■捜査開始
「……じゃ、そろそろ現実の事件に戻ろうか」
そう言って、鷹野が助手席から顔を覗かせた。〈密室講義〉が終わるまで待っていたらしい。
「はい、大変失礼しました」
琴子は鷹野に向き直る。
「結局、今回の事件に関してはどうなんだい?」
鷹野は結論を求めた。
「本件で密室が使われたのは、〈事件性の否定〉を目的としたものとみて間違いないでしょう」
この台詞からすると、琴子は本件を殺人事件だと考えているようだ。
「第一の密室である五〇三号室は、比較的簡単だと思います。ただ、マンション全体を取り巻く第二の密室は少し厄介ですね……」
「第二の密室というと、防犯カメラの映像に犯人らしき人物が写っていない状況のことですか?」
薄井は尋ねた。琴子の言葉を借りるなら、これは〈広義の密室〉に該当するはずだ。
「ええ。今の時点では偶発的なものか人為的なものかも判然としませんし、方法も想像の域を出ません」
「想像でもいい。話してくれ」
鷹野が食い付いた。事件の早期解決は彼だけでなく大抵の人々が望むところだ。わずかな可能性に賭けたい気持ちは同じ刑事として理解できた。
「……いえ、まだ決め手に欠けます。不確かなことをお話しして捜査に混乱を生じさせるわけにはいきません」
しかし琴子は首を横に振るのだった。
「んー、そうか……」
鷹野は顎に手をやり、少し考えた。
「……すみません」
琴子がぺこりと頭を下げる。
「ですので、一旦、この件は持ち帰ります。新しい情報が入れば、また教えて下さい。情報が多ければ多いほど、正解に近づくはずですから」
今すぐにというわけではないが、勝算はあるということか。
「あ、あと。後ほどで構いませんから、防犯カメラの映像データも頂けますか。録画内容の精査は私がします」
「了解、助かる」
それぞれの係の長どうしで話がまとまっていく。薄井は自分自身これからどうしたものかと考えていると、鷹野が琴子に提案した。
「頼まれついでに、こいつを借りてもいいか?」
こいつとは、薄井のことだ。
「現場周辺の防犯カメラを探さにゃならんし、聞き込みも必要だ。今はとにかく人手が欲しい。もちろん、あんたさえ良ければの話だが」
「わかりました。そういうことであれば是非。――薄井さん、殺人犯捜査希望ですものね」
と言って、琴子は微笑むのだった。部下が希望する部署まで把握しているとは恐れ入る。
「了解です」
「恩に着る」
薄井と鷹野は車から出た。
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