■関係者からの事情聴取2

 これで稲村志穂の人となりが分かった。ここから先は、少し聞きにくい質問だ。

「違っていたら申し訳ありません。八代さんは、稲村さんと付き合っていたのではありませんか?」

 最初に彼が、彼女を下の名前で呼んだのが気になっていた。

 薄井が言うと、八代は自嘲気味に笑った。

「……ええ。もう過去の話ですが。お互いに話し合って決めたことですし、わだかまりはありません。今はあくまで友人関係です」

「そうですか。そういった関係なら、何かしら相談を受けていたのでは?」

 更に切り込む。

「相談……ですか。不眠症で悩んでいたのは知っていますけど」

「不眠症? 眠れなくなるほどの何かがあったんでしょうか」

「いえ。いつものことだそうです。国際大会が近い時期は特に」

 彼女なりにプレッシャーを感じていたということだろうか。

「病院に通っていたかどうか、ご存知ありませんか?」

 稲村志穂が不眠症だったなら、どこかの心療内科で睡眠薬の処方を受けていた可能性がある。犯人はその睡眠薬を使って彼女を昏睡させ、絞殺したのではないだろうか。だが、彼女の部屋からは薬どころか薬を入れる袋すら見つかっていない。犯人が持ち去ったか、元々通院していなかったか、この点も調べてハッキリさせておく必要がある。

「……すみません、わかりません」

 八代は首を横に振る。病院に関しての手掛かりは得られなかった。

「他に、最近で気づいたことは?」

「仕事を休みたいという電話があったぐらいですかね」

 それだ、と薄井は直感した。日常生活に潜むわずかな特異点が、事件につながることもある。

 先を促すと、八代は怪訝な顔をした。

「彼女、三連休を取らせて欲しいって。昨日が休みの最終日でした」

 ということは、彼女は十一月二四日から休みを取っていたことになる。

「稲村さんから電話があったのはいつですか?」

「前日だから、二三日ですね。夜の十一時頃だったので急だとは思いましたが、シフトに余裕があったので、許可しました」

「休みたい理由は何と言っていましたか?」

「旅行に行くと言っていました」

 旅行? 仮に本件が自殺であるなら、それは妙な話だ。これから死のうとしている人間が、旅行を計画するとは思えない。

「旅行には一人で行くと言っていましたか?」

「さぁ……そこまでは聞いていないので……何とも。極力、プライベートには関わらないようにしているんです」

 せめて人数だけでも聞いてくれていれば、と思わずにはいられない。

 旅行に行くとすれば、彼女は一人旅をするタイプだろうか。それとも親しい人との旅を好むのだろうか。

「稲村さんが旅行に行くのは、よくあることなんですか?」

 八代が手を振る。

「ほとんど無いですね。遊んでる暇があったら、ヘアメイクの練習をするような子ですから」

 これで大体わかった。日頃から一人旅をする人ではないようだから、連休中に誰かと一緒に旅行へ行くことになっていたのだろう。

 となると、彼女に同行する人物、またはメンバーが気になるところだ。

 同行することになっていたのは、恋人ではないだろうか。薄井は、そう直感した。

 稲村志穂が住んでいた部屋には、同居人がいた可能性が高い。同居人として真っ先に思い浮かぶのは、交際相手だ。

「稲村さんには今、付き合っている方はいますか?」

 そこで少し、八代が顔をしかめた。

「僕には分かりません。そういうことは女の子達のほうが詳しいかと」

 元彼には答えにくい質問だったに違いない。しかし敢えて聞くことで、反応を確かめておきたかった。

「失礼しました。では、こちらの店で彼女と特に親しかった方はいますか?」

「ああ、それなら」

と言って、八代が事務室から出て行った。少しして、二十代前半ぐらいの女性店員を連れてきた。彼女は何故自分が呼ばれたのかよく解っていない表情だ。仲が良かった友人の死をまだ知らないらしい。

「この子なら知ってると思います」

 紹介されたので、薄井は会釈して名乗った。女性店員の左胸には、ミカと書かれた名札が付いている。

「稲村志穂さんとはお友達ですか?」

「えと……うん、そうです。志穂の彼氏を知りたいんですか?」

 ミカは戸惑いながらも本題を切り出した。話が早いのはありがたい。

「そうです。彼氏、いるんですか?」

 彼女は一旦、八代のほうを見る。彼と稲村志穂の事情は把握済みというわけか。

「う~ん……」

 彼女が悩んでいるので、薄井は八代に退室を頼んだ。彼がいるから話しにくいのだろう。

 八代が部屋を出て行く。

「……すみません」

 ミカが謝った。

「いえ。で、どうなんでしょうか?」

「あっ、はい。いますよ、彼氏」

「どんな方なんですか?」

「ええっと……お医者さんです。あと、お金持ち。お店いっぱい持ってる」

 医者なのに店の経営者? それはどういう意味だろうか。

 薄井がいまいちピンとこないので、ミカは奥のロッカーから、自分のスマートフォンを持ってきた。それを操作して、画面をこちらに向ける。

「ほら、この人」

 彼女が見せたのは〈たつみ美容クリニック〉という美容整形外科医院のウェブサイトだった。概要を見ていくと、都内に三箇所あるらしく、いずれも美容整形を専門に取り扱っていると紹介されていた。院長の名前は辰見卓也たつみたくやとなっており、顔写真も掲載されていた。年齢は分からないが、見た目からすると三十代半ばだろう。この若さで都内に三箇所とは、かなりやり手の経営者であるようだ。

 交際相手なら、何か知っているかもしれない。この人からも話を聞くべきだろう。

「ありがとうございました」

 礼を言うと、薄井は立ち上がった。早く辰見のところへ行きたくなったのだ。

「あー、ちょっといいかな」

 と、そこで。今まで黙っていた徳田が、ようやく口を開いた。

「君たち、LINEやってる?」

 まさかベテランの口からその単語が出るとは思わなかった。

「やってますよー」

 ミカが答える。

「職場でグループ作ってる?」

「はい。職場で連絡取り合う時は、だいたいLINEですね」

と言って、ミカがグループラインの画面を見せた。複数のユーザーが、一つのトークルームでメッセージを送信し合っている。

「休む時の連絡も、それでやってるの?」

「そうですよ。店長は割とそのへん、おおらかなんで」

「ん、わかった。ありがとう」

 徳田が席を立った。

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