みみんがーのセバスチャン
瀬賀部 普
みみんがーのセバスチャン
ぼくは時々こんな音で目をさます。
【カサ、コソ。カサ、コソ。】
耳を澄ますとピタリと音は止む。
『なんだろう。ゴキブリでもいるのかな。いやだなぁ。』
いつもは眠気に勝てず、そのまま眠りについてしまうのだ。
ある満月の夜、トイレに行きたくなり布団を出ようとした。
すると小さな目玉のようなものが月明かりに照らされキラリと光った。
『なにかいる!』
目を凝らして見回したが何もいない。
何かの見間違いだろうと思い、トイレに急いだ。
布団に戻り眠りにつこうとしたが、いつもと違ってさっき見た輝きが思い浮かんでなかなか寝付けずにいた。
『きれいな瞳の輝き?なんだろう・・・まさかネズミか?おいおい勘弁してくれよ。そんなのたまったもんじゃないぞ!』
飛び起きて部屋の明かりをつけて探してやろうかと思ったが、逃げ回られてもやっかいなので、そのままじっとして出てきたところを捕まえてやろうと布団の中でさっき光ったあたりを覗いていた。
【カサ、コソ。カサ、コソ。】
いつもの音だ!声を出さないように気をつけて、目を凝らした。
エメラルド色のきれいな目がこっちを見ている。
ネズミよりも少し大きく、薄い茶色の毛と長い尻尾。
顔に対して耳と目が大きい。
モモンガに似た姿だ。
でも、なんでこんなところモモンガがいるんだ?ここはマンションの11階。一応ペット禁止だし、近所には街路樹がまばらにあるくらいで、動物が暮らせそうな場所なんてない。普段から窓は開けないし、動物が入り込める隙間などはないのだ。どうしよう。捕まえてもどうすればいいんだ?飼うことになっても何を食べるんだ?手元にあったスマホで調べてみようとした。
するとエメラルド色の目がキラキラと輝き出した。
「やぁ、ついに見つかっちゃったねぇ。」
小さな子どものような声でそいつが喋りだしたのだ。
「何だ!おまえ喋るのかっ!」
「そりゃそうさ。みみんがーだもの。」
ますます訳が分からない。そうか寝る前に飲んだ酒のせいでメチャクチャな夢を見ているに違いないと適当な理由を思い浮かべて落ち着こうとした。
「夢なんかじゃないよぉ。」
はっきり聞こえた。
「えーマジか。ぼくはきっとどうにかなっちゃったんだ。」
「ははは、大丈夫だよぉ。でもねボクもヒトと話すのは初めてなんだぁ。」
カサコソと歩いてそいつが姿を現した。
まさしくモモンガだ。ただ目がエメラルド色をしている。
「なんでお前がウチにいるんだ?」
「お前とは失礼ですねぇ。ボクにはセバスチャンという名前があります。」
「じゃあセバスチャン。キミはどうしてぼくの家にいるんだい?」
セバスチャンはニヤリと笑って話しだした。
「キミの耳の中に住んでいるからですよ。ヨシオくん。」
「え・・・なんでぼくの名前を知っているんだい?」
さらにニヤニヤしながら
「だからキミの耳の中に住んでいるからだってばぁ。」
エメラルド色の目が嬉しそうに輝き出した。
小さいとはいえ、どう考えても耳の穴に入るような大きさではない。
「いくらなんでもモモンガが耳の中に入れる訳がないじゃないか。」
「モモンガじゃないよぉ。みみんがーだってばぁ。」
「じゃあ、そもそもみみんがーって何だよ。」
「みみんがーはね、ヒトの耳がよく聞こえるように掃除するために創られたんだよぉ。それでみんなの耳の中にはボクの仲間たちが住んでたんだけど、ね・・・。」
「だけど?」
「今は信じられないくらい大きな音とかね、汚れた空気や病気なんかで住みにくくなっちゃってるんだぁ。でもさヨシオくんの耳は気持ちいいよ。一生懸命掃除しているからねぇ。」
「へぇ・・・ぜんぜん気づかなかったなぁ。でもさ、いつごろから掃除してくれてたんだい?」
「ヨシオくんが生まれてからずっとだよぉ。キミのお父さんやお母さんや弟のタケシくんもボクが掃除してたのさ。」
「そしたら前の家にはもうみみんがーはいないんだ。」
「うううん。ボクたちは一生に一回だけ分身を作ることができるんだよぉ。ヨシオくんが引っ越しするときにボクの分身を作ったの。その子はアルフォンスっていう名前なんだけど、いきなり三人だから忙しいじゃないかってぶつぶついってたよ。」
「ぼくの耳に引っ越したってわけか。」
「ヨシオくんのはおいしいんだもん。アルフォンスにお願いして代わってもらったんだぁ。」
なんとみみんがーはヒトの耳垢をエサにしているのだ。
水も飲まず耳垢のみで生きているという。
時々外に出てくるのは耳の中では運動不足になるためらしい。
彼らはヒトの家族が分かれるときに分身を作り、掃除するものがいなくならないようにしているのだ。
悲しいことだが耳に住めなくなったみみんがーは、引越し先が見つからなければモモンガのフリをして暮らさなければならないそうだ。耳垢を食べないみみんがーの目はエメラルド色の輝きを失い、黒い目になり元には戻らないという。
「一番不思議に思うんだけどさ、どうやって耳の中に入るんだい?」
ときくとセバスチャンはエメラルド色の目をいっそう輝かせて
「耳に入るときはね、体をちいさくするの。しゅーっとね。」
「しゅーっと?」
「うん。見せてあげてもいいよ。でもね、ちいさくなるとすぐにはもとに戻せないんだぁ。」
「ねぇセバスチャン、明日の夜にまたお話できるかな。キミの話はすごく面白い。」
「いいよ。いろいろ教えてあげるね。今日はおなかもすいたし、ねむくなっちゃった。」
「じゃあ明日楽しみにしてるね。」
「ばいばい。」
そういうと体はみるみる小さくなり、エメラルド色の光の粒になって顔のそばで消えた。
【カサ、コソ。カサ、コソ。】
いつもの音が耳の中でなった。
そのとき思い出した。
子供の頃夜中に目の前をエメラルド色の光の粒が過ぎ去るのを。
みみんがーのセバスチャン 瀬賀部 普 @shinsegawa
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