一年間の空白と最悪の嘘

火球アタレ

一年間の空白と最悪の嘘

「――お前、嘘つくなよ」

 俺は呆れたように言った。怒っていると相手に感じさせない言い方を意識する。

「ううん、嘘じゃないよ。これは本当」

 俺の彼女――砂川望すながわのぞみは本気だった。普段、嘘ばかりつく望だが、嘘じゃないと言えばそれは本当に嘘じゃないのだ。

 二年間付き合ってきて、俺は望の嘘と本音を区別できるようになった。それでも、今の言葉は嘘であって欲しかった。

 

 まさか「別れよう」と言われるとは……。


「でも、もう二度と会わないってことじゃないよ。……一年間待っていてほしいの」

「どういう事だ? 一年間待つって」

 望の発言の意味が分からない。俺はフラれたわけではないのか?

「り、理由は言えないけど……。皆人みなと君にはとにかく一年待ってほしいの」

「俺は嫌われてない……?」

「もちろんだよ。とにかく私は修行するから一旦、別れてくれないかな」

 望の話はさっぱり理解できない。だけど、望が真剣に話しているのはわかった。

「……いいよ。一年待ってやる」

 我ながら甘いとは思う。望が嘘をついていて、俺はフラれただけかもしれないし、理由が分からないのに一年間も待つなんて普通じゃあり得ない。

 だけど、俺は望が好きだった。

 一年くらい待ってもいいと思えるくらいには俺は望を愛していた。

「一年後、ここに来て。それまでは会わないようにするから」

「わかった。また一年後に会おう」


 こうして、俺――北見皆人きたみみなとは彼女、砂川望と一度別れた。


 ◇◆◇◆


 俺は高校卒業の日を思い出していた。あの日の約束から今日で一年経った。

 俺は約束の場所である高校の正門前に向かったが、

「……いない。望が来てない」

 時間になっても望は来なかった。あの約束は嘘だったのか。俺は騙されたのか。

 しばらく待ったが、暗くなってきたから帰えることにした。


 ◇◆◇◆


 約束、というと俺は望とのある会話を思い出す。付き合い初めてから一ヶ月くらい後のことだったと思う。

「なあ、望。どこか行かないか?」

「え、学校サボるの?」

「違うよ。何で今から行くと思うんだ。今週の日曜とかに一緒に遊べないかって聞いたんだよ」

「わかってるよ。冗談だって」

「しっかりしてくれ……」

「で、どこ行くの? 遊園地とか水族館とかゲームセンターとか?」

「最初の二つはいいけど。ゲームセンター行きたいのか?」

「いや。別に」

「はっきりしてくれ……」

「あはは。そうだなあ……。あっ、あそこ行きたい」

「あそこってどこだよ」

「わかんない!」

「堂々と笑顔でいうな」

「ふふっ。でも、今が楽しいから。皆人君と一緒ならどこに行っても楽しいかも」

「照れるな……」

「でも、残念なお知らせです。……私は日曜

日、用事があるのです」

「そっか……。それは――」

「嘘だよ! 私の日曜日はいつもフリーだよ!!」

「――おいっ。日曜にどっか行くの約束な」


 ◇◆◇◆


 あの時は結局、水族館に行った。初デートだったからよく覚えている。水族館でも、

「イルカは海藻しか食べないんだよ」だとか「ペンギンは実は空を飛べるんだよ」とか適当な嘘をつかれた。……水族館にペンギンいなかったし。

 と、望との思い出を辿りながら訪れたのは望の実家。昨日、約束の場所に来てなかったことを直接、問い詰めに向かった。

 ストーカーみたいなことしてると少し思ったが、どうしても望の真意が知りたかった。

 インターホンを押して家の人が出てくるのを待つこと数秒。

「はい」

 望の母親らしき声が聞こえてきた。

「北見です。望さんいますか」

「……少し、待っていてください」

「?」

 母親の声が悲しげに聞こえたのは気のせいだよな。何となく不安になる。

「皆人君だっけ……?」

「はい。北見皆人です」

 玄関から現れたのはやはり望の母親だった。

「これ……読んで」

 そう言って封筒を一つ、俺に差し出すと望の母親は中へ引っ込んでしまった。

 何かあったのだろうか。とりあえず封筒を読んでみることにする。

 封筒には『北見皆人君へ』と書かれていた。中には一枚の便箋が。

 『皆人君へ。

 皆人君がこれを読んでいるということは私はもうこの世にはいないということです。』

 ……意味が分からない。望がこの世にいない? つまり、死んだということか?

 とにかく続きを読む。

 『私は元々、持病がありました。皆人君と一度別れたのは持病を治すためだったのです。』

 信じられない。一年前はあんなに元気だった望に持病があったなんて。

 『一年間でしっかり治すはずだったけど、皆人君がこれを読んでいるのなら私は持病が悪化して死んでしまったんでしょう。』

 嘘だと思った。そんな事あるわけがない。

 『一年の間に元気になって、皆人君にふさわしい素直な女の子になるはずだったんだけどね……。本音で好きを伝えられるようになりたかったなあ』

 望が、死んでいた? 嫌だ。信じたくない。

 『もし皆人君がこれを読んだなら、最後にあの丘に行ってくれないかな。

P.S ごめんね。再会の約束、嘘にしちゃったね』

 そこで、手紙は終わっていた。

 望が死んだ? 嘘だ。昔みたいに嘘をついて俺をからかっているんだ。

 あの丘に行けば、望がいるはずだ。そこで俺は言うんだ。「約束を嘘にするな。今回のは最悪の嘘だ」って。

 あの丘の場所は知っている。俺と望の大切な思い出の場所だ。


 ◇◆◇◆


 高校卒業の二週間前。

 俺と望は最後のデートをしていた。場所はこの町の景色が見渡せる丘の頂上。日も傾いてきた頃の話。

「皆人君。私達ってこれから違う道を歩くんだよね」

「進路のことか? 確かに違うけど」

「それで私達バラバラになっちゃうよね」

「……別れるってことか?」

「そう。違う道に進んで、会うこともなくなってそのまま別れちゃうのかなー。って不安になるの」

「そんな事ない。俺は望が好きだし、これからも一緒にいたいと思ってる。――望は心配しすぎだ」

「本当に? 私達これからも一緒?」

「ああ、一緒だ」

「じゃあ、一緒にここのお墓に入ろうね!」

「笑顔ですごいこと言うな」

「嫌? ここ景色がきれいで私は好き」

「俺も好きだ」

「それはこの丘のこと? 私のこと?」

「……っ。どっちもだよ」

「えへへ、ありがと」

「そろそろ降りないか。もうすぐ夜だし」

「ここ外灯がないから暗くなると危ないよね。……でも。もう少しだけ。ついて来て」

「どこ行くんだよ」

「すぐそこ。……ほら、もう着いた」

「お墓か? それがどうしたんだ」

「そっちじゃないよ。後ろ向いて」

「ん、後ろ?――おおっ。……きれいだな」

「でしょー。ここからだと夕日が見えるんだよ。最近見つけたの」

「いいな。ここ」

「うん。私、死んだらここにお墓建てようかな」

「ずっと先の話だろ。今から考えるようなことじゃない」

「まあね。それじゃ、暗くなる前に降りよっか」


 ◇◆◇◆


 あの手紙を受け取った翌日。俺は丘の頂上へ向かう道を登っていた。

 手紙のことはまだ信じられない。

 嘘と冗談ばかり言っていた望のことだからこの手紙も俺をからかうために書いたんじゃないかと考えている。反面、この手紙は本当のことでこの丘の上には望の墓があるのではと予感していた。

 丘の上に行くまではっきりしない。

 一晩、必死で考えて出した結論がそれだった。

 この丘は西側が墓地、東側が展望台になっている。俺が登っているのは東側の道。

 その階段の最後の一段を踏みつける。

 ゆっくり登っていたら、昼頃から出発して夕方になっていた。

 展望台に人は――いた。

 女性が一人、町を見下ろしている。

「すいません」

 声をかける。女性は望ではなかった。

「はい。何でしょう?」

「女子大生をここで見ませんでしたか?」

 女性は記憶を探る素振りをして、

「……いいえ。見てないわ」

 と、答えた。お礼を言って女性から離れる。

 ここに望はいない……?

 望は本当に死んでしまったのか。

 嫌な考えが頭の中に浮かぶ。

 ――西側に行けば望はいるはずだ。

 生きている彼女であれ、そうでない彼女であれ、必ずそこにいる。

 希望と絶望。二つの思考がグルグルと頭を回る。

 一歩ずつ確かめるように進む。

 思い出の丘。その西側。夕日の見える墓地。そこに望は――いた。

 夕日のよく見えるいい場所に望は『た』っている。

 一年後にあの場所で再会する約束を嘘にした望に俺は静かに近づいて、言ってやった。


「――お前、嘘つくなよ」

 



 

 





 

 




 

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