第10話 榎本一身の瓦解
俺と親父のコーヒーが底をつき、ひと呼吸置いてから俺たちは店を後にした。
ループしたいならあの日の行動をループしたらいい―――と親父が言ったのに同意し、まずはスタート地点である横断歩道前に戻ることにしたからだ。
「———と言っても俺は特別な事をした覚えはないんだよなあ」
「なんだ、手詰まりからスタートか。まぁさっきも言った通り、前と同じ行動をすれば自ずとわかるだろうさ」
といっても既に前の行動とは明らかに違う部分は多い。
隣に立つ親父しかり、コーヒーを飲んだ作戦会議もそうだ。
俺はあの時、自分のドッペルゲンガーを見てしまった恐怖で一度帰宅している。
……帰宅している?
そうか、あの時既に俺は俺が元居た時間に戻っているのか……?
「どうしたカズミ。急に黙って。何か思い」
「ちょっと黙って、思い出しそうなんだ」
横断歩道。
いつもと違う体験に、恐怖した。
それからどうした?
腕時計を見た。
デジタルは『23:05』を示していた。
それから?
『いつもと違う』から逃れたくて、安堵したくて、いつもと同じ風景を探した。
それはなんだった?
――――!
見上げる。
そうだ。
あいつも――――気づかなかったがあいつも、いつもと違った。
笑っていないんだ。いつもは。
見上げれば笑っていた。
―――――ニッカのおじさんが。
「親父!あいつだ!また『ニカッ』と笑っ――――」
いない。
どこを見まわしても探しても親父はいない。
……始まったんだ。
二度目のチャンス。
救われなくてもよかった俺と救いたい母親と救ったハズの親父のあるはずだった、あるべき幸せを取り戻すチャンスが。
味方だと信じていたニッカのおじさんに裏切られた気分だ。
睨みつけたい衝動を抑え、走り出す。
まだ間に合うハズだ。
まずは若者と親父たちの接触を――――
――――どこだ。
今、そいつらはどこにいる!
くそっ!聞いておくんだった!詳しく!詳細を!
当ては有ったが、確実ではない。
俺は走り出した。
あのビルに向かう。
親父を救ったあのビル。
若者たちが親父をボコしたあのビルに。
走り出したときに考えてしまった『失敗』の二文字をかき消すように、俺はその後の作戦を練り直すことにした。
まずはステップ①、親父たちと若者を接触させない―――についてはほとんど諦めていた。
プランAは捨て、プランBに進行しなければならない。
ステップ①は捨て、ステップα『リンチされている親父が一撃貰う前、もしくは再起不能になる前にビルにたどりつき、助太刀に入る』だ。
親父が死ぬほどやわな場合、一撃で気を失うことだってありうる。
そうなってしまえば再起まで時間が必要なので、その時点で親父の童貞卒業作戦失敗の可能性は十分にあった。
次のステップ②、親父と母さんに直接交通事故に気を付けろと伝える(俺が消えかかっている状態で)に関しては少々の変更がされる程度で済む。
そうステップβは『親父と母さんに恩人である俺から直接交通事故に気を付けろと伝える』だ。
兎にも角にもまずは親父を若者から救わねば話にならない。
警官になるために大学時代に吸っていた煙草はきっぱりと辞めたのが功を成したと言えるのか。
それとも警察学校で走りこんだ成果がまだ俺の身に残っていたのか。
どちらにせよ、思っていたよりペースは落ちず、クリスマスの雑踏を躱しながら件のビルにたどり着くことが出来た。
ちらりと街灯に照らされた紫のスーツがビルの隙間に吸い込まれていく。
「待ちやがれ!!!」
と大見得を切り、颯爽と登場した俺を迎えたのは、今にも殴られそうになった親父と、腕を振り上げてこちらを見る若者と腕を組んでそれを見ていたであろう若者の三者三様の驚いた表情だった。
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