■情報の整理と推理1
「少し、休憩しましょうか」
琴子にそう言われて時計を見ると、午後十一時を回っていた。捜査本部の置かれた剣道場で防犯カメラ映像の精査を続けていたら、もうこんな時間である。他の捜査員は既に引き上げており、琴子と薄井だけが残っていた。
「そうですね。何か淹れましょうか」
薄井はパソコン画面に表示させていた防犯カメラの映像を停止させ、席を立った。剣道場の片隅にあるコーヒーメーカーまで行き、ドリップの準備をする。電源を入れると、間もなくコポコポと音を立て始めた。あとはしばし待つだけである。
コーヒーが出来上がるまでの間に、薄井は昼間の出来事を思い返していた。
稲村宅を辞した後、薄井と琴子は速やかに船木の再聴取を行なった。当初、彼は前回と同じように爽やかな笑顔で応じていたが、高校時代の話が出た途端に顔を強ばらせた。そして琴子の『ある一言』で、彼は高校時代に稲村志穂と交際していた事実を認めたのだった。
船木は今年の八月に彼女と偶然の再会を果たし、以後は友人としての付き合いを続けてきたそうだ。被害者の部屋を訪れたこともあるという。但し、本件犯行の関与については明確に否定したのだった。
結局、船木からの再聴取はそれで終わり、捜査が大きく進展すると考えていた薄井としては、いささか拍子抜けする結果となった。一方、琴子は、船木と稲村志穂の関係を知ることができて満足なようだった。
船木からの再聴取結果は、その日のうちに捜査会議で報告された。予想通り、会議は荒れに荒れた。琴子の行動を独断専行だと責める者もいれば、船木から自供を引き出せなかった彼女の力量を批判する者もいた。
しかし、琴子はいとも簡単に追及を退け、結果として彼女を過小評価していた連中に大恥をかかせたのだった。
あの時の間抜けな『自称ベテラン』捜査員の顔を思い出すだけで、笑いがこみ上げてきてしまう。
「どうしたんですか?」
薄井がコーヒーの入ったマグカップを渡す時に、琴子が首を傾げた。薄井の顔がニヤけていることに気付いたのだろう。
「いえ、ちょっと捜査会議での出来事を思い出したもので」
それを聞いた琴子は、恥ずかしそうに俯く。
「……だって、あれくらいのことなら誰でも知ってると思うじゃないですか……」
琴子を非難する連中を黙らせたのは、彼女の何でもない一言だ。確かに、警察官であるなら誰でも知っているはずのことを口にしただけなのだが、それを失念していた彼らには手痛いしっぺ返しとなった。中でも、取り巻きを率いて琴子を素人呼ばわりした自称ベテラン捜査員には、この上ないカウンターだったようだ。しかもあの時の琴子は、嫌味を言うでもなく、まるで純粋無垢な子供の如く、きょとんとした表情をしていた。図らずも仕返しをしてしまったという点が、余計に笑いを誘うのだった。
「もう……」
からかわれたと思ったのか、琴子は不満そうな顔でマグカップを受け取る。そのまま無言で、コーヒーを口に含んだ。
彼女を不機嫌にさせるわけにはいかないので、薄井は提案した。
「今の時点で、まだ残っている謎を整理してみませんか?」
これは前々から考えていた。がむしゃらに捜査をするのではなく、疑問点を明らかにして、それを解くことに力を注いだほうが効率的だ。
「いいですね、そうしましょう」
彼女にいつもの笑顔が戻った。
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