■防犯カメラ映像の精査


○スターメゾン中目黒1階/5階 見取図

【https://ioriinorikawa.web.fc2.com/map_1F_5F.html】

○2017年11月/12月カレンダー

【https://ioriinorikawa.web.fc2.com/2017_11_12.html】



 薄井はモニターの前に座っている捜査員に話しかけた。

「すみません、〈特別室〉の薄井といいます」

 相手は川上と名乗った。待機室で鷹野から召集をかけるように言われていたのは彼だったようだ。体が大きく、頭を丸刈りにしているので、柔道の選手に見える。

「どうですか?」

 率直に尋ねた。防犯カメラの映像に犯人が写っていたら、捜査は大きく進展するはずだ。

 しかし川上は首を横に振るのだった。

「いや、まだだ。始めたばかりだから、最初からにしようか?」

 見た目はいかついが、親切な人らしい。川上は映像をリアルタイムのものに戻し、防犯カメラの設置状況から説明してくれた。

 このマンションには防犯カメラが多く設置されているという。

 まず、エントランスを建物内から撮影しているものが一台。これは自動ドアの斜め上に取り付けられている。

 次に、二基あるエレベーターの中にもそれぞれ一台ずつ。天井から斜めに見下ろすようにしてレンズが向けられている。

 そして各階の階段付近の天井にもカメラが一台ずつ取り付けられており、そこから各階の共同通路を見通すようにレンズが向けられている。

 マンションの北側(ベランダ側)は往来の多い都道三一七号線に面しているが、そちら側は一階の勝手口に一台だけ。他には無いとのことだった。

 つまり、合計十五台の防犯カメラが、このマンションの内部を監視していることになる。

 録画された映像の保存期間は約一ヶ月。塩崎がおぼろげながらも覚えていたと川上は説明する。日ごと新しい映像に上書きされていく為、古いものは順次消去されていく仕組みなのだろう。

 死亡推定日は本日より二日から三日前なので、稲村志穂の身に『何か』があった当時の映像はまだ消えていない。

 リアルタイムの映像には撮影日時が表示されていないものの、録画されている映像にはちゃんと表示されているらしい。これは録画機器の仕様なのかもしれないが、取扱説明書が無いので何とも言えない。

「あのじいさんが無くしちまったんだとさ」

 と、川上が背後を一瞥しながら言う。薄井たちの後ろでは、琴子と塩崎が何やら話し込んでいた。塩崎が管理室の腰高窓を指して、一ヶ月前にここから泥棒が入った、しかし何も盗らずに逃げていった、防犯カメラが沢山ついているから無理だと悟ったのだろう……そんなような内容だ。警察官と話す機会がそうそう無いので、ここぞとばかりに身近な事件の相談や質問をしてくる人々は、一定数必ずいる。老人の長話に付き合わされて気の毒だと思っていたが、琴子は意に介していないようだ。おっとりした彼女だから、塩崎とは波長が合うのかもしれない。

 視線をモニターに戻すと、川上が録画機器を操作していた。

 川上はタイムサーチ機能の画面を表示させていた。取扱説明書が無いながらも、試行錯誤の末にここまでたどり着いたらしい。

「死体は死後二日から三日経っていました」

 呼び出す映像データの日時を設定する段になり、薄井は川上にそう告げた。

「了解、助かる」

 こうして薄井と川上は、三日前となる十一月二四日午前〇時の映像から観ていくことにしたのだった。

 さすがに倍速なしだと時間がかかり過ぎるので、十六倍速で再生する。

 画面は十六分割されており、これらのうち五階の共同通路を撮影したものに意識を集中させた。稲村志穂は必ずここを通っている。そして犯人が存在するなら、その姿も確実に映っているはずだ。

 しばらく映像を観ていると、彼女が五〇三号室から出てくるのが分かった。ここで映像を止めて時刻を確認。タイムカウンターは、午前八時〇分七秒と表示されていた。

「服装が違うな」

 薄井は首を傾げた。映像の中の稲村志穂は、黒いコートに中はブルーのタートルネックセーターを着て、下はミニスカートとブーツを履いている。帰宅する前に着替えたのだろうか。

 続いて確認すべきは、彼女の帰宅時刻だ。

 川上が再生速度を三十二倍に変更した。稲村志穂が夜になるまで帰宅しないと踏んだのだろう。画面左上のタイムカウンターが午後十一時台に突入し、あと少しで日付が変わろうかというその時、

「これか」

 川上が映像を止めた。行き過ぎたらしく、数秒だけ巻き戻す。

 映像を再生。少しして、白いジャケットを着た女性がエレベーターホールの方から歩いてくる様子が見えた。そして彼女は、五〇三号室に入っていく。尾行している人物はいない。

 このときのタイムカウンターを確認すると、十一月二四日の午後十一時四七分二三秒。これが稲村志穂の生存を確認できた最後の日時だ。

 再び、映像を少し巻き戻す。次に観るのは、エレベーターの中を撮影した映像である。

 映像の中で、女性がエレベーター内に入ってきた。映像を観る限り、彼女は一人だ。服装は発見時のものと全く同じで、髪型はロングだが、色はライトブラウンだ。顔も間違いない。これで稲村志穂本人だと確定した。

「よし……」

 川上が深呼吸した。ここからが本番だ。映像に映っている稲村志穂の服装が、発見時と同じなので、彼女が殺されたとすれば、着替えを済ませる前に殺害されたことになる。

 ならば、彼女の入室からそれほど時間が経っていない頃に、何者かが部屋の中へ入っていくはず。そして事を終えた後に、玄関から逃走すると考えられる。ベランダから脱出は有り得ない、空へ飛び立てる人間などいないのだから。

 映像は流れ、無言の時が続く。不審な影は現れない。タイムカウンターの日付が変わり、十一月二五日になる。深夜なだけあって、共同通路の人通りはゼロだ。これならなおのこと、部屋を出入りする人物が目立つはずなのに……。

 とうとう、映像は夜明けを迎えた。この日は土曜日だが、外出する用事があるらしい他の部屋の住人は、ちらほらとエレベーターホールへ向かって行く。

「マジかよ……」

 川上は驚きを隠せない様子だ。薄井にしても同じ気持ちだった。目の前で有り得ない事が起ころとしている。焦りからか、彼は再生速度を四十八倍に上げる。タイムカウンターが猛烈な勢いで時を刻み、映像に映る人々は目まぐるしく動く。まるでタイムワープだ。

 だというのに。

 五〇三号室から出てくる人物が、いっこうに現れない。見落としの可能性を川上に尋ねたが、彼は首を横に振る。聞けば彼は優れた動体視力を持っているそうで、四十八倍速までなら難なく見えるという。

 どれだけそうしていただろうか。薄井は思わず声を出していた。

「嘘だろ!?」

 タイムカウンターを見ると、撮影日時が十一月二七日の午前〇時を過ぎていた。つまり、『今日』である。

「あり得ない!」

 川上が叫んだ。彼は録画機器を操作して、十一月二二日の映像を午前〇時から観始めた。稲村志穂が部屋に入る前から、犯人が彼女の部屋に潜んでいた可能性を考えたらしい。しかしそれでも、彼の予想は外れていた。

「どうしました?」

 琴子が薄井に尋ねてきた。塩崎との世間話が終わったらしい。ふと見ると、塩崎は管理室の固定電話を使って、どこかと連絡を取っていた。話の内容からすると、家主に事の次第を報告しているようだ。一応、管理人らしい仕事をしている。

 薄井は琴子に視線を戻し、自分が見たありのままを話した。

 稲村志穂が、十一月二四日の午後十一時四七分ごろに、一人で帰宅していること。

 帰宅時の彼女の服装が、発見時のものと同じであること。

 そして、彼女が帰宅してから本日午前〇時までの間、五〇三号室を、本人以外の人物が出入りしていないこと。

 以上を伝えると、突然、琴子が固まった。かと思えば、足元から痺れが這い上がってきたかのように震え出し、次第にそれは全身へ及んだ。

 初めは体調が急に悪化したように見えていたが、少し違うようだ。

 琴子は顔を真っ赤にして、大きな瞳を潤ませていた。とろけそうな表情で宙を仰ぐ彼女は、呼吸を荒くし、全身がむず痒くなったように身悶えする。

「え、あの……?」

 薄井は目の前で何が起こっているか理解できない。しかし、何故か琴子を見ていると妙にドキドキする。顔の毛細血管が拡がっていくのを感じた。

「はぁ……ん……」

 その瞬間、琴子は艶かしい吐息と共に、その場で崩れ落ちたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る