【小説】『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』を読みました。百合SFなんですけどもっとこうジェンダー的なものもあった
2021年1月30日
二年ほど前に早川書房のSFマガジンで百合ジャンルの特集がありました。そして現在、SFマガジンでは再びの百合特集が組まれました。SF界隈の百合推しはまだまだ続きそうですね。
前回、二年前の百合特集で収録された短編小説に、新規書き下ろしされた作品も加えた作品集『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』が後に刊行され、その収録作品の一つが去年長編化しました。今回は二度目の百合企画のノリに乗っかる感覚で長編化された作品を読みました。タイトルは『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』。
書籍情報
著者:小川 一水
『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』
早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2020/3/18
あらすじ(Amazonより転載)
人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星では、都市型宇宙船に住む周囲者たちが、大気を泳ぐ昏魚を捕えて暮らしていた。男女の夫婦者が漁をすると定められた社会で振られてばかりだった漁師のテラは、謎の家出少女ダイオードと出逢い、異例の女性ペアで強力な礎柱船に乗り組む。体格も性格も正反対のふたりは、誰も予想しなかった漁獲をあげることに―日本SF大賞『天冥の標』作者が贈る、新たな宇宙の物語!
百合SF作品集『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』に収録された短編を長編化した『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』ですが、その短編版に前後のエピソードを追加して加筆修正したというものではなく、むしろほぼほぼ書き直しレベルで変わっているくらい。実質のリメイクです。
もちろんベースとなっているのは短編版の内容なのですが、世界観やSF考証などはより補完されており、ストーリーとしても短編版以上に大きな広がりを見せています。人物の描写もより攻めたやり取りとなっている具合。
そのため書籍内では「本書は、書き下ろし作品です。」と記載されています。最初は「書き下ろしに分類されるんだー」と思いましたが、実際に読んでみると「これは書き下ろしですな」という感想が出ました。それくらいの変わりよう。別物と言ってしまうほど様変わりしているわけではありませんが、充分別作品になっているような気がしました。そのため短編版をすでに読まれている方でも新鮮な気分で読み進められる内容になっています。
内容としては百合要素を加えつつも基本は宇宙もの。巨大ガス惑星(木星みたいなもの)にて軌道を周回している船で暮らす人たちは、巨大ガス惑星に生息する魚型の生命体を捕って生活している、という話です。
お話としては遠未来なのですが、このような小規模の集団(といっても何十万人規模。作中の全人類に対して小規模)であることもあり、割と村社会的な構造になっているのが一つのポイント。一周まわって古い価値観に行きついた、といった感じです。
たまにSF作品とかで科学技術が発展した未来を描いているのに社会構造や人々の価値観が現代的で世界観がちぐはぐになっているものが見受けられますが、この作品に関してはそのあたりのこともしっかりフォローしているといったところ。
むしろこういった村社会的な古い価値観からのアンチを、百合描写の補強に繋げているのです。今でこそネットでも現実の生活でもジェンダーについての意識が高まっていますが、そういう意味であれば現実で暮らす我々にテーマを投げかけているかのようで、ある種のフェミニストSFのような面もある作品だったような気がします。
フェミニストSFというと言葉通りサイエンス・フィクションで女性などのジェンダーの観点を取り扱ったサブジャンルになります(詳しくはWikipediaをご覧ください)。海外作品であれば『侍女の物語』(著:マーガレット・アトウッド)などが代表的ですし、国内作品であれば芥川賞作家による近未来SF『消滅世界』(著:村田沙耶香)や、最近だと去年に出版された『ピュア』(著:小野美由紀)もフェミニストSFに該当するそうです。
『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』は別にフェミニストSFとして売り出されている作品ではありませんが、作中においての百合描写の根拠の部分にフェミニストSFのようなアプローチが見受けられると感じました。村社会的な環境において男女の組み合わせが当たり前だとされている中で女性同士のペアで活動する。遠未来において一周まわって古い価値観に行きついた村社会に対するある種のフェミニストSF、といった見方もできる作品だとも思いました。
そのため、エンターテインメントとしてのSF&百合を楽しむことができると同時に、批判的文学的なテーマ性も併せ持っている作品でもあり、小説という媒体であることを踏まえると多くの要素によって読み応えのある内容になっているような気がしました。
という感じで、昨今流行り(?)の百合SFから、『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』についての感想でした。
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