第26話・星空の下で

 キャンプにおける楽しみというのは色々とあるだろうけど、中でもみんなで一緒に作る料理というのは格別な楽しさと大変さがあると思う。

 どうも最近のキャンプではバーベキューなどが主流らしいが、俺にとってのキャンプ料理と言えば、昔から変わらずカレーだ。


「明日香。俺は他の準備をして来るから、由梨ちゃんと琴美と一緒に野菜の準備を頼むな」

「はーい!」


 明日香は元気良く返事をし、野菜が入った袋を調理場へと持って行く。

 俺は男子二人を連れてかまどで使う為のまきを取りに行き、適当な量の薪を持ってから薪割り場で小さめの手斧ちょうなを使って薪をちょうどいい大きさに割っていく。

 日比野君と宮下君は最初こそ上手く薪を割る事ができなかったけど、十分も経つ頃には慣れたみたいで、それなりに上手く薪を割りながら楽しんでいる様子だった。こういうのもキャンプの醍醐味だいごみと言えるだろう。

 そしてしばらく二人が薪を割る姿を見守ったあと、割った薪をかまどの所まで運ぶのを二人に任せ、俺はご飯の準備をする事にした。

 キャンプにおけるご飯作りはとても神経を使う。失敗すれば今日の食事はカレーのルーだけ――なんて事もありえるからだ。それだけはなんとしても避けたい。

 ちなみに実例として、俺が小学校の頃に学校行事で行ったキャンプでこの惨劇は起きた事があるんだが、あの時にご飯作りを担当していた奴のやっちまった感は半端ではなかっただろう。


「よし。とりあえずはこんなもんかな」


 輪郭りんかくに丸みがあるアイマスクの様な形の飯盒はんごうを二つ用意し、それぞれに三合分の研いだお米を入れて適量の水に浸す。そしてまだ火の焚かれていないかまどの上の網に飯盒を置き、そのまま三十分ほど放置。

 その間に俺は明日香達の様子を見に行ったり、日比野君達と一緒に他の具材の準備を進めた。

 そしてみんなで準備を始めてから一時間ほどが経った頃。ようやくカレーを作る為の準備が整った。

 琴美達が切った野菜はきちんとした大きさで整えられていて、彼女達の几帳面さが垣間見れる。そして俺はみんなが見ている前で一つのかまどに薪を組み入れ、丁寧に火をつける作業を開始した。

 最近は着火に便利なゲル状の着火材なんて物もあるけど、もちろんそんな便利道具は使わない。最初っから便利な道具に頼るのはどうかと思うからだ。

 小さな枝を束にして新聞紙で巻いたものにライターで火をつけ、それを薪を使って組んだ隙間へと突っ込む。すると種火が小さめの薪に徐々に燃え移り、かまどの上に取り付けられた網の網目から少しずつ煙が立ち上ってきた。

 そして小さな薪へと燃え移った火は、周りにある大きな薪へと燃え移りながら少しずつ火力を増していく。


「まっ、こんなもんかな」

「「「「「おーっ!」」」」」


 ある程度火力が安定したところで立ち上がってそう言うと、全員から感嘆にも似た声と共に拍手をされた。


「涼君凄いねっ! かっこいい!」

「昔はよくキャンプに行ってたからな。それを覚えてただけさ」


 予想外なくらいに琴美に褒められ、俺はちょっと照れながらそう答えた。

 それにしても、好きな女の子にこう言われるのは正直嬉しい。人生は何がどういう風に幸いするか分からないもんだ。


「あ、あの、僕にもやり方を教えて下さい!」

「僕も!」

「分かった。それじゃあ両隣のかまどにも火をつけるから、そっちは二人に任せるよ」


 男子ってのはこういった事をやりたがるもんだ。俺も男だからよく分かる。


「とりあえず二人で火をつけてみて。俺は後ろで見てるから。明日香と由梨ちゃんはこっちのかまどでカレー作りを頼むね」

「「はーい!」」

「琴美。二人の面倒を見ながらカレー作りを頼める?」

「もちろん♪ 了解です♪」


 こうしてそれぞれに役割と担当を決め、いよいよカレー作りが始まった。

 俺の目の前では早速かまどに薪を組み始める男子二人の姿。さっき俺がやるのを見ていたとはいえ、そう簡単にはいかないだろう。

 明日香と由梨ちゃんは施設から借りて来た道具で楽しそうに玉ねぎを炒め始め、琴美はそんな二人をにこやかな表情で見守っている。

 そして薪を組み終えた男子二人が着火を始めてから約二十分後。ようやく薪に火をつける事に成功し、ついた火を前にして大喜びしていた。

 それから火をつけ終わった男子二人には食器を用意してもらいつつ、調理の様子を見守ってもらう事にした。ある程度の準備が終わってしまえば、作り手以外は何もする事がなくなる。黙って待つのも時には必要だ。


「――あっ!? 琴美さん! 飯盒はんごうから水が吹き零れてますよ!」

「あっ! ほんとだ!」


 明日香達の様子を見ていた琴美が由梨ちゃんの言葉に慌てて軍手をつけ、飯盒に手を伸ばそうとする。


「琴美待って! 飯盒はそのままでいいから」

「えっ? そうなの?」

「うん。ご飯が上手く炊けるかどうかは、ここからが勝負なんだよ」


 飯盒の上に乗るサイズの石をあらかじめ用意していた俺は、それを蓋の上へゆっくりと乗せた。


「これでよし」

「へえ。そんな風にするんですね」


 蓋の上に乗せられた石がカタカタと音を立てながら蒸気で押される様子を見て、由梨ちゃんが感心した様な声を上げる。


「お兄ちゃんは本当に物知りだよね」

「あはは。まあ、伊達だてに昔キャンプをしてたわけじゃないからな」


 妹のそんな賛美さんびの声に少し照れてしまう。

 そして俺は照れくささを誤魔化す様に飯盒の置いてあるかまどの前にしゃがみ、火力の調整を始めた。

 こうしてしばらくして飯盒から蒸気が出なくなってきた頃。俺は二つの飯盒をかまどから下ろして裏返しにし、そのまま十五分から二十分ほど蒸らしにかかった。

 それからご飯が丁度いい感じで蒸しあがる頃に明日香達にはカレーを仕上げてもらい、みんなで屋根付きの木製テーブルがある場所へカレーとご飯を運んだ。

 そして陽も落ち始めた十八時半過ぎ、俺達はみんなで晩御飯のカレーを食べ始めた。


「美味しいっ!!」


 盛られたご飯とカレーをスプーンですくって口へと運んだ琴美がそう声を上げると、明日香と由梨ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


「本当に美味いな。それにいつものカレーと何か違う感じがする。まろやかと言うかなんと言うか……」

「お兄さん鋭いですね。実はこれが入ってるんですよ」


 そう言って由梨ちゃんが見せたのは、ヨーグルトの容器だった。


「あー! それで少し風味が違うんだ」


 そういえば明日香と由梨ちゃんがカレーを作っている最中に、何やらコソコソしていた時があったけど、おそらくあの時にヨーグルトを入れていたんだろう。

 それにしても、外でこうやって食べるカレーはいつもより更に美味しく感じるから不思議だ。もちろんそれは雰囲気のおかげもあるとは思うけど、自分達で苦労して作った物をみんなでワイワイ騒ぎながら食べるから更に美味しいのかもしれない。

 しばらく忘れていたこの感覚に、俺は少しだけ懐かしさを感じていた。


× × × ×


 晩御飯を済ませてから後片付けをし、施設内にあるシャワーで汗を流してからしばらくの休憩をしたあと、俺達は小高い丘に建てられた簡素な展望台へと来ていた。

 いくら夏とはいえ、二十一時にもなるとさすがに辺りは真っ暗だ。


「あそこにある凄く明るい星が分かるかな? あれが有名なこと座のベガって言うんだよ」


 空の暗闇に輝く星を指差しながら、俺は有名な夏の大三角について琴美を除く四人に説明をしていた。


「そしてベガから少し離れた位置にあるもう一つのあの明るい星が、はくちょう座のデネブ。その逆側で明るく輝いている星がわし座のアルタイルで、この三つの星を線で結んだのが有名な夏の大三角ってわけだ」

「「「「へえ~」」」」

「ちなみにベガは七夕伝説のおりひめ星で、アルタイルはひこ星。そしてその二つの星の間に見える沢山の星が、みんなも知ってる天の川なんだよ?」


 俺の説明に付け加える様にして、そう説明をしてくれる琴美。琴美は昔から星が大好きで、天体についてはかなり詳しかった。


「琴美さんもお兄さんと一緒で物知りなんですね」


 由梨ちゃんが補足説明をしてくれた琴美に向かい、羨望せんぼうの眼差しを送る。


「私は涼君みたいにお勉強はできないけど、昔から星が好きだったから、いつも眺めてお勉強している内に覚えちゃったの。だからこれだけは、涼君に負けない自信があるのよ?」


 そう言って微笑みながら、琴美は俺の方をチラッと見た。


「確かに琴美の天体に関する知識は凄いからな。よしっ! それじゃああとは、天体に詳しい琴美先生にご説明をお任せするとしましょうかね」

「えっ? えー!? そ、そんなのないよ涼く~ん」

「これだけは俺に負けない自信があるんだろ? それなら大丈夫さ」

「もうっ! 涼君の意地悪っ!」


 少し膨れっ面を見せたあと、ブーブーと文句を言いながらも、琴美は様々な星について楽しそうにみんなへ説明をしてくれた。

 そして俺は明日香達と一緒に、琴美先生の天体講座にしばらく耳を傾けていた。


「――ねえ、涼君。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」


 約二十分くらいで琴美先生の天体話が終わったあと、琴美が俺に近付いて小声でそう尋ねて来た。


「えっ? うん。いいけど」


 明日香達四人は少し離れた位置で空を指差しながら話をしていた。

 そして俺は琴美に手を引っ張られ、明日香達とは真逆の位置に移動をした。


「綺麗だよね。星」


 琴美は俺の方を向く事なく、キラキラと星が輝く空を見てそう言う。

 俺がチラリと横に向けた視線の先に見える琴美の横顔。その表情はどこまでも穏やかに見え、そんな琴美の表情を見ているだけで、自分の心臓がドキドキと鼓動を速めていくのが分かる。


「あ、ああ。綺麗だよな……」


 いつまでもそんな琴美の顔を見ていたかったけど、流石にそれは無理だった。そのまま見つめていたら、この心臓の音が琴美に聞こえるんじゃないかと思ったからだ。


「……ところでどうしたの? 話って何かな?」

「……星ってさ、宇宙にあるずっと昔の光を私達は見てるんだよね」

「そうだな。中にはもう、星そのものが無いのもあるだろうし」

「もしも遠い遠い別の星に私達みたいな存在が居たとして、その星にこの地球の光が届く時にはもう、私達は地球に居ないんだよね……」

「そうだな」


 そう言うと琴美は少し寂しげに頭を下げた。

 さっき星の話を聞かせてくれていた時と違い、妙にテンションが低い。


「私達の命なんて、宇宙の規模からすれば本当に目のまばたきくらいの一瞬の出来事なんだよね」

「まあ、そうだろうな」

「だとしたら、私の悩みなんかちっぽけなものかもしれない」

「……何か悩んでるのか?」

「…………」


 そう聞くと琴美は、何も言わずに再び空を見上げた。

 俺は琴美からの返答を待ったが、しばらくしてもその答えが返ってくる事はなかった。


「……あのさ、もしも何か悩んでるんだったら……俺で良ければ相談に乗るからさ。いつでもしてくれよ」

「ありがとう。涼君」


 沈黙していた琴美は俺の方を向き、いつもの優しげな微笑みを浮かべてそう言った。


「琴美さーん! ちょっといいですかー?」

「はーい! 何かなー?」


 俺達の後ろの方に居る由梨ちゃんに呼ばれ、琴美は返事をしながら呼ばれた方へと向かった。

 そして俺はさっきの琴美の物言いが気になり、移動をする琴美の後姿をその場でじっと見ていた。でも、明日香達を前に再び楽しげに話をする琴美を遠目に見ていると、そんな俺の心配も杞憂きゆうなのかもしれないと思えてくる。


「お兄ちゃーん! お兄ちゃんも来てー!」


 今度は俺が明日香に呼ばれ、その呼び掛けに手を振りながら応えて歩いて行く。


 ――色々気になる事もあるけど、今はこの時間を楽しもう。


 こうして俺達の楽しい夏のキャンプは、美しい星を見た思い出と共に過ぎ去って行った。

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