■関係者からの事情聴取3

 薄井と徳田は〈たつみ美容クリニック〉の本館を訪れた。渋谷駅から歩いて十分ほどの距離にある。十五階建てビルの四階がクリニックの借りているスペースらしい。

「申し訳ありませんが、お約束の無い方はお取り次ぎ致しかねます」

 ダメ元でアポなし訪問してみたが、案の定このざまだ。整った顔立ちの受付嬢から機械的に断られた。無表情で淡々と話すから、作り物めいたものを感じてしまう。

「そんなこと言ったって。人が死んでるんですよ? 院長は無関係じゃないはずです。ぜひ話を」

「申し訳ありません。致しかねます」

 受付嬢は眉一つ動かさない。

「十分、いや五分でもいいですから」

「申し訳ありません」

 謝ってはいるものの、感情が伴っていない。少しでも苛つきを見せてくれれば、まだ人だと思えるのに。

「……どうしましょうか」

 薄井は徳田に助け舟を求めた。経験豊富な彼なら、打開策を知っているかもしれない。

「ふむ……」

 徳田は眉尻を指で掻く。

 そのとき、受付の電話が鳴った。

「はい、受付です。はい……はい……かしこまりました」

 受付嬢が受話器を置く。

「院長が会いたいと申しています。来賓室へお進み下さい」

と言って、来賓室への経路を教えてくれた。どういう風の吹き回しだろう。

 案内されたとおり通路を行くと、〈来賓室〉と書かれたドアが見えた。その傍らには、さっきの受付嬢と似たような顔の女性従業員が立っていた。すらりとした体躯に細面、美人であることに違いないが、どこか『大量生産品』のような印象がある。綺麗な顔を突き詰めていくと、同じ結論に至るのかもしれない。

 彼女は薄井たちに一礼すると、部屋の中へ案内した。室内はグレーを基調とした配色で、暖色系に統一された外のフロアとは対照的だ。来賓室の中にはテーブルと椅子が向かい合わせに合計四つ、奥にあるのは内線電話だろう。

 女性従業員から、中で待つよう言われたので、従うことにする。

 待つことしばし、ドアの開く気配がした。姿を現したのは、三十代半ばの男性。髪をオールバックに撫で付け、高い鼻と二重まぶたの大きな目が日本人離れして見える。成功者としての自信に溢れているのか、顔にはうっすらと笑みを浮かべていた。ウェブサイトで見たのはこの顔だ。

「初めまして、辰見です」

「警視庁の薄井です。忙しい中、時間を取って下さりありがとうございます」

 薄井は席を立って挨拶した。おそらく短時間の聴取になるだろうから、機嫌を損ねると手痛いロスになる。そうならないために礼を尽くしておいたほうがいいだろう。

「この後はテレビCMの打ち合わせがありますので、手短かにお願いします。そちらへどうぞ」

 辰見が促すので、薄井と徳田は椅子に腰掛けた。向かい側に辰見が座る。その時、彼が腕時計を見た。時間を気にしているらしい。

「それでは単刀直入にお聞きしますが、稲村志穂さんをご存知ですか?」

 前置きをする時間が惜しい。薄井は真正面から切り込んだ。

 すると辰見は一瞬、目を見開いた。驚いているのではなく、意外に感じている表情だ。

「知っていますが、何か?」

「辰見さんは、稲村さんとお付き合いされているのでは?」

「……ああ、そのことでしたら、もう過去の話ですよ」

「といいますと?」

「彼女とは先週に別れました」

 話が違う。ミカの話しぶりではまだ交際を続けているようだった。彼女の情報が古いのか、辰見が嘘をついているのか、今はまだ判別できない。

「旅行を計画されていたのでは?」

「え、旅行?」

 を掛けてみたが通用しなかったようだ。辰見は怪訝そうな顔をするだけである。

「とにかく、彼女に聞いてみて下さい。鍵も渡しましたし、確認すれば分かるはずです」

「いえ、その彼女が……死体で発見されたんです」

 そう告げると、薄井は相手の表情を観察した。もし彼が、稲村志穂を殺害したなら、何かしらの変化があるかもしれない。

 ところが。

「そうですか……」

と言って目を瞑り、辰見は俯くだけである。残念には思うけれども、哀しむほどではないということか。元恋人なのに淡白な反応だ。

「彼女が亡くなったことについて、何か心当たりはありませんか?」

 薄井に聞かれ、辰見は視線を落として考え込む。それが演技なのか、真剣に心当たりを探しているのか、判別が難しい。

「……もしかしたら、これが何か関係しているかもしれません」

 辰見はジャケットの内ポケットから、スマートフォンを取り出した。それを操作して、画面を薄井に見せる。表示されていたのは、ツイッターのタイムラインだった。

「ここを見て下さい」

 辰見が示したのは、〈shiho1124〉という名前のユーザーによる最新のツイートだった。

 ツイートの内容は以下の通りだ。


〔取り返しのつかないことをしてしまった。多くの人に迷惑をかけてすみません。ごめんなさい。さようなら。〕


 ツイートの日時は、十一月二五日午前〇時十三分となっていた。彼女が帰宅してから約二十分後に送信したことになる。

「このアカウント、彼女のものだと思います。名前に続く数字、これは彼女の誕生日と同じですから」

 これが稲村志穂自身によるツイートなら、遺書と考えることもできる。しかし動機が曖昧だ。自殺するにしても、明確な理由は無かったのだろうか。

「辰見さんは、自殺だと思いますか」

「ええ……。思い返せば彼女、相当追い詰められていましたから」

「それはどういう意味ですか?」

「国際大会が近いそうで、彼女も努力していたようですが、伸び悩んでいる様子でした」

 国際大会のことは職場の店長からも聞いている。志が高すぎる故に、自分の実力に絶望してしまうというのは、あり得なくはない話だ。

「白状しますが、私がそんな彼女に付き合いきれず、別れを切り出したのです。もしかしたら、私の行為が彼女に追い討ちをかけたのかもしれません」

 そう言うと、辰見は沈痛な面持ちになった。道義的責任は感じているらしい。

 ただどうしても違和感が残る。仮に自殺としても、ツイートにあった『取り返しのつかないこと』とは何だったのか。

「辰見さん」

 突然、名前を呼んだのは徳田だ。

「あなた、結婚されてますな」

「えっ?」

 ここで初めて、辰見が驚きの表情を見せた。

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