第2話 榎本一身の驚愕
スキップを通り越して空中に舞いそうだ。
きっと上空でトナカイが引く雪車に乗るサンタも驚くだろう。
しかしそんな独身っぽいオッサンは俺の敵ではなく、彼の心の平穏を守るためにも空を飛ぶのは止めておこう。
そんな事を考えながら街の中心へ向かう。
住所に『中央区』と付くものの、俺の拠点からリア充の喧騒の中心部までは少し歩く事になる。
大きなニッカおじさんの看板を目印にリア充の行き交う中心部へとたどり着く。
時刻は二十時を回っていた為、未成年リア充をターゲットとして行動を開始した。
少し周囲を見渡すとどれに声を掛けてもよさそうな選り取りみどり状態。
まるでウォーリーをさがせ!の条件が『ウォーリーに似た人でもいいよ』くらいに変更されたくらいの難易度だった。
後はもう片端から
「君、未成年だよね?」
と声を掛けるだけの仕事だ。
中には苦し紛れの否定をする者や、身分証を提示し、年齢確認に応じるものもいた。
だが、それでいい。
俺は雰囲気をぶち壊せればそれでよかった。
こちらが一人だと思い、または女に良いところを見せるために反発するものもいた。
その場合は相手の立場を尊重した、心配したようなフリをする。
「君に何かあれば彼女にもまずい。だってそうだろ。学校や親に迷惑を掛ける、友達にだって会えなくなるかもしれないぞ。本当にかっこいい男はそこまで考えるんだ。出来るね?」
「俺の昔の友達にも居たんだ。そうして人生をダメにしちまった奴が。俺は君に俺の友達と同じ道を辿って欲しくないんだ」
だとか心にも思っていないことをまるで心から言う。
それで素直なフリをして別れようとするリア充達には学生証や身分証の提示を求めた。
持っていないと言うものには個人情報を聞けるだけ聞いた。
それが嘘か本当かはどうでもよかった。
その後心のどこかで引っ掛かり、今日を楽しめなくなれ。
その気持ちが俺の原動力だ。
彼ら彼女らにとってはテロのような行為が、警官によって平然と行われていた。
一時間が経ち、取り締まるターゲットの範囲を広げる。
さらに一時間が経ち、周囲は祭りの後ような気配を漂わせ始めた。
コンビニに立ち寄り、暖かいコーヒーを買い、元来た道を戻ることにする。
クリスマスの夜は、長く、深い。
俺の家は母子家庭だ。
父親は俺が生まれる前の不慮の事故で亡くなったと聞いている。
もし父親が生きていたら今の俺はないとも言えるので、一人手で育ててくれた母親に恩返しと安心を与えることの出来るこの職業に就けた結果だけを見れば感謝こそすれど悲しみや恨みも無い。
小さいころから不自由なく育ててくれた母親の顔を思い出すと、どの場面でも母は笑顔だった。
だが、母親が笑顔でない時を思い出すと、必ず近くには幸せそうな家族やリア充がいたような気がする。
それはきっと母が嫉妬していたわけではないし、俺を不憫に思った訳でもないのだ。
今思えばただ単純にそんな可能性もあったのかなと物思いに耽ていただけなのだろう。
だが子供のころの俺は、あいつらのせいで母さんがこんな顔をするのかと思っていた。
だから俺はリア充が嫌いだ。
もっと細かく言えば、周りの感情も、環境も、しらんぷりではしゃいで、イチャついて、調子に乗って、まるで自分が物語の主人公だと思っているような素振りをする奴らが嫌いだった。
どこで何をしようがその人の勝手かもしれない。
だが、どこで何をしようとも許されるわけではないのだ。
それに話かけなくても触れなくても、関係はしてしまうのだ。
俺の母が悲しいような、夢見るような顔をしてしまうように。
それを見た俺が悲しいような、やりきれないような気持ちになってしまうように。
少し歩を進めると『リア充取り締まり活動』のスタート地点、ニッカの看板にたどり着いた。
周囲を見渡すと、年齢層が上がったからか、手をつなぎ、談笑しながら歩くにとどめる大人なリア充が多く感じられた。
それくらい大人になると咎める理由も声をかけるテンプレもなくなってしまう為、俺のパトロールは終了することになる。
残るわずかなコーヒーを煽るために上を見上げる。
ニッカおじさんと目が合う。
気のせいだろうが、笑った気がした。
―――ニカっと。
……ごみ箱の付いたコンビニを探す為、周囲を再度見渡した。
ふと、知った顔の女性を見た気がした。
いつか取り締まったリア充だろうか。
少しすると彼女の表情がぱっと明るくなったような気がした。
おそらく待ち合わせていたのだろう、その先にいた男性に近づいていく。
男性は右や左を何度も見ているが、後ろから近づいていく女性には気づかない。
かの有名な『だーれだ』をやったら取り締まってやろうかと思っていた。
だが、予想に反して彼女はかの有名な『肩を叩いて振り向いた頬に指を刺す』を行った為、取り締まりを免れた。
まあそもそも取り締まるつもりは微塵も無いが、ムカつくなあと思っていた。
しかしその感情はすぐに虚無へと変わった。
思考は白く染まり、持っていた紙コップはコンと音を立てて踏みしめられた雪の上に転がった。
その時、振り返った男性の顔は、自分とよく似ていた。
いや、見れば見るほどに、そいつは、俺だった。
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