第18話

第18話

翌日から藤木は姿を見せなかった。知らない男性が来て今日から自分も警備に加わります、と言ったが、名前も覚えられなかった。


 もう来ないのだ。


 わかっていたはずなのに、やはり落胆した。わかっているはずなのに、どこかにいる気がして気配を探してしまう。


 あれから明とも口をきいていない。食堂にいるときなど気配は感じるが、お互いに話しかけることはない。こんなことは生まれて初めてだった。常に傍にいて、触れていることが当たり前だったのに。何も言わなくても考えが分かり合えると――でも、勘違いだった。何もわかっていなかった。明があんな風に考えるなんて。


『透子と結婚でもすれば、爵位が上がるとでも考えているのか』


 藤木さんはそんなこと、考える人じゃない。


私と結婚したいのなら、父に言えばいい。子を産めぬ娘に利用価値などないと思っている父は、喜んで差し出すはずだ。結婚に私の意思など関係ないのだから。


何故明があんなに怒るのかがわからない。確かに勝手に外出したのは悪かったが、そこまで激昂することだろうか? 


明が怖かった。自分が知っている明はいつもニコニコしていて、いたずらを考えては「一緒にしよう」と楽しそうに実践する子だ。家の中で透子が寂しい思いをしないよう、何をするのも、「一緒に」と言ってくれる。優しい眼差しで寄り添ってくれる。けれど――。


あの日の冷たい目が蘇る。ずっと信じていた双子の片割れの、知らない一面を見たショックから立ち直れない。自分が失言したせいだとわかっているが、これ以上、知らない表情を見るのが怖いのだ――。


そんなことを相談できる人もいなくて自分の中に閉じこもっている。ここ数日、ずっとこんな調子だ。


『透子さんが家の中にいても孤独な……』

『同じ年頃の娘さんたちは女学校に行ったり、お友達と遊んだり、…』


 藤木の言葉が頭を巡る。明と話さなくなった今、前よりずっと孤独だ……。


 最後に藤木に会った日のことを思い返す。手をひかれ、長い道のりを歩いたこと。子どもたちに囲まれて遊んだこと。初めての経験なのにちっとも怖くなかった。明といるときの安心感とはまた違う、安心だけれどくすぐったいような、恥ずかしいような、心が弾むような気持ちを……もう一度、感じたい。


 会いたい。


 そう思った瞬間、涙が溢れた。これが恋なのか、わからない。けれどもう一度会えればわかる気がする。


「――お嬢さん!」


 荒い足音。はっとして振り返った。

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