■マンションの管理人
防犯カメラの映像が観られるのは、一階の管理室のみ。そこにモニターがあるという。鷹野から聞いたところによると、既に捜査員が映像の確認をしているとのことだった。
琴子と一緒にエレベーターで一階まで降りると、エレベーターホールに出たところで大声が聞こえた。
「だぁから! 話は後で聞くから今は集中させてくださいよ!!」
声は管理室の中から漏れている。薄井がドアを開くと、中に居た二人が同時にこちらを見た。
「おお! よぉ~来て下さいましたなぁ」
八〇歳近い老人が薄井に話しかけてきた。顔をしわくちゃにして喜んでいる。
「ちょうどよかった。そこのあんた、その人の相手しててくれ」
モニターの前に座り込んでいる捜査員が、イライラした様子で言った。
「やぁやぁ、おたくさんも刑事さんですかいの? 毎度ご苦労さまですのぉ」
老人が親しげに話しかけてくる。薄井が受け答えしようとすると、
「わしゃ、
相手は尚も喋り続けるのだった。
「わしゃ、親父が軍医でのぉ。世のため人のため、尽くす人らは尊いもんじゃと重々承知しとります。ささ、どうぞどうぞ、茶ぁ出しますよって」
「い、いえ……」
「まぁまぁ、そう言わんと。ゆっくりしていきなされ」
この老人は相当な話好きらしい。しかも自分のペースで喋りまくる。薄井はこのタイプが苦手だった。聞き込みや事情聴取の際、聞いてもいないことを延々と話すので、なかなか要点を絞れないのだ。また、話の腰を折るのも悪いから、途中で質問するタイミングを逃してしまう。警察に悪い印象を持っていない(むしろ昔の人は好印象を持っている人が多い)のは有り難いが、どうにもやりにくい相手だった。モニターを見ていた捜査員が苛ついていたのは、映像を観ている最中に、この調子で話しかけられたからだろう。
「おやまぁ! そっちのお嬢さんも刑事さん? はぁ~、わしの孫とおんなじくらいじゃのに、偉いもんですのぉ」
塩崎が薄井の背後に視線を移していた。琴子の姿が見えたのだろう。
「こんにちは、塩崎さん」
琴子は前に出ると、かがんで老人と目線を合わせた。塩崎は腰が曲がっているので、普通に立って話すと見下ろす形になってしまう。琴子はそれを配慮したのだ。
「私、警視庁の室生とい」
「はい、わしゃ塩崎です」
琴子が言い終わる前に塩崎が台詞を被せてきた。しかし彼女は、笑顔を崩すことなく頷くのだった。
「塩崎さん、お話きかせ」
「はい、はい、何でしょう」
再び台詞が重なる。
「ここの管理人してらっしゃるんですね」
「はい、そうです」
返事のタイミングが合ってきた。
「いつからですか?」
「そうじゃのぅ、五年前に家内を亡くしてのぅ」
「あら、じゃあそれ以来ですか?」
話が脱線しそうなところを、琴子がさりげなく修正した。
「そう、そう。小田さんに頼まれての」
「小田さんは、家主さんですか?」
「はい、そうです。茶飲み友達での」
「家主の小田さんに頼まれて、このマンションの管理人をしてらっしゃるんですね?」
「そうそう! その通り」
琴子と塩崎のやりとりを見て、薄井は気付いた。刑事は結論を急ぐあまり、相手から必要な情報を最低限の時間で聞き出そうとしがちだ。そのためペースが合わない相手から話を聞くと、焦れったく感じてしまう。
しかし琴子は違った。彼女は相手の目線で、相手のペースに合わせて的確な質問を投げかけ、根気よく話を聞いている。遅々として進まないように見えるが、一番確実な方法だ。こういうやり方もあるのだと教えられた気がした。
「いつもこの部屋にいらっしゃるんですか?」
「いんや、時々掃除もしとりますよ」
「毎日ですか?」
「火曜と木曜だけの。他の日は休みじゃから、茶でも飲んで過ごしとります」
「お友達と?」
「はい、はい。もうみーんな、ポックリ逝ってしもたがの」
そこまで言うと、塩崎は快活に笑った。今のは『老人ジョーク』だったらしい。
薄井としては苦笑いするしかないのだが、琴子は相変わらずの笑顔だ。ここは彼女に任せたほうがいいかもしれない。
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