■解決編3


○スターメゾン中目黒503号室 見取図

【https://ioriinorikawa.web.fc2.com/map_503.html】



「ちょっと待って。なんで私たちなの? 同じマンションの住人なら誰でも当てはまるんじゃないの?」

 異議を唱えたのは、被害者の隣人である祥子だ。

「志穂さんの体には、別の場所から運び込まれた痕跡が見られませんでした。となると、彼女は部屋の中で殺害されたことになりますから、彼女が犯人を迎え入れたと考えたほうが自然です」

 殺害後に死体を運ぶと、犯人が掴んだ部分――脇の下や腕が特に多い――に圧痕が残るし、引きずった証として表皮の擦過や剥離も生じる。死後経過時間によっては、死斑しはんが転移する場合もある。解剖医がそれらを見逃すはずが無いのだ。

「彼女が部屋に迎え入れる人物とはすなわち、ある程度信用できる相手のこと。少なくとも顔見知りの方がこれに該当するでしょうね」

 辰見は最近まで交際していた相手であるし、八代は雇い主、船木とは友人関係だ。塩崎は管理人だから、信用できることが前提。祥子は隣人なので、顔を合わせる機会も多かったはずだ。

「私、やってないからね。渡航記録を調べればハッキリするでしょ」

 祥子は事件があった日に海外旅行へ出かけている。鉄壁のアリバイだ。

「さあ、どうでしょうね。本当にあなた本人が飛行機に乗っていたかは誰にもわかりません」

 辰見が冷ややかに言う。彼の言う通り、別の人物が祥子に成り済まして渡航していれば、彼女のアリバイは崩れてしまうのだ。

「話を戻しましょう」

 琴子が主導権を取り戻す。

「ここまで話してきた内容から、犯人を特定するのは難しいです。ですが、密室の謎を解くことでそれが可能となりますので、先に密室の解明から行います」

 彼女は一息つくと、凜とした声で語り始めた。

「現場は、二重の密室になっていました。一つ目の密室は完全施錠の五〇三号室、もう一つは、防犯カメラの映像が作り出したマンション全体という巨大な密室。この二つがあったからこそ、犯人が現場に出入りしていないかのような錯覚に陥り、実際に警察内部でも自殺の可能性に言及する方が多くいらっしゃいました」

 しかし自殺偽装を見破った警察官もいた。現実世界の警察官は、ミステリ作品のような『探偵の引き立て役』ばかりではない。探偵以上に鋭敏な捜査感覚を持つプロもいる。

「で、犯人はどうやって密室とやらを作ったんですかいのぉ?」

 ここまでの話を理解しているかどうかは不明だが、塩崎が先を促した。

「では、先に五〇三号室の密室から解いてみましょうか」

 ここからが本題だ。琴子は眼鏡を掛け直す。

「密室と聞くと、何か大がかりなトリックを使ったように思われがちですが、今回のケースは非常に単純です」

 琴子は一枚の写真を取り出した。五〇三号室のシューズボックスの上に置いてあった鍵を写したものだ。

「この鍵は五〇三号室の鍵だそうですね、塩崎さん」

 琴子に尋ねられ、老人は頷く。

「はい、はい、そうです」

「もしこの鍵を使って施錠したなら、鍵は部屋の外にないとおかしいです。施錠した後で、犯人が何らかの方法により部屋の中へ鍵を入れた場合は、この限りではありませんが」

 琴子がそこまで言ったところで、辰見が鼻で嗤った。

「それ、私が置いた鍵ですよ。彼女と別れ話をした後、部屋を出る時に置いていったんです。犯人が使ったなんてとんでもないミスリードだ」

「おっしゃる通りです。私も、犯人はこの鍵を使っていないと考えています」

 辰見の反撃に、琴子は全く臆する様子もない。

「この鍵を使って施錠するには、玄関扉の外に出なければなりません。その場合、犯人の姿が防犯カメラの映像に映ってしまいます」

 しかし、防犯カメラの映像には、被害者が部屋を出入りする様子しか映っていなかった。

「そもそも、部屋の中から鍵を掛けて、防犯カメラの映像に映らない出口から脱出すればいいわけです」

「ほお? じゃあ、その出口とはどこなんです?」

 辰見が意外そうな顔をした。

です」

 琴子は断言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る