4.面倒事

「――待たれよ、その話どこかで聞いたことがありまするぞ」

 風平が首を傾げた。「であろうな」と酒麻呂は頷く。

「追いかけられた使用人というのが、先の良知殿のことだからな。屋敷中この話でもちきりよ」

「ということは、もしや、そのやんごとない殿方の孫というのは、我々の仕えている――」

「おうよ、あの「すさまじきもの」じゃ。奴め、それはそれは怯えているらしいぞ」

「事によるとそのうち酒麻呂殿に嫌な雑用が回って来そうですね」

「おい、ぬしもじゃ。俺だけにさせようとするな」

「では、今から行ってみますか」

「は?」

「手間が省けます。ちょうど良い月ではありませぬか」

 なるほど今宵は満月ではあるが。酒麻呂は返事に窮した。つまりは、菊の姫君の屋敷に、肝試しに行こうというのである。

「恐ろしいですか」

「いや、そういうわけではないが」

 常軌を逸している。

「しかし、間違いなく色恋沙汰よりもおもしろい見物ができますよ」

「む」

「酒麻呂殿の酒もさぞすすみましょう。飲み明かすなら、お供しましょうぞ。それに――」

 と、笑うので、そのまま酒麻呂は言葉を奪った。

「それに、何より、おもしろい詩が浮ぶかもしれない、と、そう申すのだな?」

「さすが酒麻呂殿」

「……結局自分のことではないか」

 と、言いながらも酒麻呂はすでに腰を上げている。盃と瓶子へいしを持ち上げた。

「行く気になりましたか」

「いずれ俺に仕事が回ってくるなら、今晩ぬしを連れてさっさと事を片付けたほうがまだましだ」

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