■被害者の両親

 駐車場で軽自動車に乗せて貰い、稲村の運転で目的地へ向かう。行き先は稲村志穂の実家なのだろうか。確認しようにも相手が黙ったままなので、なんとなく話し掛け辛かった。それは琴子も同じらしく、彼女は窓の外をぼんやりと眺めているだけだった。

 窓の外の風景は、まるで来た時の逆回しだ。今度は霊園から駅の方向へ引き返している。駅前の商店街に差し掛かると進路は裏道に入り、車三台がやっと駐まれる駐車場へと至った。

「降りて」

 言われるがままに降車する。稲村が無言のまま歩き出したので戸惑うが、とりあえずついていくことにした。

 道というよりは、店舗と店舗の隙間と言ったほうが良さそうな通路を通り抜ける。すると駅前商店街通りに出た。

 生鮮食品の専門店や大衆食堂、洋裁店に金物屋……昭和の時代を思わせる街並みだ。かつては賑わっていたのだろうが、今はシャッターが閉まっている店舗も幾つか見られた。

 その商店街の中程に、理髪店があった。稲村はその中へ入っていく。店名を見て、薄井は思わず頷いた。

 〈イナムラ理容〉。名字を使ったシンプルな店名だ。稲村志穂が美容師を目指したのは、家業の影響があったからなのだろう。

「母さん、帰ったよ。お客さんだ」

 稲村は店内の奥に向かって呼び掛けた。間もなく、奥の方から稲村志穂の母親が出てくる。捜査資料によれば、確か彼女の名前は和江といった。

「はいはい……あら?」

 和江は薄井と琴子の顔を見て、驚いたようだった。すると、事件を思い出したのだろう、僅かに目が潤んだ。

 しかし彼女は笑顔を作り、薄井たちを招き入れたのだった。

「何も無いところでごめんなさいねぇ、さあどうぞどうぞ」

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