第28話
「透子……様……」
糸谷刑事に付き添われ、ゆっくりと部屋の中に入ってきた透子の顔は青白く、表情からは悲しいのか、怒っているのかわからないほど何も表していなかった。
明が歩み寄り、透子の手をとった。透子の瞳が藤木の姿をとらえる。
藤木も透子を見つめていた。
「血の……」しばらくの沈黙のあと、透子がようやく口を開いた。「昼間、お会いしたときに、貴方から血の匂いがしました」
藤木が目を見開く。
「糸谷刑事がつい先ほど起きた殺人の詳細を知らされていないと仰っていたのに、謹慎中の貴方が心臓をくり抜かれたことを知っていた。あの後糸谷刑事に確認しましたが、遺体の状態は警察に運ばれたばかりでまだよくわからないとの返答でした。夜、福田警部がいらしてようやくどのように殺されたか説明を受けたんです」
「あのときから、私が怪しいと思っていたんですね」
「俄かには信じられず……お話している間中、ずっとそんなはずはないと、打ち消そうとしました。けれど握られた手からは――血の匂いが、こびりついていました」
「素晴らしい嗅覚だ」
透子はそれには答えず、室内に視線を彷徨わせる。
「ここで、三人の令嬢を殺したのですね。大量の血液の匂いが……します」
「はい、皆ここで手術をしました」
その言葉に顔を歪ませ、透子は噴き出しそうになる感情を押さえ込んだ。この部屋のドアが開いたときから、消毒液とむせ返る血の匂いでずっと吐き気を催している。
「それで……あの後私が帰ってすぐ明様に相談されて、入れ替わったということですか。……では、すべて聞いていらしたんですね」
「ええ。……家を出たところから、ずっと警部と後をつけていたので」
「そうか……」何もかも観念したのか、藤木は微笑を浮かべた。「やはり貴女は聡明な方だ」
「確かにな。お前の目論見通りにはいかなかった。我々に説明してくださったときも冷静な態度だったよ」福田は透子に温かい眼差しを送ったあと、藤木に向き直った。「孤児院も嘘なんだろう。透子様に聞いて調べてみたが、ここから徒歩一時間圏内で孤児院はなかった」
「ええ、あれは透子様の気を引くネタでした」
「子どもたちは?」
「前日に、そこら辺で遊んでいた子どもたちにお小遣いをやって演じて貰ったんですよ」
ふぅ、と福田がため息を吐いた。「――細かい設定だな。お前がモテる理由がわかったよ」
「ありがとうございます」
口元の微笑は相変わらずで、穏やかだった。福田に連れられて、ドアに向かう。
「――本当に、心臓を移植できると思ってたのか?」
通り過ぎる瞬間、明が問うた。藤木の足が止まる。
「無事に心臓を取り出せば、妹の体だって切り刻まれる予定だったんだろ。それで失敗すれば死ぬ。その危険性は考えなかったのか」
「放っておいてもあの子は死ぬ」藤木は低い声で言った。淡々とした口調だった。
「少しの可能性でも賭けてみたいと思う気持ちは、肉親なら誰でもあるはずだ」
ゆっくりと振り返り、藤木は明を真っ直ぐに見た。
「血の繋がった身内がどんなに大切か……貴方にならわかるでしょう?」
そしてまた背を向け、歩き出した。
「――――貴方は」部屋を出て行く寸前、それまで黙っていた透子が口を開いた。
「……狂っているの?」
聞き取れないほどの小さな声だったはずなのに、藤木はまた足を止めた。だが、今度は振り返らなかった。
「――何が嘘で何が本当か、貴女にならわかるはずだ。……透子さん」
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