第6話 榎本一身の消失①

 少し息を切らせ、俺と彼女はお互いの顔の様子を窺うように見合う。

 彼女は唖然としたように小さな口を開けていた。

 口が小さいだけで実際、というより彼女にとっては『あんぐり』なのだろうが、こっちはこっちで臨戦態勢でかつ戦闘終了後ということで表情はおそらく『アングリー』なんだろうな。

 とまあ親父ギャグを、いや、まだお兄さんなのでお兄さんギャグを頭の中で浮かべて少し気持ちを落ち着かせた俺だった。

 表情はどうなったかわからないが、二人の若者に向き直り、職務を継続する。

「俺警察官なんだ。だから君たちを見逃すわけにはいかなくてね。ただ、男どもが伸びてしまっては取り締まる理由は薄くなってしまったし、こちらも急いでいるので、これから真っすぐ二人とも家に帰るのであれば見逃します。んじゃ」

 常にではあったが彼女たちは尚一層頭の上に今まで以上のはてなを浮かべて

「え、あぁ、え?あ、ハイ!帰ります!このまま真っすぐ!」

 と、嘘でも本当でもどっちでもいいようなセリフを吐いて夜の街に消えていく。

 一応最寄り駅の方向に向かっていったので少しは頭を使ったのかもしれないな。

「あ、あの!だ、大丈夫ですか?」

 と焦った様にタイミングを見計らってか、遅れてか、彼女が話しかけてくる。

「あぁ、大丈夫ですよ。いつもなんです夜のパトロールとか、酔っ払い絡みとかだとある程度」

 なんかかっこつけてるみたいで嫌だな。

 俺の顔が少し紅潮した気がした。

「よ、よかったぁ~」

 そんなことにも気づくことなく素直に俺の言葉を飲み込む彼女は、俺のよく知っている笑顔でこちらを見上げていた。

「そんなことより、彼氏の居場所がわかりました。急ぎましょう」

 そう、急がなければ、最悪の場合を考えればもっと急がなければならないのだ。

「ハイ!確かビルの隙間……?でしたよね?急ぎましょう!」

 若いころの母親の言語力というか表現力の足りなさはわかった。

 こういう感じの女子に男は騙されるのだが、彼女たちも計算してやっているわけではないのだ。

 おそらく本能的なものなのだろう。

 そもそも子供のころは

「ほんと、男子って子供よね」

 なんて馬鹿にしていた男子たちなのだ。

 そのまま行けば知能は並ぶよりも常に男たちよりは上に行くはずなのに、高校生くらいになると女の子たちは少し男性よりバカになる子が多く存在する。

 それはきっとモテる才能を開花させ、20代のころには素で男たちに『すごーい』と言えるような女性になるのだろう。

 人間とはよくできているなあ。

 と人間、集中していたり急いでいるとこんな風にわけのわからない事を考え、外から見ると真面目に走っているように見えてしまうのだから不思議なものである。


「カズくーーーん!カズくーーーーん!どこーーー!」

 と彼女が大声を出し、呼びかける。

 右手に持つ携帯電話は光と電波を放ち続けていた。

「榎本さん、静かに。耳を澄ませてみてください」

 という俺の言葉にハッとし、口を噤み、彼女と共に耳を澄ます。

 ――――小さく、聞こえる。

 その方向に向かうと男性がビルの裏で倒れていた。

「カズくん!!!!!」

 彼女が素早く近づいていく、それを後ろから追いかける。

「ねぇ!カズくん!!起きて!!!!カズくん!!!!」

 意識が……?まずいな。

「ねぇ江ノ島さん!カズくんがすっごい冷たいの!ねぇ!」

「落ち着いて。まずは救急車に連絡をお願いします。僕の携帯は使えないようなので。場所と年齢、名前を伝えてください。低体温症の可能性があります。連絡が終わったら近くのお店から毛布をお湯をもらってきてください。できますか?」

「う、うん!すぐにやる!できる!」

 そういって彼女は走り出した。

「カズキさん!カズキさん!起きてください!」

 俺も彼の肩を叩き、呼び戻す為に大声を張る。

 呼び戻しながら、上着を脱ぎ、彼にかけようとする。

 少しでも体を温めるためだ。

 だが――——



 ――――俺の上着は彼の体をすり抜け、地面に落ちた。

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