二十一あると考えれば、いかに異常だとお分かりいただけるだろうか。
まあ私自身……つまり基本ソフトウェアは凡人を自負しているが、この世界水準なら十分に高機能。ならあとは実績を積み重ね、新たな理論を突き詰めて証明していくだけとなる。一人の天才より一万の凡人が未来を進めることもあるということだ。幸い私はダンマスであり、その手の環境には事欠かない。今私という研究室が、急速に世界の真理に近づきつつある。
まあ答えのない理論(酒とか料理とかあそびとか)はあるけど魔法や魔道具は科学的アプローチを織り交ぜた新理論をかなり論理化していたりする。研究中の第六世代は軒並みアーティファクト扱いで世に出せなかったりしてね。
だから世に出せるのは精々第三世代まで。そも第二世代技術で既に画期的と持て囃されているんだから出せるわけもない。もう明らかにこの世の人類にはオーバースペックなシロモノばかり。第三世代型で勇者の剣と言い張っても十分通用するんじゃないかなぁ。
なおハウランドとゴディバさんがよく使うビアサーバーは、世に出せないアーティファクトの一つだったりする。こいつは原料を投入すると、三分少々で旨いビールにしてくれるんだ。このとき配合比を自分で調整できるから遊べてコスパも省スペース性も良い、酒飲み御用達のビアサーバーなのだ。でも酒屋絶対殺すマシーンなので絶対外には出さない。
ちなみになんでそんなもん作ったかって、きになるかな? スライムは酩酊しないから意味ないのになぜってなると思うけど……なんていうのかなぁ、全自動ってロマン溢れてるとこあるじゃん。私の研究なんて基本そんなもんですわ。ロマン重視、効率も考えるけどね!
ちなみにこのビアサーバーがなんで表に出せないかと言うと、応用すれば魔道具のオートメーション化が可能だから。リバースエンジニアリングは難しいだろうが、できてしまった場合後が怖い。
前世であった第三次世界大戦はそのへんヤバかった。大量生産される歩兵戦力から戦車戦力が馬鹿にならず、また強化外骨格およびドローンや無人化兵団が大地を蹂躙して酷いことになっていた。私が研究を進めていくのも技術検証から世界の未来図を想定し、人類の行く末、その航海図を把握する事も目的だったりする。終末戦争は悲惨だぞぉ〜なるべく避けていきたいところ。
さて、部屋の壁掛け鳩時計が鳴った。クリック・クラック八回鳴ったということはもう朝も遅いくらいだ。この世界は夜明けとともに動き出すからねぇ。
ちなみに『時計』も小型化するとアーティファクトレベルなるが、都市設置型の超大型魔道具はギリギリ頒布可能な域にある。だから設計を公開しているし、『エイリーズ』の工房で受注生産もしていたりね。時計開発は『エテ・セテラ』開発部最初の魔道具だったなぁ。感慨深い……時を計るのはダンマスにとってかなりマストな問題だし、人類の発展にも関わる重要な装置だしね。
ダンマスになぜ時計が必要なのか。実はダンジョンの中には外にあるような太陽が無いから、時間の感覚が非常に薄いんだ。どう転がっても穴蔵なので致し方ないことだが、知らないうちに一ヶ月も経っていたというのがよくある。私もたまにやるが、やらかすと取り返すのにとても苦労するからねぇ。
特に私のダンジョン『エテ・セテラ』は、より大っぴらに外へ開かれたダンジョンだ。だから外の情勢、具体的には顧客の要求調査は定期的に実施し、ダンジョンを最適化し続けなければならない。何事もうまく行っているからと疎かにすれば、待っているのは破滅だろう。それは望むべくも無いので定期的にマーケティング調査を行う必要があるのだ。
そんな訳で鳩がクルッポしたら休憩を入れることにしている。私はダンマス、つまりこの空間の王であるが王不在でも国は回らねばならない。だから私がいなくてもダンジョンは回るように設計してある。具体的には各フロアチーフにお出かけの旨を伝えればオッケーだ。各位了解を確認後、私は直通転移門『ミーディアム』を通って外に出る。
「あっ女神様!」
「おお、今日は運がいいな。報酬期待できそうだ」
「キャアアアーお姉様抱いてー!!」
そんな冒険者たちに微笑み手を振りつつよいせよいせとぬめぬめ移動する。彼らは(真の意味で『彼ら』ね)私の強さを知っているし、襲われる事が無いのも熟知している。それより冒険者を強くしてくれるこのダンジョンを有難がり、拝んでくる始末だ。こう、[座敷わらし]というか、シルキー的なポジなんだろうね。でも『ナマァーミ・ダ・ヴーズ、クワバークワバー』と拝むのはやめてくれ。それだと私死んどるやないかーい。
そんなわけでこの日は久々のお出かけ日よりである。スライム的には引きこもってるのが常道なんだけど、今は理性があるからね。たまには外に出ないと不健康っぽさで私が死ぬ。ファッキンニートなんぞ言われたら、心に深刻なダメージを追ってしまう危険性が微粒子レベルで存在する。私はワーカーウーマン……ウーマン? ウーマンか? 雌型ちゃ雌型だけどなぁ……そこらへん曖昧だからなぁ。
まぁいいや。『エイリーズ』の各種ギルドやら青空市場を見て回って今の動向や細工物のヒントを得るとしよう。今や一大交易拠点となった『エイリーズ』は歩くだけでも毎日新しい発見の在る街だからね。
とはいえ私は巨体だから、ふわふわ浮遊術を利用(ドラゴンさんも愛用)してじゃまにならないように街へと向かっていく。見た目はうぞうぞうごめく粘体だから正気度けずられそうだが、中央に座すヒトガタ……つまり私の対人端末を認めると旅人や商人たちは「おーい」と手を降ってくれる。中には貴族らしい女の子もいるな。うーん、フレンドリー。これも日々の行いあってのことか。でも普通のスライムには容赦しちゃだめだゾ! ミーディアムさんとのやくそくだ!
そんなわけでふわふわとエイリーズへ向かって飛んでいき、門はくぐれない(凄い邪魔なんだよね)ので顔パスでふわっと入場。そしたらふわふわと街道を浮かんで通っていく。おっと洗濯物は避けていくよ、私は木綿だって食べちゃうからね。
そうして青空市場……場所代を取らない形の市場は行商人たちで賑わっていた。なお場所が自由なだけに専横するような輩は一発で出禁になる。あと不法な品々の取扱は勿論ご法度だ。特に私とゴディバさんの目が光っているうちは認めないよ。
今日も妙な臭いを漂わせるバカがいたから『おいお前ジャンプしろよ』しておいた。『スライムの王妃』直々の尋問だ、うやうやしくご褒美を受け取ってくれたまえ。
と、ここで事態が済めばいいのだがコイツの商会、とある劇物を扱っているようだ。具体的には麻薬の一種。私から見れば粗製もいいところだが、この世界にとっては高濃度なそれは『月の白雪』という違法薬物だ。となるとこいつらが居るということ自体が私にとってよろしくない。手早く耳から脳へぬるっと触手を突き入れて記憶を漁り(絵面がアレなのであまりおおっぴらにできないやつ)、まーたマフィアがやって来たことがわかった。
「あっ あっ あっ」
『貴方がたったら諦めませんわね。いい加減まとめて潰してもよくってよ』
「あっ あっ あっ」
『おっと挿しっぱなしでしたわね』
「あっ あっ あっ」
ぬるっと抜いて開放してやる。命に別状はないのは後に憲兵へ引き渡すためだ。そちらでもきっかり情報聞き出して欲しいところだね。ちなみに言う事聞かない悪い子への躾として『ミーディアムさんの触手なぶり』は『エイリーズ』では定番だ。実際に悪人が公開処刑的にアレされてるから子どもたちはガクブルしながら頷くしか無い。優しいお姉さんにみえるが、実のところおっそろしい大魔女なのだよキミィ。
とまれ諦めもせず悪人がのさばっているのは許しちゃおけん。麻薬なんてダンジョンにとっても害悪以外の何物でもない。確かに痛み止め的には良いかもしれんが、中毒になったらダンジョン来てくれないじゃん。来たとしても十全な実力も発揮できずうっかり死ぬじゃん。それじゃあ収支が釣り合わないんだよ。
私のダンジョン事業はいわば人間の養殖なんだ。育てて釣り上げて上手く収穫する農場ともいえる。だからこうした害虫は早急に駆除しなければならない。前世は人だが今生は魔物でダンマスだからそこらへんは割り切らないとね。まぁ疫病対策や脚気対策等に奔走しすぎて、『あるじはに優しすぎる』と怒られることも多く在るけれども。そうなんだよねぇ……私って根源的に人類の敵だからさぁ、人類シンパでもその点は忘れないようにしないとなんだよね。
さて、『エイリーズ』は成熟した軍事都市が商業都市化したものだ。それ故に守りのために入り組んだ地形の町並みになっている。攻められた時にやりづらいようになってるんだね。もはや必要とされない機能なんだが、一斉に作り変えることも出来ない。そのせいか悪い人間が潜伏する隙間が結構できちゃってたりする。今この大陸で一番活気がある街なだけにこうした悪いものが入り込んじゃうんだなぁ。こればっかりは仕方ない。
仕方ないので今日の私は駆除業者。うおォン、私は人間だけを殺すマシーンだ。法的にも慈悲はないからボスだけ残して食べちゃおう。路地をふわふわ浮かびながらぷるぷる通過して、目的の地点へとたどり着く。
熱感知によれば今纏まっているようだ。なら後は簡単。私はすとんと音もなく落ちて、隙間という隙間から通路に滑り込んだ。あっという間に隙間をスライムが満たし退路を塞ぐ。あとはじっくりねっとりと強酸の壁が内部を進行し……念の為相手が衛兵でないことを確認し、かつ麻薬がある事を確認して踏み入った。
声は上げさせない。抵抗も許さない。圧倒的な力が場を蹂躙する。スライム基本中の基本も私程となると抵抗できない。なにせ瞬きすると穴という穴を触手で塞がれ刺胞から神経毒を注射、この時点で動けなくなった所を内部と外部から溶かし殺す。骨まで残さずいただきました。おのこしは駄目だってはっきりわかんだね。もちろん一番偉そうな一人は残しておく。
『貴方がた、本当に馬鹿なのでしょうか。すぐバレる嘘は感心しませんわ』
「ば、ばけもの、め……」
『いや化物じゃなかったら逆に驚きなのですけれど』
そうしてすこし『きゅっ』として気絶させたら憲兵にぽいだ。秘密裏に全て始末してもいいが、そうすると街の自浄作用が機能しないからねぇ。憲兵さん達もお仕事があるのです。
ただ入るときと違って出るときはこいつの身体を考えなきゃいけない点だけ注意だね。人間狭い所通れないからなあ。気にせず通ると全身複雑骨折で半死半生もとい九死一生になるからね……はい、一回やらかしましたサーセン。通路を通って表に出ると、裏路地の一角に出てしまった。
ひいと悲鳴が上がりこちらを見るが、すまんすまんと謝りつつ憲兵さんどっちー? と聞くと答えてくれた。うん、信用第一な! 震え声だったのはノーカンである。
そんでふわふわ浮かびつつ憲兵さんとエンカウント。麻薬組織のアジトの一つを潰した旨を報告し、せっかくだから『素直になるおくすり』を投与して引き渡す。おお、なんて人道的かつ道徳的で効率的だろう。悪は栄えるがより巨大な悪には勝てんのだフフフ。
私はとても気分が良かった。何せいい事しかしてない。人類的にも麻薬は悪、根絶の手助けをするとはなんて良いことだろう。魔物的にも麻薬組織は害虫、畑の手入れは農家の努めだ。うーんすばらしい。
私はウキウキしながらふわふわしていた。そしたら出会ってしまったわけよ、私が苦手とする研究バカ二人に。
「「『あっ』」」
って全員が声に出したよね。私は顔が引きつり、奴らは俄然顔をきらめかせて此方に特攻よ。私は脇目もふらず逃げようとするのだが、運の悪いことに私は大変なご機嫌であった。浮足立つ私が逃げ道に選んだのは大通り。ある意味行き止まりであり、私は猪突猛進な二人組に見事捕まってしまった。こいつら年追うごとにスライム掴みのテクが上がっていきやがる。もしかしたら天敵とはこういうやつを言うのではなかろうか。
「師匠見つけましたこの薬やべえですよ! どうやったらこんな高濃縮できるんですわけわからんす!!」
「しっしょー! 魔道具いみわからないですどうしたらこうなるんですマジ不明です説明求むーー!!」
『うるせぇですわ!』
たまの外出したらばったり遭遇してこれだ。前者は魔族で山羊魔人のゾシモス、後者は人族でドワーフのニコラとなる。両方錬金術を学ぶマッドアルケミスト……。そう、マッドでクレイジーなサイコ野郎どもである。最初は同じ研究者だし仲良くしとこーとか思ったんだが、こいつら後先考えないから危険なんだよね。
自分の研究が何に使われるか全く関心を持たない。興味があることだけに没頭し、ただ愉悦だけに浸っている。だからすげえよく騙されるの。もうね、お約束かってくらい騙される。
金と環境さえ用意すれば勝手にやってくれるんだから楽なもんだ。その範疇には人体実験も含んでいる。投薬はモルモットからやるのが常道でしょうよ! さらに言えば治験だって同意取ってやるもんでしょうに! でもこいつらは平気で人体に試しちゃう。奴隷もタダじゃないから、大体攫った子とかなんだが容赦なく投与する。鬼かよ。
そんな倫理観を持つ2人を悪い奴らが見逃すはずもないよね。だってチョロくて有能なんだもん。だから周りの大人達も注意して見張ってるんだけど……こいつら三歳児かってぐらいにあっちこっち飛んでくからなぁ。研究という餌を与えない場合、ちょっと目を離すと居なくなるんだよ。痕跡すら残さず突然ファッと消える。これには隠密特化のミーディアムさんもびっくりだ。
ぶっちゃけなんでこいつら野放しなのって状態なんだけど、こんなんでも超優秀でなぁ……。はぁ……。ぶっちゃけ私の研究に一番追従してんのこいつらなんだよねぇ。ちゃあんとマトモな主がマトモに制御してやればマトモな研究でマトモな結果をひねり出してマトマトマトマト……。でも研究ってやっぱ金かかるんだわ。それを理解して投資し続けられるのってぶっちゃけマフィアとか悪用集団ぐらいじゃないかなぁ。かなしみ。
そんな彼らが何故私を師匠と呼ぶか。それは私が販売、あるいはダンジョンの報酬として頒布している小道具薬品達が彼らの琴線に触れたからに他ならない。触れなくてよかったんだが? だが? でも現実問題こうしてすり寄ってくるからつらい。無敵な私の数少ない弱点文字数。
なお大魔王様は研究友達だけどイグノーベル賞的な研究が趣味なのでちょっと方向性が違うんだな。あぁ大魔王様、私と共同研究してくれないかなぁ? すごくノリが良いので楽しいんだけどなーほんまなー。
「このポーションは確かに成分的には既存のものと変わりないとわかりましたが、だからこそ効果が強すぎる! なにか秘密の製法があるとおもうんですがサッパリ見当がつかないんですうわああ屈辱だ! 僕が理解できない薬品が有るなんて屈辱だああああ! あと残りなくなっちゃったんで譲ってください」
『バカなの貴方?! さてはバカなのね貴方?!』
ゾシモスは薬学系なのだが、私が作ったエリクサー一歩手前くらいのポーション(失った四肢が生えるぐらい強力なやつな)を掲げてワイワイ騒いでいる。お前なんでそれ持ってんだよゴディバさんに寄贈したやつしか表にゃないはず。ってことはそいつを奪ったのか? ちょっとガバガバすぎるよ領主セキュリティ……いや運送路でかすめ取られたってのもありえる、か? だとすれば、私のミスだな。
それより問題なのはコイツがポーションを使ったってことだ。確実に犠牲者の腕を切ってはクスリを盛るという下衆をしてるだろうなーほんまなー外道だなー。ちなみにこのポーションは中毒性が高いので用法用量を守らないとアヒャる。薬品は用法用量を守って正しくお使いください、私はそう書いたんだが君は守ってないんだろうなぁ! ちょっとぶん殴ってやろうかしらん。ドラゴンもワンパンのこのスライムパンチをよぉ!
「ゾシモスうるさいウチが先! しっしょーこれなんなんですか永久機関じゃないですか実質的に不可能ですよどうやって実現したんですか訳解んないですうわああああ口惜しい! このわかりそうでわかんないロジック読めないつらいうわあああああ!! あとバラしちゃったので新しいのください!」
『はぁぁぁぁぁ?! なんで壊しますの?! なんで壊ますの?! ミーティわかりませんわよ?!』
ニコラは私が作ったランプの魔道具(第二種永久機関搭載型で魔力切れしない)を持ってワチャワチャ騒いでいる。ちなみにランプとして使用する限りは部品の経年劣化を除きマジ永久機関なので、もちろんアーティファクトで贈答用に超高額で取引される品なんですがねぇ。遠い異国では城が建つ値段がついたとかなんとか。それを容易くバラしてしまうあたり彼女も大概だ。そしてお前のは壊したじゃない、バラしたというんだ。そんでもとに戻せなくて首を傾げたりするやつだろう。おまえちゃんと設計思想とか理解してからやりなさいよね。私からすればちゃっちい品ですけどさーまじさーほんまなー。この世界では相当アレな機能なんで、ひっじょーーーーーに気を使いに使って完成させた代物なんだから丁寧に扱って欲しい。どうぐだいじに!
『あのですねぇ……その真相はご自分で探求なさったら宜しいでしょう? お二人ともオツムはそれなりに宜しいんですから』
「やっぱダンジョンか、ダンマスになるしかないのか」
「クッソ私なんでドワーフ! ああ魔物に生まれたかった……」
「あ、魔物になる薬を開発すればいいのでは」
「ゾシモスあなた天才?!」
『それをやったら惨たらしく殺しますわよ』
「「アッハイ」」
若干殺気を込めて睨み返したら漸く黙った。でも持って数秒だろうね。理性は本能を凌駕するんだなぁ……これだから奇才ってやつは困る。
ちなみにゾシモスが言う薬品――つまり動物を魔物にすることは可能だ。けれど人間で試そうとは思わない。なぜって存在そのものが書き換わっちゃうからなんだよね。そうなった時、その被験者は『人間か』と問われたら私は『否』と答えるだろう。魔物に鳴った瞬間、そいつの命は永遠になる。魔石の魔力が途切れるか、魔石を抜き取らない限り死ぬことはない。同時に生命として必要な致命的な何かを失い、何かに執着する傾向がある。
たとえばモルモットを魔物にすると、ただ只管破壊衝動にかられる存在へと変ずる。これを二年ほど隔離した個体がいるが死んでない。未だに目につく全てを噛み殺そうと常にシャカシャカと動き回っている。これ、果たして生きているって言えるのかなぁ? 私はそうおもえないよ。だって……考えることすらしていないじゃないか。そういう意味では私も果たして生きていると言えるのやら。
『よいですか? 貴方がたはもう少し己を顧みなさい。研究が楽しいのは分かりますけれどね』
「しかし深淵が見えそうなのです!」
「そうそう、なんかこう届きそうで届かないもどかしさーー!」
いやわかるけど。わかるけど。
ちなみに私は独学で研究を進めているんだけど、まとめると今の世界で提唱されている物理解と異なる体系になっている。無論此方のほうがより精度が高く正しいものだ。だから今ある理論を下地に私の作ったものを見据えると微妙にずれる。それがもどかしさになって彼等を突き動かすのだろう。
でもなぁ、この理論はダンジョンに造詣が深くないと出来なかったりするんだよなぁ。例えば重力が何故発生するとかも私は解明しちゃってたりな。博士、タイムスリップは実現可能だよ……重大なリスクが在るけれどね。
とまぁ既存の学問ではどうにも解決できない真理そのもので生成されるもんだから、彼等のように目ざとく気づいた彼らはだいたい発狂してうおォンとなるわけだ。
その結果が師匠呼ばわりですわ。ハハッ!
『というか貴方達いい加減になさってくださいまし。私、あなた方に教えられることは何一つなくってよ』
「ええー、しかしこれは奇跡の所業ですよ? 僕が知る限り、既存錬金術の最終着地点としてこうはできない。つまり師匠の進む道は未知の学問と言えるでしょう……なら知りたいと思うのが研究者として当然じゃないですか」
「そうそう。永久機関なんて過去作り出されたのは周囲のマナを食い漁り枯らしてしまう欠陥品でした。だと言うのにこれは本当に永久を照らす光を放っている。錬金学上ありえない法則で動いているシロモノなんです。なら研究するのは当然ですよね」
「わかるー意味不明ですよね」
「そうそう意味不明です」
『チッ』
お前らのように勘が尖すぎる研究者と書いてバカは嫌いだよ。だって教えたらこいつら大陸が消し飛ぶ兵器とか作りそうなんだもん。それぐらいのモラルは私にだってありますよ。だってそんなこと、災厄級でもわかることでしょうに。不可侵領域で迷子ってたレジェンダリードラゴンさんだってそんなことはしませんでした。
そのドラゴンさんが何処に行ったかって? 勘がいいヤツは早死にするよ。
『何度も申し上げますが教える気はございません』
「「えー」」
『えーではありません。もう貴方達息ぴったりですわね……どうせだから結婚なさったら?』
「はぁ、結婚ですか」
「ウチも母さんが小煩いので面倒なんですよねぇほんと」
「ニコラ氏もですか。実は僕もなんですよー、一々面倒ですよねぇ。あー研究してたい」
「そうそう、研究してたい……待って、ここでウチらが結婚したらもう煩く言われなくないですか?」
「ッッッッッ! ニコラ氏天才ですか!!」
「じゃあさっさと誓って研究しましょう!」
「それがいい!!」
『えぇぇ……』
ちなみにこの二人それなりの良いところの出なんだけどな。縁談に政略結婚とかそういう奴が絡む系統の人たちなんだけどな。それで結婚とか舐めてんのかな。やっぱぱんちしていいかな? かな? 思い返すだけでなんかこう、イラッとくる。
とはいえ人類的に見るとかなり良い前例となったのも事実なんだよねぇ。何せ『人族』と『魔族』のカップルだ。世界史初の事例なんで、教会も準備してたとは言え多慌てだ。なにせ予想できていたとは言え、あまりに早すぎたからね。まだビジネスライク的に付き合いは出来ても、割り切ることはなかなか難しいのだ。
今の子供達が大人になった時、時代は開けていくかなーとかそんな悠長な事を言ってたらこれですわ。お前らはご近所をお騒がせしないで何とかすることができんのか。できないんだろうなぁ……こればっかりはもう諦めですわ。
でもこの情報が連合国中を巡り、大々的に宣伝されることで恋愛の敷居が一気に下がったのは事実なんだよねぇ。実際これを期に、冒険者で仲良さそうな魔族と人族のチームとかカップルとかちらほら出始めたし。宿屋でサキュバス的な前後行為もあったりするからな。うちのお宿は完全防音ですよ奥さん。
でもマッドな二人はなんだかんだやることやってたらしく子供を設けている。だが私は『真なるホムンクルスじゃねぇだろうな』と強い疑いを持っているので、私が電撃的にベビーシッターを派遣した。魔物じゃないホムンクルスは作るのが死ぬほど難しい上に、生命の深奥を理解しないといけないからあり得ないとは思いつつ……こいつらならあるいはと思っちゃったりするわけだ。
そう、断じてこいつらに育児できるわけがねぇとか、子供が可愛そうだからとか、生半可な理由ではない。私は悪い魔物さんだから、常に最悪を想定して動くのだ。
とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。
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