第9話
第9話
「捜査は進展していないみたいだね」
朝、着替えを手伝っていた女中たちを下がらせ、明が透子の手に触れてきた。そうみたいね、と透子は急に明るくなった視界に目をぱちぱちさせた。
「知ってるんだ。刑事さんにでも聞いたの?」
「うん」
昨日の藤木の声を、また思い出す。
笑っていた方が素敵ですよ――あんなこと、言われたのは初めてだ。
「へぇ、今日は小粋だね」
いつもと違う透子の着物に、明は目を見開いた。
「あ……一(かず)栄(え)ちゃんのお下がりなんだけど」
浅紫色の露芝をあしらった小振袖と、若葉色の帯。一三歳の少女にしては地味だが、普段の暗めの無地色ばかり見ている明は「珍しいね、柄物着るなんて。いつもなら江戸小紋がやっとなのに」と驚いている。
先日従妹から貰ったお下がりの中から、自分でも挑戦できそうな柄の着物を引っ張り出した。流行の銘仙や洋服は、さすがに勇気が出なかったけれど。
何故そんな気になったのか、自分でもわからない。けれど嫌な心変わりではなかった。
「捜査の状況、お父様に聞いたの?」
話題を戻すと明は頷いた。警視庁の上層部に父の友人がいるらしい。
「手がかりはひとつだけ。二人目の被害者である森川子爵令嬢は、殺される寸前かなり抵抗したらしく、爪に犯人と思われる血痕付きの皮膚がついていた」
「どこかを引っ掻いたのね」
「そうらしい。でも一人一人裸を見せろってわけにもいかないし、もう一週間以上たっちゃってるしね。地道に二人の令嬢の交友関係を調べている状況なんだって」
事件は簡単に終わりそうにない。その事実に少し安堵している自分が不思議だった。ほんの一週間前は他人が入り込んだ生活が疎ましかったのに。
「坊ちゃま、お車が参りましたよ」
呼ばれて、門のところまで一緒に歩く。この時間が、いつも離れがたい。明といる安心感が、もうすぐ消えてしまうから。
指が名残惜しげに絡まり、そして離れた。
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