第23話

第23話

ドアを開けてすぐの階段を降りていく。埃っぽく、カビ臭い。手を当てた壁はざらざらしていて、何かがポロポロと剥がれ落ちた。


「――よう来たね。待っておったよ」


 ドアを開けて地下室に入るとともに、聞き覚えのある老人の声が飛んできた。田之上医師だ。


「さ、どうぞ」


 藤木が透子の背中に手をあて、前に促した。


「ベッドがあるのがわかるね? ――そう、そこだ。服を脱いで、横になって」

 消毒液の強い匂いが鼻を打つ。それと――。


 透子は動かなかった。


「透子さん? どうされました?」

「――やっぱり……ごめんなさい、やめます」


「え……?」

「いいんです、見えなくても」

「どうしてです? 決心してくれんじゃないんですか?」

「考えが変わりました」

「そんな……、先ほどの私との約束はお忘れですか? また私と会って頂けると……」


「さようなら」


 くるりと後ろを向いて出口に向かおうとする透子を、藤木は慌てて追う。


「どうなさったんですか、いきなり……」

「嘘ですよね」透子は背を向けたまま言った。「私を好きだなんて嘘を、何故つくの?」

「嘘なんかじゃ……」

「何故服を脱ぐ必要があるのです? 目をお調べになるのでしょう」


「体も調べてみんといかんのだ」

 田之上が言うのにも耳を貸さず、「いいえ」と即座に否定した。


「私は目が見えない分、言葉が嘘か真実か、わかるんです。今日貴方が仰ったことは、嘘ばかりだわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る