■真の解決編4
琴子は、密室の謎を「解く」のではなく、「暴く」と言った。敢えて強い言葉を口にすることで、一切容赦しない意思を明確にしたのだろう。
「現場が二重密室であったことは、既に説明した通りです」
死体が発見された五〇三号室を第一の密室、マンション〈スターメゾン中目黒〉全体を第二の密室、琴子はこのように定義づけていた。
「五〇三号室は、合鍵を使って施錠したのではありませんか?」
辰見は答えない。
「部屋をいくら観察しても、他の道具を使った痕跡は見られませんでした。自動の施錠装置などもってのほか。部屋を隅々まで調べましたから間違いありません」
これは琴子の確かな観察眼と、高度な技術を使った鑑識活動の結果だ。
「まして誰かが密室だと誤認したわけではありませんから、そうなると合鍵を使用して部屋を施錠したとしか考えられないのです」
単純だが盲点とも言える。密室と聞くと、どうしても大がかりな仕掛けを考えてしまいがちだが、消去法で考えるとシンプルな解答に辿り着く。
「玄関のシューズボックスに鍵を置いたのは、『この鍵を使っていない』とアピールする為だったんじゃないですか?」
辰見は目を伏せた。琴子の指摘が的を射ていたらしい。
もしこれが本当なら、巧妙な心理トリックだと言える。玄関のドアを鍵で施錠した場合、使われた鍵は必ず部屋の外になければならない。しかしその鍵が部屋の中にあるなら、大抵の人が「鍵は使われていない」と考えるはずだ。
「……合鍵の業者を特定したのか」
珍しく、辰見が質問してきた。心当たりがあるらしい。
「はい」
琴子は肯定する。
実際、その通りだった。〈スターメゾン中目黒〉は防犯性の高さをコンセプトにしたマンションであるらしく、部屋の鍵についてもそれは徹底されていた。合鍵を作るには指定された業者に依頼しなければならず、しかも部屋の契約者本人でなければ発注できない。更には受注の履歴も残っているという。業者に確認したところ、合鍵の作成を依頼した人物の名前は、契約者本人の名前と合致していることが分かった。これは動かしようのない事実である。
――ただ、この事実には抜け道がまだ残っていた。
「私が契約した部屋なんだから、合鍵ぐらい作るのは当然じゃないか。鍵を一本紛失したと思って合鍵を作ったんだが、その後、見つかったものでね。不要になった合鍵は破棄したよ」
そら来た。これは薄井が予想していた通りの答えだった。
合鍵を作ったからといって、それが犯行に使われたとは限らない。部屋の契約者であれば、合鍵を作ることも常識の範囲内だ。
「そうですか。ご自身が合鍵の作成を依頼されたことは確かなのですね」
すかさず琴子が指摘する。辰見が「自分の名前を勝手に使った誰かが合鍵の作成を依頼したのだ」と言い出さないようにする為だ。
「……ああ」
辰見も気付いたようだ。しかし今さら否定は出来ない。
「合鍵を作ったことは否定しない。ただし、その合鍵を犯行に使ったという証拠でもあるのかな?」
彼は開き直ることにしたようだ。この様子からすると、合鍵を破棄したというのは本当らしい。
「そもそも、貴女は一番大事なことを忘れている。合鍵を使って施錠したなら、その様子が防犯カメラの映像に映っていなければならない。違うか?」
辰見の顔は自信に満ち溢れている。自分が考案したトリックに確信を持っているのだろう。
「いいえ、間違いなく映っています」
琴子は指で眼鏡のブリッジを押し上げる。辰見の態度に臆する様子は全く無い。彼女は瞳に強い意志を宿らせ、こう告げたのだった。
「辰見さん、あなたが合鍵を使って部屋を施錠したのは、十二月二日ではありませんか?」
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