第5話 榎本一身の奮闘



 誰に話をするわけでもないが、男の子は、特に社会人で一人暮らしの男の子は全員がマザコンだ。

 しかも俺にとっては唯一の肉親となりゃそりゃ恥ずかしげもなくマザコンだ。

 いつか必ず親孝行をしてやりたい。

 何かあったら飛んでいきたい。

 もういい年なんだから弱音の一つも吐いたらどうだ。

 そんな風に思っても出来ないし、最後に関してはしてくれないのがシングルマザーなんだ。

 いつだって子供の為に強がって生きている母さんのことが俺は心配でたまらない。

 じゃあお前はその隣で一緒に歩いている若い彼女とお近づきになりたいのか?と言われれば断じてNOだ。

 ありえん。

 こいつは母さんだ。

 俺の知ってる母さんじゃあないが母さんだ。

 性的に好きなんじゃないし、なにをされてもウェルカムじゃない。

 そりゃ毒を吐くこともあるし、短くはあったが反抗期だってあったさ。

 これでもかってほど愛を注いで育ててくれた母さんには感謝しかない。

 困っていればなんとかしてやりたいし困ってなくても喜ばせてやりたい。

 俺はそういう類のマザコンだ。

 そして俺の気持ちは今、共に歩いている彼女に向かって親孝行をしようとしていた。

 理由は考えられる限りで4つある。

 一つは母さんが困っているから。

 一つは俺がこの状況に対して好奇心を抱いてしまっているから。

 一つは若いリア充を取り締まる為。

 そして、最後の一つは『俺が消えてなくなるかもしれない』からだ。

 よく考えてみたらこの人が俺の母さんなら一緒に歩いていた俺は誰だ?にしっかりとした答えが出る。

 あの人は多分、俺の父さんだ。

 昔、母さんがポロリとこぼしていたことがある。

『大きくなればなるほどあの人に似ていくわね』と。

 きっと俺と父さんは似ている。

 そして今日、俺が家に帰っている間に、いなければ。

 そして今、父さんに最悪の事態が訪れてしまえば。

 俺の存在は消えてなくなる。

 一つ目の問題に関して俺の疑問を解決する方法は簡単だ。

 隣にいる彼女に聞けばいい。

『今日、ラブホテルにはいきましたか?』と。

 できる訳がない。

 そんなわけで俺は一つ目の疑問を解消することを諦め、二つ目の可能性を潰す為に速足で、彼女と父が訪れていた場所、そしてはぐれてしまった場所に向かっていた。

 しかし先ほどまで大した問題ではないと思っていた俺は焦っていた。

 時間が経ち過ぎている。

 彼女が彼とはぐれてしまったのは約40分前の出来事だという。

 もし彼が若い二人にボコボコにされて気を失っているなんて事になればこの寒さの中でどれだけ持つものだろうか?

 この広く、人通りの多い場所で乱闘、またはリンチが起きるわけがないので、探す場所は見つかりにくい場所ということになってしまう。

 なおさらだ。

 なおさら見つからない。

 唯一の希望は携帯電話だ。

 彼女に再度着信をかけ続けてもらっている。

 鳴り響く着信音がもしかしたら聞こえるかもしれない。

 さらには彼が気を失っている場合はそれを呼び戻す事が出来るかもしれない。

 救急車のサイレンが遠くで聞こえた。

 それがさらに俺の焦燥感を募らせた。


「江ノ島さん、どうしましょう。彼、全然電話に出てくれないんです」

 彼女も少しずつ焦ってきたようだ。

「大丈夫ですよ、榎本さん。あきらめずにかけ続けてください」

 このまま電話にでなければ最悪、携帯は取られて捨てられているか、気を失っている可能性まで出てくるな。

 まったく、会ったこともない父親だが、息子に面倒をかけるとはな。

「え、江ノ島さん!あれ!あそこです!」

 驚愕の声と共に指を示す方向には若い二組の男女がふらふらと歩いていた。

「なるほど、あの方々ですね」

 彼女のハイが聞こえる前に俺は走り出していた。


「ちょっと、君たち」

 と黒髪ロン毛の肩に手を置いた。

「あぁ~?なんですか?」

 と振り向く彼の頬には指が突き刺さった。

 ――――先手必勝。

 驚愕の顔を一瞥した俺は指を頬から引き抜くとそのままロン毛の腕を持つ。

 そのまま大きく投げ飛ばし、近づいた。

 時間をかけるわけにはいかないので今度は正拳を鳩尾に突き刺す。

 我ながら滑らか。

「ゲゲッ!チョベリバ!さっきの親父じゃねえか!」

 とロン毛の相方である、短髪足元ぶかぶかゆとり紫スーツが身構えた。

 周りにいた女の子たちも「え?なに、しかえし?」とか言ってる。

「おい、紫スーツ。『さっきの親父』はどこだ」

 となるべく低い声で短髪を見据える。

「え、あ、お前双子だったのかよ!まじ笑えるぜ」

 と手を叩く彼は居場所を教える気はなさそうだ。

「質問に答えろよ紫。お前もするぞ」

 と顎で黒髪ロン毛を指す。

「やってみろ親父!!」

 と殴りかかってくる彼の腕は俺につかまれ、投げられる。

 あっさりとした決着だが、これでも俺は警察官になるために努力しているのだ。

 すぐに近づいて今度は締め落としに入る。

 地面が、いや雪が冷たい。

「締め落とすぞ」

「降参だよ降参!マ、ジになんな、よおっさん」

 と強がるが、しっかり極まって動けないはずだ。

「おっさんじゃねえよ、さっさと言え、『さっきの親父』はどこだ」

 と手を緩めずに問いただす。

「あっちでぼこって置いてきた!!〇〇ビルの横んとこの道だ!!!」

 後ろでは今まで催しものを見ていたかのようにキャーとか言っていた女の子たちが立ち去ろうとしていた。

 最後に聞こえた言葉は「えぇーださっ」だったのも皮肉だ。

「あー君たち、ちょっとそこで待ってなさい」

 と声をかけたのは俺だった。

「え?!あたしたちなんもしてないよ!そこの女の子足止めしてただけだもん!」

 足を止めなきゃいいのに。

 言い訳をしなければいいのに。

「いや、そうじゃなくてさ。君たち――――」

 俺はどんな状況だろうが、俺の義務を全うするのだ。

「————未成年だよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る