■密室講義3

「さて。〈人為的構成〉から離れて、今度は別の分類です」

 琴子は次のページに〈密室を構成した動機による分類〉と書いた。

「密室の謎を解く為には、まず『どうして密室にする必要があったのか』という点に着目します」

 物事には原因がある。罪を犯すにも必ず理由がある。となれば、密室を作ることにも何かしら動機があるはずだ。

「犯人にしてみれば、面倒なトリックを使う手間がかかるわけですから、その手間を考慮しても、密室を作ることにメリットがなければ釣り合いが取れません」

 それはその通りだと思う。警察に捕まりたくないなら、密室なんて作らずに、さっさと証拠隠滅して逃亡すればいいのだから。まして証拠隠滅や逃亡できるいとまがないのに、わざわざ面倒な密室を作るとあっては、それこそ矛盾である。

「密室を作る動機については、これも過去に多くの作家が分類を試みています。最近だと島田荘司先生や、麻耶雄嵩先生がそうですね」

 琴子はメモ帳に書き込もうとして、はたと手を止めた。

「ちなみに、『偶然に密室が出来てしまった場合』を動機の一つとして分類される方もいらっしゃいますが、私はこれを除外します。私が動機により分類するのは、人為的に密室が構成された場合に限るという前提においてです」

 密室を作る動機については、一つ分かりそうなものがある。

「あの、〈事件性の否定〉は動機の一つになりませんか?」

 薄井が質問した途端、琴子はまるで成績向上した教え子を見る教師のような顔をした。

「んん~、その通りですっ!」

 彼女は声を弾ませる。

「薄井さん、さすがです。そう、密室を作ることで殺人事件を自殺や事故、病死に見せかけるという目的があるんです」

 薄井がそれに気付いたのは、自分の経験則によるものだった。これまでに数多くの変死現場を見てきたが、現場である部屋が完全施錠――つまり密室であることは、事件性を否定する要素になり得た。

 それを逆手に取って密室を作れば、警察や一般人に、事件性が無いと『誤認させる』ことができるのではないだろうか、そう考えたことは一度や二度ではない。

「では薄井さん、その他の動機は何だと思いますか?」

 逆に質問された。しばし考えるが、これといったものは思い浮かばない。

「……わかりません」

「そうですか。では申し上げますが、一つは〈罪のなすりつけ〉です」

 密室を作ることが、なぜ罪をなすりつけることに繋がるのだろうか。その疑問を口にすると、琴子はこう答えた。

「例えば密室の中に死体があって、その他には生きた人間が一人。その人は血の付いた刃物を持っているけれど、『私はやっていない』と言っています。さて、犯人は誰でしょう?」

「刃物持ってる人が犯人でしょうね」

 薄井は即答した。

「ですよね、普通はそう考えます。でも、実は犯人が死体と眠った人を部屋に閉じ込めていたのだとしたら? しかも眠った人に刃物を握らせていたとしたらどうでしょう」

 現実的ではないが、無いとは言い切れない状況だ。それなら確かに、生きて刃物を持っていたとしても、犯人だと断定することができない。

「というわけで、『別の人に罪をなすりつける為』というのも、密室を作る動機になるのです。あと、少し似ていますが」

 琴子はまた新しい項目を付け加えた。

「〈犯人性の否定〉というのもあります」

 薄井は少し考えた。

「……それは『密室を作ることで、自分が犯人でないように見せかける為』という風に解釈すればいいんでしょうか」

「そうです。たとえば、現場が内鍵のかかった密室なら、『自分は部屋の外に居たから犯行は無理だ』と主張できますからね」

 なるほど。ちなみにこの場合は、事件性が否定された場合を含まないと考えたほうが良さそうだ。『これは事件だ』という認識が無ければ、そもそも犯人がいるという発想に至らないのだから。

「他にはどんな動機があるんですか?」

 今度は薄井から聞いた。

「はい……次はミステリ作品ならではなんですけど……〈不可能犯罪の演出〉というのがあります」

 途端に胡散臭くなった。不可能犯罪を人々に見せつけて優越感に浸ろうというのか。そもそも犯罪を実行不可能に見せかけて、警察や一般人により事件性が否定されたら、その時点でもう自分が犯人だと疑われることは無くなる。事件ではなく、自殺や事故、病死として処理されるのだから。なのにわざわざ犯罪であることを示すとは、自分を捕まえて下さいと言っているようなものだ。まったく理解できない。

「現実に、そんなの有り得るんですか?」

「……過去の事件記録や私の経験からしても、現実世界では前例がありません。小説の世界ではトリック第一主義の考え方もありますし、そうした事件を演出する『怪人』がいると物語に面白味が増す、というのもありますが……」

 怪人vs探偵という構図を作れば、物語を盛り上げることができる。小説のシリーズ化ともなれば尚更だろう。薄井は少年時代に読んだ〈明智小五郎と少年探偵団〉シリーズを思い出した。あの作品には悪役として〈怪人二十面相〉が登場する。彼もまた犯罪の『演出家』だった。

「また小説の世界では、物の怪もののけや亡霊、悪魔といった超常的存在による仕業だと事件関係者に思い込ませ、恐怖感を煽る為に密室が使われるパターンも存在します。これも〈不可能犯罪の演出〉の一種と考えていいでしょう」

 オカルトが通用していた時代ならそれでもいいだろう。しかし科学万能と言われるこの時代においては、やや時代遅れな感がある。

「はい、というわけでして。密室の分類はここまでです」

 琴子は手書きしたメモ帳のページをちぎり、膝の上に並べた。分類表の完成である。【参照URL→https://ioriinorikawa.web.fc2.com/bunrui.html】

「何か質問はありますか?」

 彼女がそう言うので、薄井はふと疑問に感じたことを聞いた。

「随分と細かく分類されたようですが、どういった意図があるんですか?」

 琴子は柔らかく微笑むと、こう答えたのだった。

「はい。密室を細かく分類し、それを形作る『要素』にまで細分化するのが第一の目的です」

「細分化して、それからどうするんですか?」

「こうすることで、どのような密室と出会っても、その『要素』だけを抜き出して単純化することができます。単純化により謎を解明しやすくなる、というのが私なりの考え方です」

 要するに、一見複雑なものから無駄を省き、その骨格だけを見て構造を解明するということか。なるほどそれは、実際に行われた犯罪を、刑法上の犯罪構成要件と照らし合わせる作業によく似ている。

「『難しく考えず、簡単に考えるべし』ということですか」

「そういうことです」

 薄井の発言を肯定した後で、琴子はこう付け加えた。

「私、密室は『要素』の組み合わせで作られるものだと思うんです」

「組み合わせ?」

「はい。まず定義がベースとしてあって、そこへ完全性が付加される。完全密室か不完全密室かが決まったら、次はその密室を作る為に方法を選択して。そもそも何の為にどんな密室を作るか考えておかなきゃならなくて。なんだかトッピング自由なクレープみたい」

 彼女はうっとりとした目で宙を仰ぐ。

「クレープですか」

 失礼だとは思いながらも笑ってしまった。だが彼女の例えは興味深い。さしずめ定義はクレープ生地、完全性はスイーツ系かフード系かの味付け区別、方法は具材といったところか。生地と味付けが決まったら食材を組み合わせて、しかも付け足しはいくらでも自由。ただしトッピングをやりすぎたら破綻する、とても食えたものじゃなくなる。そうならないようクレープ屋の店員は、客にどう感じて貰うかを考えた上で、完成された商品を提供しなければならない。

「面白いですね」

「でしょう?」

 得意げに言う琴子の顔は、達成感に満ちていた。

「それでは、これで〈密室講義〉を終わります」

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