■現場到着2


○スターメゾン中目黒1階 見取図

【https://ioriinorikawa.web.fc2.com/map_1F.html】

○スターメゾン中目黒5階 見取図

【https://ioriinorikawa.web.fc2.com/map_5F.html】



 エレベーターの中で、薄井は鷹野に話しかけられた。

「薄井、今回はただの〈変死〉とは違うからな」

「はい」

 鷹野が言いたいことは解る。

 基本的に、病院以外の場所で死体が発見された場合、または病院でも死亡原因が明確でないときは〈変死〉扱いとなり、警察が捜査に着手する。

 これは刑事訴訟法で定められていることで、警察が死体の死亡原因について事件性の有無を調べる刑事手続を〈検視〉という。薄井は所轄に居た頃から検視を経験してきたが、いずれも事件性のない場合――たとえば病死や自殺がこれに該当する――だった。しかし今回は殺人の可能性があると予め分かっているから、慎重さが必要だと鷹野は言いたかったのだ。

「解ってるだろうが、集中力を切らすなよ」

 遠回しだが「絶対にミスをするなよ」と言っているに等しい。現場での些細な失敗が、後の捜査に支障をきたす可能性があると経験上知っているのだ。薄井もそれが解っているから、返事だけに留めておく。現場での不手際が許されるのは、フィクションの中だけだ。

 エレベーターが五階に到着したことを告げる。外に出て共同通路を進むと、視界が開けた。左手側には部屋のドアが並び、右手側には胸までの高さの通路壁があって、その向こうに建物外の風景が広がっていた。通路から見える風景は、建物の南側にある街並みだ。マンションや戸建てが多い界隈なので、見晴らしはそれほど良くない。

 通路の途中には〈立入禁止〉と書かれた黄色いテープが張られ、その前には制服姿の若い警察官が立っていた。現場保存の任務についているのだ。

「一課の鷹野だ」

 先頭の鷹野が左襟の赤バッジを制服警官に見せながら言う。バッジには〈S1Smpd〉と金色の文字が書かれており、捜査第一課の刑事であることを証明するものだ。

 すると制服警官が挙手敬礼で応えた。黙礼でも充分なのに、律儀な性格の持ち主らしい。

 鷹野が〈立入禁止〉と書かれた黄色いテープをくぐり、薄井も続く。薄井は今朝受け取ったばかりの赤バッジを制服警官に示しながら、自分が一課の捜査員になった実感を噛みしめた。

 開放されたドアから室内へ。わずかに腐敗臭を感じた。今ではもう慣れたが、やはりこの匂いは独特だと思う。他の物に置き換えて説明するのが難しいのだ。

 薄井は両手に白い手袋をはめた。ここから先は素手で触ることが許されない。奥の部屋では既に、鑑識課員が指紋採取を行なっていた。

「ミネさん、どこだー?」

 玄関に入るなり、鷹野が誰かを呼んだ。

「こっちだよー」

 すぐに応答があった。声は、玄関から入ってすぐ左の部屋から聞こえた。鷹野は現場に足跡を残さない為の足カバーを着け、ドアノブの端を慎重に指先でつまむ。付着した指紋を消さないように気を付けているのがわかる。

 薄井も鷹野に続くが、その時にふと、玄関の左脇にあるシューズボックスを見た。今までの経験から、部屋の鍵がシューズボックスの上に置いてあることが多いと知っているからだ。

 思った通り、鍵が一本、無造作に置いてあった。複数の窪みがあるディンプルキー、つまり防犯性の高い鍵だ。キーホルダーの類いは付いていない。スペアキーかとも思ったが、それならこんな場所に置くのは妙だ、などと少し疑問に感じた。

 疑問に思うことは他にもある。シューズボックスの上が、『綺麗すぎる』のだ。人によっては、ここに写真を飾るだろうし、時計や芳香剤を置く人もいる。しかし目の前のシューズボックスには、鍵以外に何も置かれていない。元々置かれていた物が、誰かに持ち去られたような印象を受けた。

 顔を上げると、部屋の中に入っていく鷹野の姿が見えた。置いていかれまいと付いていく。

 部屋に入ると――『いた』。

 若い女性の死体だった。

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