ルール説明編03

前回までのThisGame


1、2位を目指せ!

トレード自由!

ダイヤが消えた!




「バグかしら?」


ゴキブリは幼い顔立ちをしているが、僕たちよりかなり長い時間を生きているのか、おちついた品性を感じる。しかし、その突拍子のない行動と魔法少女まどかマギカを彷彿とさせるピンクを基調とした衣装がロリコンを殺しにかかっている。


「おそらく、カナが全部使ったんだろう」


ゴキブリが驚いた表情を浮かべ、僕の推理を否定する。


「この短時間で? 密室に閉じ込められて、最初にゲームを始めるなんて、考えづらいけど」


「アイツは常識外だと思ってほしい。まあ、僕も人のこと言えないけど」


他の参加者は突然の事態にあたふたしているだろう。だからこそ、今のうちに動くことが勝利につながるのだ。


「とりあえず部屋に戻ろう」


「いえ、こんな時だからこそ冷静に立ち回りたい。まだ聞きたいことがいくつかある」


「どういうこと? 早く戻らないと、どうなっても知らないよ!」


「僕らと同じチームになった時点で、多少のイレギュラーには目をつむってもらいたい。じゃないとストレスで死ぬことになる。逆に言えば、僕らをうまく扱うことができればとてもあなたの役に立つだろう」


「そうね。ノボルがクレイジーだということもよおくわかったわ」


ハリウッド映画ばりに大きく肩をすくめるゴキブリ。


「なので、僕が聞きたいのは、あなたがどうしたいか。僕たちに協力してくれるのか、そういうことを話しておきたい」


僕は冷静に先ほど座っていた椅子に着席する。再び、ゴキブリと対面した状態で席に着く。僕のコーヒーが入ったジョッキは空になっており、ゴキブリのウーロン茶のみが残されている。


「カナはおそらく1番を目指すと言う。そして、相手が用意した罠に次々引っかかっていくだろう。そのうえで、ノボルくん絶対勝ちたいの、お願いなどと言ってくる。はっきり言って面倒だけれど、僕の人生はそういうふうにできている。僕はカナのことが好きだし、彼女の要望を実現できる能力があると自負している」


「綺麗だからねカナ。神の世界でも彼女より美しい者はいないと思う。ThisGameでも人気が出ると思う」


「なあ、僕たちのことはどこまで知っている? 剣の神が僕たちのことを映像化したらしいけど、それは見たのか?」


「もちろん見たわ。神の世界では無名だけど、ThisGameで爆上げするかもしれないね」


 思わず頭を抱える。僕もカナと出会ったときはあまりの美しさに舞い上がって、いろいろ無茶をしたからなぁ。


「あ、そういえば、コーヒーを禁止されてたんだっけ。カナに」


「そうなんですよ! かれこれ2年ぶり……。でも、この世界では何があっても死ぬことはないからセーフですね!」


「なんで急に敬語だし」


それからしばらく、僕が放った名台詞や名シーンについてゴキブリが語った。ほんの数年前の出来事だが、他人から聞くとこっぱずかしいことばかりだった。僕はカナにメロメロだったし、カナも映画のヒロイン並にノリノリだった。


「僕たちのことを知っているなら話は早い。僕はカナのために生き、カナのために死んでいく。カナの幸せの邪魔になるようなら、ゴキブリに対しても容赦はしない」


僕がそう言うと、ゴキブリは静かに笑った。


「さっきも言ったように、私は1位でも8位でも変わらない。でも、私は私なりに楽しみたいことがあるの。だから、あなたたちが1位を目指している間は仲良くできると思う。もし、そうでないなら、私もそれなりの手を打たせてもらう」


「ゴキブリの楽しみたいことって?」


ゴキブリは長い時間、言うべきかどうか悩んでいた。この時点でろくでもないことを言い出すことは予想がついたが、思った以上にろくでもないことだった。


「私は破滅を求めている。想像を絶するような嫌なこと、苦しいこと、悲しいこと。それを味わうために生きている。もし、私がノボルなら、カナがレイプされた挙句殺されることに快感を得るでしょうね」


ゴキブリはいままで浮かべていた可愛らしい表情から一変し、ゲスい笑みに代わる。


「私は以前、幸運の神として皆から崇められていた。それが今やゴキブリよ。くっくっく……。愉快だわ。ThisGameもおそらく、市川が1位になるでしょう。だから、私は 全力で踏み台になるの。市川以外の参加者がふがいなかったら、ThisGameは盛り上がらないでしょう?」


僕は苦笑する。彼女は挫折感を味わうために本気でゲームをプレイしようというのだ。頭がおかしいとしか思えない。そして、彼女はカナと出会うまでの僕と似ているように思えた。カナが僕を救ったように、僕はゴキブリを救ってあげたいと思った。


「市川っていう人はそんなに強いのか?」


「強いわ。強すぎる。とはいえ、彼に勝てる人は一定数いるでしょうね。ノボルがそうかはちょっとわからないけど」


「よくわからないな」


「彼はエンターティナーなのよ。絶対に勝てないというところから、じわりじわりとにじりより、最後には逆転してしまうの。ただ勝つだけではなく、相手の心をへし折り、絶対にかなわないと思わせるような、そんな人よ」


彼女は艶やかな表情で言った。きっと彼女は市川のファンなんだろう。もしくは、市川の手によって美しく敗北したい。そんなことを思っているのかもしれない。


「勝つための相談をしたい。少なくとも僕たちは本当に市川を倒すつもりでやる」


「いいわ。私も本気でやる。私たちが勝ってしまったら、単なる買い被りだったということだから。それはそれで、失望の対象ではあるから」


破滅界もなかなか難しいな。どちらにせよ期待は裏切られるということか。


「この手のゲームに必勝法なんてあるのかな」


いくらゲームに詳しい人でも、ほかに7組のチームがあるし、全員に対して勝つのはかなり運が絡んでくるように思う。


「さっきも言ったけど、モニコンを操作できないように自分の部屋に監禁するのが一番かしら。あとは他人の部屋に入って、有用なアイテムを自分のモニターに送るとか……」


当然ながら、自分の部屋に戻ることができなければモニター内のキャラを育成することができない。そして、各部屋を出るためにはリストバンドが必要である。つまり、各部屋に監禁されると脱出が難しいということだ。


「そういう暴力に頼る展開になると厳しいな。自衛の道具でも買っておいた方がいいかもしれない」


「基本的には必要ないと思う。談話室で暴力を振るったやつは、談話室に常駐している神に制裁されることになるから。リスクは他人の部屋に入ったり、自分の部屋に他人を入れることね」


「なるほど。あとは、リストバンドを奪うという方法もあるか。談話室にいる状態でリストバンドを盗まれたら永久に部屋に入れない」


序盤の警戒が薄い段階なら奪うことも可能かもしれない。頭の悪そうな参加者がくればチャレンジする価値はある。


「あとは武器ガチャとスキルガチャというものがある。どちらもランダムで強力なアイテムを手に入れられるんだけど、同じものが出たり、チーム事情にそぐわないものが出たりするわ。それをダイヤや別のアイテムとトレードするのも大事なことのように思う」


僕はあまりゲームに詳しくないが、現在のゲームでは主流の強化方法らしい。ここで強力なアイテムを取ることができれば、他チームと一気に差をつけることができる。また、チームが強ければ強いほどクエストでよいアイテムを取れるため、序盤のガチャ引きは悪くない一手なんだとか。


「トレードするには信頼関係を築く必要があるか。逆に言えば、市川チームを全員でハブれば、市川チームにとってかなり非効率な強化方法になるわけだ」


「市川を脅威と思ってるのは他のチームも同じだと思うから、結託は可能かもしれない」


いきなりマークするのもよくない気がするが、市川以外の情報はない。とはいえ、強い人から潰していくのも実力をごまかしている、真の実力者に足をすくわれる。


「出る杭は打たれる。最初の方に強くなりすぎると他チームにマークされるかもしれないな」


「そうね。だけど、毎日順位によってダイヤがもらえる。1位が400ダイヤで8位が120ダイヤ。その差は3倍以上よ」


400、330、270、220、180、150、130、120と、上位になればなるほど差が開くようになっていて、一年もすれば馬鹿にならない差になっている。さらに、もらったダイヤで強化ができるので差は広がる一方である。


「なるほど。これは多少無理してでも、上位を狙っていきたい」


「そうね。だから、カナがダイヤを無駄遣いしていたとしたら、致命的になるかもしれないし、市川チームのハンデはかなり大きいと思う」


市川チームは初期ダイヤ0というハンデを課せられている。これは序盤のダイヤ習得量に大きな差が出るだろう。


さて、ゲームの情報はそこそこ集まっただろう。あとはこれをカナに託すだけだ。僕たちは席から立ち、食器を片付ける。僕はゴキブリという人物がよくわかったし、有意義な時間だったと思う。


「よし。そろそろ戻ろう。他のプレイヤーもここに来るかもしれない」


和やかな雰囲気で僕とゴキブリは歩く。僕の人生ではあまりいなかった、対等な立場の人間、いや元神である。


「1万ダイヤ何に使ったか楽しみだね」


「きっと、ろくでもないものさ」


軽口をたたきながら緑の扉をするりと抜けると、2メートルほど先にカナがいた。彼女は服を着ておらず、髪をバスタオルで拭いていた。


僕もゴキブリも、彼女の美しさに見とれてしまった。


つづく


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