■二重密室

「……ったく。姿が見えねぇと思ったら、二人して顔赤くしやがって。さかりのついた高校生か、お前らは」

 呆れた様子で、鷹野が車の助手席に座った。彼はまだ、初動捜査の指揮を継続中だ。加えて、担当管理官への報告や、所轄への捜査協力の申し入れ等、現場責任者である警部のやるべきことは多い。

「で、だ。その様子じゃ必要な情報は揃ったみたいだな。あんたの見解を聞かせてくれ」

 この台詞は琴子に対してのものだ。

 彼女は顔を上げる。先ほどまでの少女のような雰囲気は既に消えていた。

「……はい。率直に申し上げますが、これは『二重密室』です」

「ほう?」

 鷹野は意外に思ったようだ。

「ご存知の通り『密室』とは、一般的には完全施錠状態の部屋を意味します。本件における五〇三号室はまさにその典型ですね」

 薄井も、それは理解していた。しかし琴子の言う『二重密室』は、更にもう一つの密室が存在することを意味する。

「ところが本件では、五〇三号室の外にも、更に巨大な密室があるんです」

「マンション全体が一つの密室ってことか?」

 先回りして鷹野が尋ねた。

「その通りです」

 琴子は頷く。

「えっ、でも。マンション全体は完全施錠じゃありませんよね?」

 薄井は疑問を口にした。マンションはオートロック式ではあるものの、鍵を持っている住人であれば誰でも出入り可能だ。管理人の塩崎も合鍵を持っているし、住人がマンションの外へ出るタイミングに合わせれば、外部からの侵入もできてしまう。

「いえ、『施錠されている状態』が重要なのではなく『死体のある部屋に死体以外の人間が出入りしていないように見える状況』が重要なんです」

「?」

 薄井が眉をひそめたのを見て、彼女は何かを思いついたようだ。

「そうだ薄井さん、ちょうどいい機会ですから、密室についてお話ししておきますね」

 赴任したばかりの部下に、必要な知識を与えておこうという考えらしい。薄井としても、それはありがたいことだった。

「お願いします」

 薄井が一礼したところで、琴子は瞳に知性の光を宿らせ、こう宣言したのだった。

「それでは、室生流〈密室講義〉を始めます」

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