第30話

「ごめんね」


 透子が布団の中で謝った。うとうとしかけていた明は少し瞼を開けて、え? と聞き直した。


「ごめんね、ありがとう」

「どっちだよ」


 笑いながら明は上体を起こした。


「どっちも。怒ってたのに、協力してくれたから」

「いいよ」

「……あの人の妹さんは、どうなるのかしら」


 明はそれには答えず目をこすっていたが、唐突に「藤木のこと好きだったのか?」と質問してきた。


 戸惑った。好きかそうでないか、と聞かれれば――好きだった。会えるのが楽しみだった。会えない時寂しかった。初めて自分を認めてくれて、笑顔をくれて、褒めてくれたのが嬉しかった。


 けれど――ただ自分だけに向けられる賛辞を聞きたかっただけなのかもしれない、とも思う。


 だから血の匂いを嗅いだ時、一連の事件の犯人かもしれないというショックとともに、妙に納得してしまった自分もいた。


 どういう理由かは知らないが、自分も狙われているのだろう。だからあんなに自分に気持ち良く接してくれたのだ。だって透子は、人に褒めてもらえるようなこと何もないから。


 私は良く言って貰えるようなこと、まだ何もしていないから。


『何が嘘で、何が本当か、貴女にならわかるはずだ』

――そうだ。あの人の言うこと、嘘ばかりではなかった。今でもそう感じている。だから騙されたのだけど。


『前を向けば、一歩進める』

――その通りだ。勇気を出して、前を向けば。


「明」透子は意を決して顔を上げた。「私、学校に行ってみたい」


 明がぽかんとした。


「盲学校っていう、目の見えない人が行く学校があるんだって」


「外に……出るの?」


「この前明に、便利だから私の傍にいるのかってひどいこと言ったじゃない? あれ、自分のことなの。私が明を利用しているのよね。明に変装してお父様に優しくして貰って。勉強も明が教えてくれるし、人と喋る時は橋渡ししてくれる。いつも悪いなぁって思ってた。でも居心地がよくて黙ってたの」


「僕はそれでもいいんだ」


「ううん、ダメなの。明には明の人生があって、邪魔ばかりしてちゃダメだって今更気づいたの。私は自分の言葉でちゃんと喋って、前に進まないといけないんだって。目が見えないなら見えないなりにできることを、学校に行って学びたいの」


 明はしばらく目をしばたいていたが、やがて納得したかのように頷いた。


「……わかった。じゃあ、明日お父様が出張から帰ってきたら話してみる」

「ほら、それ。明も私の代弁が癖になっちゃってる」

「あ、そうか」


 二人は同時に吹きだした。


「私がお願いしに行く。私の気持ち、聞いてもらえるように頑張る」

「うん」


 明がいつもの優しい笑顔で透子を抱き寄せた。


 まずは一歩踏み出そう。そうすれば、明と少しでも対等になれるはずだ。


 色んなことがあって疲れているはずなのに、明日からのことを思い、妙に気持ちが華やいで、なかなか寝付けなかった。

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