■写真が語るもの

 稲村宅の二階へ上がらせて貰った。

 階段を上がって右手が夫妻の寝室、左手が稲村志穂の部屋だ。

「あの子が家を出た日のままになってるわ。多分、この部屋にあるはずよ」

 和江がドアを開け、薄井と琴子を招き入れる。部屋は四畳半の和室で、窓際には学習机が置かれていた。

 本棚には古びた漫画本や雑誌が並んでいる。ここにアルバムは無さそうだ。

「いつ頃の写真が見たいの?」

「高校時代のものを」

 和江に聞かれて、琴子は即答した。

「じゃあ、押し入れかしらね……」

 と言って、和江は押し入れのふすまを開いた。押し入れは上下に仕切られており、上の段には畳まれた布団が、下段には衣装ケースが置いてある。衣装ケースと壁の間に隙間があり、そこに冊子や印刷物が詰め込まれていた。

「これかしら」

 和江が取り出したのは、卒業アルバムだ。表紙には〈群馬県立富永高校〉と学校名が書かれている。

「拝見します」

 琴子は、部活動の写真のページを開く。運動部と文化部、それぞれの卒業生による集合写真だ。部ごとに写真が並べて掲載してある。それらの写真を順に見ていくと、稲村志穂の顔が見つかった。

「志穂さん、演劇部だったんですね」

「そうよ。メイクやヘアアレンジの担当だったの」

 なるほど。この頃の経験が将来の夢に繋がるのか。写真には、舞台のセットを背景に、五人が並んで座っていた。その中の右から二番目に、稲村志穂がいた。顔にあどけなさが残っているものの、間違いなく彼女だった。

 琴子は、その前後のページをペラペラとめくる。何かを探しているようだ。

「他の部員の写真は無いようですね」

 どうやら彼女は、稲村志穂と同じ部に所属していた生徒を探しているらしい。

「スナップショットはどうですか?」

 薄井は助言した。部活動の最中でも、部員同士で写真を取り合うことはある。強化合宿の為に遠出していれば、旅行気分も相まって、記念撮影する機会が増えるはずだ。

「そうですね、探しましょう」

 かくして、捜索が始まった。

 探せば探すほど、写真は宝のように湧いてくる。生誕から幼稚園への入園、小学生時代、少し大人びてきた中学生の頃……稲村志穂が生きてきた証はここにある。

 一人娘だったこともあってか、かなりの枚数が見つかった。この枚数が、両親の愛情を物語る。

「これ、どうかしら? 高校のジャージ着てるから多分そうだと思うんだけど」

 和江が持ってきたアルバムには、確かにジャージ姿の生徒たちが写っている。どこかの宿舎前で撮影されたものらしく、二十人程度の姿が収められている。

「これは何年生の頃ですか?」

 すかさず琴子が質問した。頭の回転に比例してか、話す速度もやや上がってきている。

「志穂の髪が短いから、一年生の頃よ。短かかったのは最初だけだから」

 そうと聞くなり、琴子は写真に写っている生徒の顔を順に見ていく。それが終わると次のページをめくり、再び写真を見る。その作業をとんでもない速さで進めていくものだから、まるで突風が吹いているようだった。

 アルバムに収められている写真が残り少なくなった頃、

「――見つけました!」

琴子は畳の上でアルバムを開き、一枚の写真を示した。

 写真は、稲村志穂と男子生徒のツーショットだった。稲村志穂が机に頬杖をつき、彼女の頭に男子生徒が腕を載せている。少しもたれかかっている様子だから、稲村志穂にとっては維持するのが辛いポーズだ。しかし彼女はまんざらでもない笑みを浮かべ、男子生徒も白い歯を見せて爽やかに笑っている。学園ドラマのワンシーンと言っていいほど様になっていた。

「この顔は……」

 薄井の記憶が甦る。この男子生徒は、だ。

「二人とも同じ高校出身で、年が二つ違いだから、もしかしたらと思ったんです」

 琴子の顔が上気している。自分の予想が的中したから、興奮を隠せないのだろう。

 彼女に言われるまで、すっかり忘れていた。今回の事件は、関係者の中に被害者と同じ高校出身の人物がいる。しかも彼は、稲村志穂の先輩に当たり、同じ部に所属していた。これは何かの偶然だろうか?

「彼から、もう一度話を聞く必要がありそうですね」

 琴子が言い、薄井が頷く。

 頭の中には制服姿で微笑む警官の姿があった。

 そう――船木幸司巡査である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る