第4話 榎本一身の確信
目的地では無いにしろ、ニッカのおじさんはこちらを見ていたし、俺もニッカのおじさんに一瞥をくれてやった。
サンタのおじさんもニッカのおじさんも、独身だろ。
俺の味方だろ。
応援してくれよな。
勝手に勇気づけられて、いやそう思い込んでさらに歩を進めた。
一層寒さが厳しくなった深夜ではお互いがお互いの熱を求めるかのようにリア充がくっついていた。
一人の女性を目にとめた。
吸い寄せられるように人込みから彼女を見つめてしまった。
それは、俺とよく似た男とイチャついていた彼女だったから、というのもあるが
なんだか様子がおかしい。
きょろきょろと周囲を焦るように見まわして、人を探しているようだった。
あぁ、さっきの俺似のやつとはぐれちゃったのかザマミロ!と何気なく心の中でいつものように侮蔑の言葉を投げかける。
そして一つの可能性に気づいた俺は彼女から顔を隠すようにくるりとその場で回転した。
しかし――遅かった。
「……ズくん!カズくん!!!」
声が届くと同時に肩に手を置かれた。
仕方ないとあきらめて顔を向けると、頬に彼女の指が突き刺さった。
「や、やっと見つけたぁ……ねぇ、大丈夫だっ……た」
彼女が泣きそうな顔から安堵の表情を浮かべ、すぐさま驚愕したようになり、最後は赤面した。
「あ、あ、す、すいません!あの、人違いをしてしまってあの、すいません!」
人違いをした挙句、頬に指を突き刺してしまってはこうなるだろう。
「いやあ、お気になさらないでください」
とまあ人違いの経緯を知る俺は俺でなんか申し訳ない気持ちになったのでこのような余裕ある対応となったが、本来リア充には侮蔑の目を向け、無言で立ち去るべきだったのかもしれない。
「いえ、そ、そんなわけにも、本当にすいませんでした」
とまあ平謝りされてしまえば俺の人の心、特に天使の部分はもう許してやれよと俺に語り掛けてくるが、俺は何も要求していない上にもう許してやっているので天使は俺であってもこの状況を理解していないようだった。
「あーあぁ、いいんです本当に。気にしないでください」
やめとけばいいのにこの問答が続くのにも飽きが来ていた俺はここで墓穴を掘ることにしてしまう。
いつもなら親切心など、身内か実家の猫にしか起きない俺の心の気まぐれは、おそらく俺の心の天使が警察官という職業に多少なりとも誇りを持っていたからなのだろう。
「ところで先ほど、どなたかを探していたようですがどうなされたのですか?」
そう尋ねると彼女はハッとしたような表情に変わり、
「いえ、実は彼氏を探していたんです。通行人や、周りに迷惑をかけていた若いカップルに少し声をかけて、あの、正義感の強い人なんです。あ、でも今は関係ないですよね。それで連れていかれちゃったんです」
「連れていかれっちゃった?」
確かめるようにそう声をかける。
「あ、はい。身長はあなたと同じくらいか、ちょっと高いくらいで、髪形も髪の長さもほとんど一緒です。だから間違っちゃって。本当にすいません」
「大丈夫ですって。もう謝らないでください。それよりも、えーとその彼氏さんはどちらに連れていかれちゃったんですかね」
「わからないんです。若い、しかも酔っぱらっているようでした。男二人にちょっとこいって言われてついて行っちゃって。その間私、その人たちの彼女に引き留められてついて行くこともできなくて……」
「よかったらお手伝いいたしますよ。私こう見えて警察官なんです」
リア充がらみの事件であるならばこの俺の出番だろう。
しかも『若くて』『酔っぱらってる』なら今日の俺の任務ドストライクじゃないか。
「え、本当ですか!助かります!」
「じゃあ多勢に無勢ってことで応援も呼んで捜索しましょうか」
「そ、そんな大事件みたいじゃないですか」
「いやぁいつでも暇な交番の駐在さんっているでしょ。僕の同僚にもそんな奴がいるんでまあ呼んでみようかなあと」
俺と違って仕事にやる気がなく、日々が通り過ぎることを望む同僚の事だ。
呼べば来てくれる、とも限らない。
何か理由を付けて断られることも考えた。
だが、若者二人に対しては武器を持たれていては少々分が悪いと判断した俺は彼の連絡先を電話帳から探し当てることにした。
探し当てるといっても俺の電話帳はそんなに件数は多くなかったため、すぐに見つかることになる。
すぐに見つかることになってしまった為なのか俺は俺の携帯の電波が圏外を表示していることに電話をかけてから気づくことになってしまった。
「あれ、おかしいな。圏外だ」
「あ、それすごいですね。新型ですか?」
「え、あぁいや1年くらい前のモデルだったと思いますよ」
スマホをポケットにしまう。
「へぇ、なんか……あ!そうですよ!電話してみます!」
あぁ、してなかったのかよ!とは口には出さない。
「あ、そうですね。じゃあちょっとそこの自販機で暖かい飲み物でも買ってきますよ」
緊迫感がないようだが、こういうときは急いでもしょうがないものだ。
「はい!お願いします!」
若者二人に連れていかれた俺(似)が携帯を手に取ることができるだろうか。
緊迫感がありすぎるとこのような疑問すら吹き飛ぶのだ。
だがそれを説明する事はしない。
人間、やってみないと納得しない――こともある。
暖かいココアと、カフェオレをもって彼女に問いかける。
「どうでしたか?」
すでに近くの石造りのちょうどよさそうなところに腰を掛け、彼女は落胆しているようだった。
それでもココアを両手で受け取りながらこちらを向いて彼女は
「駄目でした。よく考えたら取れる状況にない……ですよね」
とまた地面を見つめた。
「ならばやることは一つ!捜査は現場で足を使うと決まってますよ!」
彼女を元気づけるためにわざと少し大きな声で陽気に言ってみる。
「そうですよね!捜査は足ですよ!がんばります!!」
と彼女も地面に降り積もる薄い雪とのにらめっこをやめてくれたようだ。
ちびちびとココアを飲む彼女の顔を見て、強い既視感が襲った。
いや、まさか。
「あの、そういえばさっき『カズくん』って僕の事呼んでましたよね?」
それを自然に確かめるために話題を少し遠めから降ってみる。
「あぁ、彼氏の名前、『
少し赤面してココアを見つめ、そう語る。
「なるほど。驚きましたよ。僕も『カズミ』って名前なのでカズくんなんです」
自分の事をカズくんなどと呼んだのはこれっきりにしたいところだ。
「不思議。名前まで似ているんですね」
驚いてこちらを見上げ、フフフっと笑う彼女を見て、疑問はほとんど確信に変わる。
――――それは俺がこの世で一番、大好きな笑顔だった。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はエノ、いや江ノ島一身と言います」
「江ノ島さんですね。よろしくお願いします。私は――――」
――――守りたいと思って、守り続けてきた笑顔。
「————
――――母さんの笑顔。
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