ルール説明編02
前回までのThisGame
気づいたら謎の部屋にいたノボルとカナ。
そこにいた女の子にゴキブリと名付けた。
カナに説明を聞かれないために談話室へ移動する。
ゴキブリ指導のもとホテル部屋から談話室に移動する。その際に緑色のリストバンドを着用する。リストバンドは布ともゴムとも言えない微妙な材質だった。肌触りは大変良い。
「これはカギの代わりね。このリストバンドをつけていると、ドアをすり抜けられる」
そういってゴキブリは壁に手を伸ばすとファンタジーのように手だけがすり抜けた。
「逆に言うと、ほかのチームを部屋に入れるのは結構骨が折れる。リストバンドを渡さないといけないからね」
なにやら大掛かりな舞台にあげられたのは理解できる。そして、こういった異常事態は最近頻発していて、もう慣れっこになった自分に嫌気がさす。
ゴキブリは元神らしいが、僕は現行の神にもあったことあるし、カナは異世界人である。あとはビルを自分の手で消し去ったこともあるし、多少はね?
僕がリストバンドをつけて扉をすり抜ける。その際、カナが談話室に出てこられないようにリストバンドを2個とも腕につける。
僕の現在の格好は白いTシャツに水着みたいなやや大きめの下着を履いているだけだ。東京の街だったら職務質問されるかもしれない。なので、本当はリストバンドは1つかくして持ちたいのだが、隠す場所もない。ゴキブリに預かってと頼んだら強めに拒否された。
扉を抜けるとそこは大森林だった。
いや、よく見ると壁に描かれている絵である。円形に広がる壁に写真よりも魂が吹きこまれた木々が生い茂っている。また、木の間には動物も描かれていて、今にも動き出しそうだ。天井は驚くほど高く、30階建てのビルほどあるかもしれない。天井に至るまでの側面には空と雲が描かれている。見た目にはとてつもなく広い空間に見えるが、実際にはバスケットコートぐらいの大きさだろうか。
部屋の半分には4人掛けの机といすが置いてある。オフィスや学校の食堂を思わせるシンプルなつくりである。円形の一つの部分の壁には中をくりぬいたように厨房があり、カウンターにはヘッドホンを聞いてくつろいでいる男が座っている。
また談話室中央に腕を組んだまま直立不動な男もおり、やたらと目立っている。それ以外には人の姿はない。
最後に、僕たちが出てきた緑色の扉のほかに、赤、青、黄色、水色、オレンジ、紫、ピンクの扉がある。
僕がその幻想的な光景に目を奪われていると、可愛い悲鳴がして、そちらの方を見るとゴキブリが床に倒れていた。近くには、直立不動な男がいて、彼にやられたものと思われる。僕は小さくため息をつき彼女のもとへ向かう。
彼女に声をかけても返事はない。鼻をつまんでも微動だにしなかったが、今回は呼吸と心音があるので大丈夫だろう。僕は直立不動の男に話を聞こうとするが、うっとうしそうな顔をするだけで何も答えてくれない。
とりあえず、コーヒーを飲もうと思って厨房のような場所に座っている男に声をかける。しかし、こちらもヘッドホンをつけているからか何のリアクションもしてくれない。
次にさきほど説明しなかったけれど、券売機のようなものが設置されているのでそちらに向かう。そこには膨大な種類の料理が書かれていて、飲み物のメニューも書いてある。
ここもタッチパネルで直接操作できるようになっていて、コーヒーを選ぶと自分好みにカスタマイズできるようになっていた。
豆や量、ホットかアイス、トッピングまで自由自在である。また、料理によりパラメーターなるものの増加があるらしく、それについても詳しく書かれている。
僕は適当にコーヒーを選択して支払い画面に進んだ。合計100ダイヤと、タッチしてくださいという文字が表示されるが、何をタッチしていいかわからない。とりあえず手やリストバンドでタッチしてみるが、反応せず。こうしていてもらちが明かないのでゴキブリを起こす。
「大丈夫か。なにがあった」
「あそこにいるのは私の知り合いのヌンチャク神だ。あいさつしたら無視されたから、思い切り殴り掛かった。そこで私の記憶は途絶えている」
ゴキブリもかなりやばい性格だと思い始めた。彼女はブレーキというものがついていないらしい。
「あそこの券売機でコーヒーを頼もうとしたんだが、お金を払うことができない。そもそも俺たちはお金を持っているのか?」
「私たちに最初に与えられた資金は1億コインと1万ダイヤだ。券売機は自分のアゴを近づけると支払うことができる」
「なんでアゴだよ」
「他人のアゴをあそこにかざすのはなかなか難しいだろう。まあ、気絶させられたら支払わされるかもな」
出会ってから10分ぐらいで二回も気絶しているゴキブリがいると心配ではある。
僕は券売機の前に立ち、先ほどのコーヒーを注文してから、少しかがんでアゴをかざす。
すると、空中に番号札が現れて、それを掴む。それと同時にヘッドホンをつけていた男が厨房の奥で作業を始めた。
「いや、このファンタジー世界を代金支払いに生かせよ」
「私も頼もう」
彼女は冷たいウーロン茶を頼んでいた。表記から察するに50ダイヤなのだろう。あわせて150ダイヤ使って残りが9850ダイヤ? 飲み物だけでこんなに使って大丈夫なのだろうか。
あと、ゴキブリも顔を上げてアゴをタッチしていた。結構可愛かった。
「1番コーヒーお待ち!」
そう言ってカウンターに置かれたトレイとコーヒーを受け取る。ジョッキといってもいいほど大きなコップにたっぷり入っている。
僕はカウンターから一番近い席に座り、ストローを刺してコーヒーを飲む。4人掛けのごく一般的な席だ。
さわやかな苦みと共に、香ばしいにおいが口の中いっぱいに広がる。久しぶりに飲んだコーヒーに対して、様々な記憶が蘇る。思わず胸が熱くなってきた。
「え、ちょ。なんで泣いてるの?」
ゴキブリはウーロン茶が乗ったトレイを持ちながら硬直する。しばらくして、僕の向かい側の席にウーロン茶を置いてイスに座る。
「泣くわけないだろう」
「いやいやいや、めちゃくちゃ大粒の涙流れてるよ。そんなに美味しかったの?」
「いいから、説明を始めてくれ。今ここで起こっていることについて」
僕は目元を手で拭って何もなかったことにする。僕にとってコーヒーは特別な飲み物なのだ。
「本当に大丈夫? びっくりした」
小さな胸を押さえて驚きを表すゴキブリ。結構可愛い。彼女はウーロン茶を少し飲んでから説明を始めた。
「ざっくり言えば、フェイトの聖杯戦争が一番近いと思うんだけど、知ってるかな?」
いろんな意味でビッグタイトルであるが、当然知らない人もいるだろう。それよりも元神が日本のサブカルチャーについて詳しいのが気になったが、言わないでおいた。
「未来でも過去でもその人の魂を持ってきて戦わせる遊び、かな。ノボルには記憶があると思うけど、実際あなたが生きたわけじゃない」
「君たちは元の時空に戻ることはできない。君たちのオリジナルは終わっていたり始まっていなかったりするから」
「ThisGameは神たちに向けて編集し、放映される。君たちは水族館を泳ぐサメのような存在なわけ」
「でも、君たちにはメリットがある。メリットがないと本気を出さないし、悔しくもないでしょ」
「ThisGameは365日開催される。最後の日に順位を決めて、1位と2位の者は好きな世界を選んで、人生をやりなおすことができる」
「異世界転生というやつかな。君たちの記憶を持ったまま人生をやり直すことができる」
「逆に言うと3位より下は消滅する。例外として、最下位である8位になったチームの者は次回ThisGameの運営をやらされるらしい」
「とりあえず、概要としては以上だけど何か質問は?」
突っ込みどころが多すぎる。僕が思っている以上に面倒で、大規模な話だ。まあ、この話に関する決定権を僕は持ち合わせていないので、情報を得るにとどめる。
「1、2位にならないと消滅。1、2位になると異世界転生。このゲームから降りることはできない?」
「365日間死ぬことはできないけど、モニコンに一切触らないことは可能よ。でもそうなると次回ThisGameの運営をしなくてはならないでしょうね」
「死ぬことはできない?」
「1年間何も食べずとも、お風呂場に1年沈んでいようと死ぬことはできない。私もピンピンしてるでしょ?」
「やっぱ死にかけてたんかい」
モニコンに触ったときはさすがにやばい感じだったけど、死なないことは織り込み済みだったか。まあ、ゴキブリが思った以上にダメージを受けたのだろう。
最下位になるとペナルティがあるので、やる気のない人はやる気ないなりに戦わなくてはいけないということか。まあ、カナがこんなに面白そうな出来事を放っておくとは思えないけど。
「次は、パラメーターの上げ方について説明するわ」
「パラメーター」
「ええ。さっき、モニターに私たちにそっくりなキャラクターが映っていたでしょう? 基本的には3VS3のチーム戦で戦うんだけれど、パラメーターやスキル、武器などを強化していくことによって戦いを有利に進めていくわ」
「よくわからない」
「ゲームはやらない方かしら?」
「全然やったことがない。カナは結構得意のようだけど」
カナは10年以上ヒッキーをしていたのでゲームもかなりやりこんだらしい。まあ、彼女は超アグレッシブなインドア派だからな。
「それじゃあ、3vs3の殴り合いを思い浮かべて。モニター内の私たちはケンカのど素人。格闘技を習ったり、筋トレしたり、プロテインを飲んだりして強くしていく。これらの操作はモニコンで行われる。というわけで、ThisGameで優勝するためにはモニター内で強くなる必要がある」
自分たちが魔法を使えたりするようになるわけじゃないのか。それは、絵的に大丈夫なんだろうか。
「ところが、ThisGameではモニター外の動きも重要となる。例えばあの券売機にも書いてあった通り、コーヒーを飲むことでパラメータが上昇するし、ありとあらゆる行動が能力に直結している、らしい」
勝つためにはリアルも大切に、ということか。そこら辺のさじ加減はカナに任せよう。彼女はストイックだから、大変なことになりそうではある。
「あとはトレード機能がついていること。コイン、ダイヤ、宝石、ソウル、エンブレム、装備、スキル、衣装、日用品に至るまで、すべてのアイテムはトレードしたりプレゼント可能。トレードはモニコンで行う。とはいえ、日用品などのモニター外で使うアイテムは手渡ししても効果は変わらない、かな」
「日用品か。トイレットペーパーなども買わなくてはならない?」
「そういうこと。もちろんお尻を拭かなければ、その分強くなれる。私は嫌だけど」
「カナなら手で拭き始めるかもしれないな」
「まじ?」
「さすがに冗談だけど、ある程度の覚悟は必要だと思う」
逆に言えば、ThisGameの勝利をあきらめて豊かな生活を送ることも可能ということか。1、2位がありえないほど強力なら、お金を贅沢に使うのもありかもしれない。
「最後に市川ショウタというプレイヤーについて説明する。ほかにも説明すべきことがあるような気がするけど、今は思いつかない。私たちも、口伝でささっと聞いただけだから。市川ショウタは神達の世界ではかなり有名な存在で、ノボルたちの世界で言うならばプロゲームプレイヤーといったところかな。神達は彼の活躍が見たいために今回のThisGameを開いた」
ときどさんを好きな神がEVOを開いた、みたいな感じか。
「というわけで、彼らにはハンデがついている。まず、彼らは1位以外は負けになるという点。そして、初期ダイヤ数がゼロであるという点ね。はっきり言って絶望的な差のように思うけど、市川はありえない逆転というものをいくつも起こしているから油断は禁物なのかな?」
そこまで言うと、役目を終えたとばかりにゴキブリは清々しい表情になる。彼女は名前はあれだが、実に可愛らしい顔をしている。
「いろいろ説明したけれど、私は1位でも8位でも元の生活に戻ることができる。そして、さっき見てもらった通り、ノボルたちのお金から好きに使うことができる」
「つまり、君にひどい名前を付けてしまったのは間違いだった、ということか」
「そうかもね。でも、私はゴキブリに会ったことないし、そこまで嫌な気はしてないよ。可愛くないというのはあるけど」
カナに知られたら怒られるかもしれない。けれど、僕はあまり反省しない人間だ。僕はコーヒーを飲み干してから、券売機の方を見る。
「どうせなら特上のご飯を食べていこう。カナに話したらひどい節約生活になるとおもうし、最初で最後の贅沢だ。好きなものを頼むがいい」
「いいのか? たっかいやつ注文するけど?」
「いや、うん。ギリギリ怒られないぐらいのラインを攻めてもらえると非常に助かる。僕はコーヒーをもう一杯飲んで終わりにしよう」
僕がそういうとゴキブリはにこりと笑う。そして、僕は立ち上がり、手を差し出す。
「よろしくな、ゴキブリ」
ゴキブリは僕の手を掴み、少しはにかむ。あどけない、無邪気な少女は甘ったるい声で返事をする。
「うん」
ちょっと恋したかも。ゴキブリに。男なんてそんなものだ。まあ、僕はしっかりとした浮気はしないけれど、可愛いと思うぐらいは許してほしい。
それから僕たちは券売機に移動して、料理を頼もうとする。ゴキブリはさんざん悩んだ結果、ビーフシチューを頼むことにする。めちゃくちゃ旨そう。
支払い画面が出て、可愛らしい仕草でアゴをかざすゴキブリ。しかし、券売機には驚くべき文字が表示される。
『残高が足りません』
「なんでやねん」
僕たちは長い時間その場に立ち尽くした。
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