■関係者からの事情聴取4

 徳田が辰見の手を指差す。

「左の薬指に指輪の跡が残ってますよ。仕事中だから外しておられるのかな?」

 確かによく見ると、指に細い帯状の窪みがある。普段は指輪を付けているが、状況に応じて外すようにしているのかもしれない。

 彼が結婚しているということは、つまり。

「……隠すつもりはありませんでしたが、その通りです。そして彼女とは、不倫関係でした」

 嘘をついても後で調べれば分かると思ったのだろう、辰見は自分から不貞の事実を認めた。

「彼女には私から声を掛けました。街で偶然見かけて、この子をもっと美しくしたいという気持ちが抑えきれませんでした」

 辰見は語る。自分には、磨けば光る女性を、この手でもっと輝かせたいという欲望があること。稲村志穂には、その素質があったこと。自ら手を加えることで、彼女がみるみるうちに美しくなり、やがて『育てる喜び』が恋愛感情に変化していったこと。そうした諸々を話した末に、彼はこう吐露した。

「……全て、私が悪いのです。好きなだけ彼女を弄び、妻の存在を知らせなかった。しかし彼女は知ったのでしょう、私が妻に不義をはたらいていたことを。その結果、彼女は悩み、最悪の選択をしてしまった」

 辰見は俯いたままだ。

「詳しい事情を話すのが遅くなり、申し訳ありませんでした。ただ、話すことを躊躇った私の気持ちも、少しは理解していただけますか」

 取調べの際、否認を止めて自供する被疑者は大抵このようなことを言う。自分にも話しにくい理由があったのだ、それを解って欲しい――と。

 完全に信用することはできないが、相手が自分にとって話しにくいことを話したのは事実だ。

「ですから、私としては彼女が自ら命を絶ったと考えています。実際、そうなのではありませんか?」

 今度は辰見から聞いてきた。

「今のところは何とも。捜査中としか申し上げられません」

 そうやすやすと相手に情報を与えるわけにはいかない。薄井は質問を切り捨てた。

「そうですか。ではまた何かありましたら協力させて下さい。今日のところはそろそろ」

「分かりました。お忙しい中、ありがとうございました」

 辰見が席を立とうとするので、薄井もそれに合わせた。聞きたいことがあれば、また来ればいい。次回はアポが必要になりそうだが。

「では」

「あー、最後に一つ」

 徳田が食い下がった。

「十一月二四日の夜から二五日の朝までの間、どこにいましたか?」

 そのとき何故か、辰見がうっすらと微笑んだ。

「アリバイというやつですね。私を疑っているのですか?」

「いえ、皆さんに聞いて回っていることですよ」

 徳田は飄々とした様子で受け流す。

「まあ、いいでしょう。その頃は自宅で仕事の残りを片付けて、あとは朝まで就寝していました。身内の証言以外で、それを証明できる人間はいません」

「けっこう。それじゃ、失礼しますよ」

 徳田が出口へ向かう。薄井が後を付いていく形になった。

「待って下さい」

 今度は辰見に呼び止められた。

「もし他殺を疑うなら、『身内』もよく調べて下さいね。警察には犯罪者が大勢いるんですから、人殺しが混ざっててもおかしくないでしょう?」

 危うく顔に出すところだった。薄井は苦々しい表情になりそうなところを、何とかして取り繕う。しかし切り返しの一言は出なかった。

「ご忠告、痛みいります」

 言い返せないでいる薄井を余所に、徳田は慇懃いんぎんな笑みを浮かべるのだった。

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