第9話 榎本一身の作戦
一番近くで落ち着いてコーヒーが飲める場所。
二人で打ち合わせるでもなく横断歩道を渡り、すぐのハンバーガーショップに歩を進める。
レジでホットコーヒーを二つ頼み、席に着く。
「ほら、カズミ。私のも使っていい」
そう言ってミルクとシロップをこちらに転がした。
「ありがとう」
と短く言い、それを自分のものと一緒にカップに入れる。
「ありがとう――か。今、どんな気持ちだ」
コップをかき混ぜる手を止める。
「どんな……?複雑だよ。恨みこそしていなかったが、まあなんとも思っていなかった父親が急に目の前に現れて、それに違和感もない。あるのは記憶に対しての違和感と実感の湧かなさだけだ」
そうか――とだけ呟き、親父はコップを傾ける。
「だけど、わからないことが多い。お前は何故時間を遡ってまで私を助けることが出来たのか。そして、どうやって遡ったのか。その方法だけじゃない。理由すらもだ」
「理由?」
「あぁ、誰かがお前にそれをさせたとしてそれは結果だけ見ればお前が苦しむことにしかなっていないだろう?お前を、私を、宇美を救う為ではなく、お前を苦しめるために誰がお前にそうさせたのかと私はそう思ってしまう」
誰かが……?
人為的にしては超人的過ぎる。
きっと登場人物はこれ以上増えないだろうよ。
物語の幕が引かれても、その理由や理屈は明かされないんじゃないだろうか。
「なら別の方向で考えてみよう。もう神様からのクリスマスプレゼントだった。という方向だ」
「サンタクロースから――のほうが俺好みだなあ」
「まあそれでもいいさ。それはお前と私と宇美を救う為のチャンスだった。しかしお前は失敗して、こういう結果になった」
失敗して。
一度は失敗してしまったことに諦めを覚えた俺だったが、改めて言われればグッと心に刺さる言葉だった。
「何が悪かったのか。全然心当たりがないんだ。そもそもあんたが若者に声を掛けなきゃよかったんだ」
そもそもの話をしてしまえばそれだけなのだ。
それだけでトラブルは起きず、素敵なクリスマスは訪れていたのだ。
「悪かったな。言っただろう。『たまに失敗する』って。普通の若者なら『何あいつ感じ悪ーい』で終わりなんだよ」
全く似合わないが、口を尖らせている。
可愛くないぞ。
「……でもそれでもよかったんだろう?」
「あぁ。そうだ。雰囲気を壊せればそれでよかった」
浅くため息が出る。
カエルの子はカエルである。
いや、自分も同じようにリア充であるならばそれは嫉妬でもなく、ただの嫌悪で悪意なのでタチが悪い。
毒カエルの子はカエルだった―――が正しいのかもしれない。
結果、親子共同作業で見事リア充を撃退してしまったので俺もその無差別テロの共犯者となってしまうわけだが。
いや、実行犯は俺か。
後悔していないのが実に俺らしい。
あぁ今思い出してもあの女の子たちを帰らせたのは失敗だったかもしれない。
「で、もう一回出来そうかい?」
「何をだ」
「何ってタイムトラベルだよ」
真顔で非現実的な事を話すときは周りの人間にも気を使うべきだ。
頭がおかしいやつだと思われるぞ。
「わからない。俺だっていつの間にか時間旅行していただけで方法だってわからないよ」
「なら、可能性はあるんだな」
と、不敵な笑みを浮かべる。
「なんだよ気持ち悪いな」
「気持ち悪いとはなんだ。作戦を立てたんだ。お前と私と宇美が全員が生きているように」
ステップ1、親父から若者に文句を言わせない。
これで若者と絡むことはなくなる=その後の予定はすんなりと進む。
ステップ2、若いころの親父と母親に接触し、交通事故に気を付けろと伝える。
簡単なようで難しいのがステップ2だ―――と親父は語る。
切羽詰まった状況で、理解しがたいことを、自分が消えるタイムリミットがあるにも関わらず伝えたことが、信憑性を生んだ。
ステップ1をクリアした時点でそのような状況はなくなり、父と母は幸せなクリスマスを送ることだろう。
そんな中、自分とよく似た男に、『交通事故に気を付けろ』とか交通安全標語のようなことを告げられて、気にするだろうか?覚えているだろうか?そんな約束を守るだろうか?
「私なら守らないし、頭は彼女のことでいっぱいになっている」
恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言うな。
「それなら俺がまた消えかけているときにでも言えばいい。そうしたらオカルト的な、スピリチュアル的な体験として覚えているだろ」
そんな上手い事———
「そんな上手い事いくか?」
「わかってるよ。言ってみただけだ」
まったく、似すぎた父親だよ。
「まずは自分の行動を思い出すところからだな。どうやってタイムスリップしたのか、思い出すべきだ」
……俺の長い、クリスマスはどこでループした?
時計を見て、短くため息を付く。
イブは終わり、後半戦。
クリスマスがやってくる。
誰だ、クリスマスを二日設定した能無しは。
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