第8話

第8話

「――こんにちは」


庭園でぼんやり立っていると、後ろから声をかけられた。


「あ、藤木です」

 目が見えないことを気遣ってくれたのか、とってつけたように名乗られた。こんにちは、と小声で返す。


「今、吉村と交代しました。今のところ変わった様子はなさそうです」


 初めは周囲に刑事がいるという環境に違和感を感じていた透子も、一週間もすると徐々に慣れてきた。


「今日は家庭教師の方は来られたのですか」

「はい、昨日から来てくれています」

「それはよかった」


こちらから車を出して送り迎えするという条件で、ようやく来てくれた。


 退屈で仕方なかったので助かった。何も見えない状態で、何もせず一日をぼんやり過ごすというのはとても苦痛だ。


「授業は午前中で?」

「はい、いつもそうです」


 もっと色々学びたいのだけど。本当は、明が習っているようなことを。

「ご不満そうな顔つきですね」


 図星をさされた。が、慌ててそんなことはない、と否定する。


「こうやって教師を呼んで勉強させてくれるだけで、ありがたいことなんです」

「しかし物足りないなら伯爵に教師を増やして頂くとか……」

「いえ、いいんです。それより、捜査は進んでいますか?」


 話題を変えると、藤木は「なかなか」とため息を吐いた。


「手がかりがあまりなくて」

「誘拐されて殺されたのですか?」

「いえ、どうもそういう痕跡がなく、夜中にご本人が抜け出したようなんです。家出かもしれませんね」

「駆け落ちとか? 恋人はいらっしゃらなかったのですか?」

「いたようないないような。どちらも噂の域を出ないんです」

「へぇ……噂でも男性の影があるのですね」

「でもそれが誰かわからない。今捜査中ですが」

「二人ともわからないなんて不自然ですね。バレないように細心の注意を払っていたということかしら」

「人に言えない恋愛……不倫とか?」

「それともその恋人が犯人なら、殺すのが目的だからはじめから素性を明かさなかったか」

「そうですね。――いや、駄目ですよ根掘り葉掘り聞いちゃ」


 はっと我に返り、藤木が慌てる。その声がおかしくて透子は思わず吹きだした。


「全く……、好奇心の強いお嬢様ですね。普通はこんな話題嫌がるものですよ」

 藤木も笑いだす。


「よくお話しになるわと思っていました」

「ほとんど喋ってしまいましたよ。誘導がお上手だ」


 ふっと、沈黙が流れた。小首をかしげると、「ようやく笑いましたね」と優しげな声が降ってきた。


「笑っていた方が、素敵ですよ」

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