第44話・いつか訪れるその日
文化祭最終日も、残すところあと数時間ほど。
俺達は残り僅かな祭りの時間を最大限に楽しもうと、色々な店に入って楽しむ予定でいた。そしてそんな中で怪しげな行動を取るサクラを尾行した結果、俺達はプリムラちゃんに出会った。
俺としてはそこからプリムラちゃんを含めた六人で学園内を見て回ろうと思ってたんだけど、今この場にサクラの姿は無い。理由はなんとも単純なもので、『ちゃんと会議に出て下さい!』とプリムラちゃんに言われ、天界へと追い帰されたからだ。
しかしプリムラちゃんにそう言われた時のサクラは非常に往生際が悪く、見ていてかなりみっともなかったが、そう言われるだけの理由があるんだから仕方がない。
「プリムラちゃん。サクラの事を『隊長』って言ってたけど、アイツってそんなに偉いの?」
「はい。サクラ隊長は天界の天生神による幽天子見守り組織、ヘブンズゲート第五大隊の隊長なんです。普段はあんな感じで不真面目なところもありますけど、あれでも天界ではとても優秀で有名な方なんですよ?」
「へえー、あのサクラがねえ……」
普段のサクラを知っている俺からすれば、プリムラちゃんの口から出た言葉には相当の違和感がある。しかしこの生真面目な感じのプリムラちゃんがそう言っているんだから、それはきっと事実なんだろう。
まあそれでも違和感は拭えないけど、サクラの明日香に対する
「サクラってさ、プリムラちゃんから見てどんな感じなの?」
「そうですね……不真面目で子供みたいにイタズラ好きで、人の話をちゃんと聞かないし、早とちりだし、私を見つけたらすぐに抱き付いて撫で回すし、それに――」
プリムラちゃんは顔をしかめながら、次々とサクラに対する不満の言葉を吐き出していく。
そしてこれだけの不満を次々にぶちまけられると、さっきまでプリムラちゃんが言っていた事は俺の聞き間違いだったのだろうか――と、そんな風にさえ思ってしまう。
「――と言った感じで、色々と困った人です。だけど、サクラ隊長は誰よりも温かい人です」
「温かい?」
「はい。サクラ隊長は自分が忙しいにもかかわらず、時間を作っては私達第五大隊隊員の様子を見に来たり、仕事のフォローをしてくれたりするんです。それこそ朝昼晩を問わずに。いつもはあんな風におちゃらけてますけど、どの大隊の隊長よりも、隊員を大事にしてくれてるって私は思っています」
さっきまでのしかめっ面から一変。プリムラちゃんはとてもにこやかな笑顔でそう言った。
そういえばサクラはよく出掛けたりする事が多かったけど、あれはもしかしたら、部下の様子を見に行っていたのかもしれない。結構意外な感じではあるけど、アイツの明日香に対する情の深さや俺達への面倒見の良い部分を考えれば、そう不思議でもないかと思える。
「つまり、サクラが隊長で良かった――って事でいいのかな?」
「まあ、そういう事ですね。でも、今のはサクラ隊長には内緒ですよ? 調子に乗られても困りますから」
「ははっ。分かったよ」
――尊敬されてるんだかされてないんだか。相変らずよく分からんキャラクターだな、サクラは。
「そうだ。せっかくだしプリムラちゃん、どこか回りたい出店とかあるかな?」
「えっ? 私が選んでもいいんですか?」
「うん。せっかくだからいいと思うよ」
「私もプリムラちゃんが行きたい所でいいです」
「そうだね。僕もそれでいいよ」
「明日香はどうだ?」
「私も大丈夫だよ。プリムラちゃんが行きたい出店に行ってみたい」
「よし、それじゃあ決まりだな。プリムラちゃん、どこでも好きな出店に行っていいよ」
「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えてここに……」
そう言うとプリムラちゃんは、少し恥ずかしげにパンフレットのある部分を指差した。
「「「「なるほど」」」」
全員でプリムラちゃんの持つパンフレットを覗き込み、その指差された場所を見てみんながほぼ同時に声を上げた。
プリムラちゃんが遠慮気味に指差した場所は、今回の
「べ、別にスイーツ目当てとかじゃないですよ!? 甘い物なんて別に好きでもないですし……ただその……どんな珍しい物が出るのか興味があるだけで……」
慌てふためきながらそんな言い訳を俺達にするプリムラちゃん。
そしてそんなプリムラちゃんを見た俺達は、全員で顔を見合わせて頷いた。
「分かった。それじゃあ、とりあえずその教室に行こうよ。ねっ、プリムラちゃん」
「は、はい」
俺達は全員でプリムラちゃんの背中を軽く押し、目当てのスイーツがあるその教室へと向かい始めた。
それにしても、どうしてそんなに甘い物好きを隠したいのかが分からない。けれど、本人がそれを気にしているみたいだから、無闇に詮索しない方がいいだろう。
こうしてプリムラちゃんが指定した出店へと辿り着いた俺達は、席に着いてそれぞれに頼みたい品を注文した。
ちなみに明日香達女の子は、みんな迷う事なく『絶品☆イチゴ尽くしケーキと紅茶のセット』を頼んでいた。
「――これが噂の絶品イチゴ尽くしケーキなんですね!!」
そして注文したお目当てのスイーツが来た瞬間、プリムラちゃんは性格が変わった様にしてテンション高く声を上げ、さっそく小さなフォークを手に持ってケーキを食べ始めた。
ちなみに異常にテンションが上がっているプリムラちゃんとは違い、俺と拓海さんは苦味ほとばしるブラックコーヒーを飲んでいる。
「これ、凄く美味しいですね!」
「うん! ホントに美味しいね♪」
由梨ちゃんの言葉に明日香が大きく頷きながら答える。
俺はコーヒーカップを片手に、明日香が嬉しそうにスイーツを頬張る姿を眺めていた。
「このイチゴの甘酸っぱさ、たまりません! 幸せ~♪」
プリムラちゃんは目の前のスイーツに心を奪われているみたいで、『甘い物なんて別に好きでもないですし』と俺達に言っていた事すら忘れている様子だ。
俺はそんな様子を微笑ましく見ながら、午後の一時を過ごした。
× × × ×
楽しい時間は過ぎるのが早い――そんな言葉はよく聞くけど、本来流れる時間というのは、誰にとっても平等で変わらないはず。
しかし、特殊相対性理論や一般相対性理論で有名な、アルベルト・アインシュタインの言葉にこんなものがある。それは、『可愛い女の子と一時間一緒に居ると、一分しかたってない様に思える。熱いストーブの上に一分座らされたら、どんな一時間よりも長いはずだ。相対性とはそれである』というものだ。
要するに時間というのは、本人の気持ち次第で早くも遅くも感じるという事だろう。つまり今日の俺は、それだけ楽しい時間を過ごしていたという事だ。
俺が高校に入学して初めての文化祭は、明日香達の本当に嬉しそうで楽しそうな笑顔と共に終わりを告げた。
そして満足げな明日香達を拓海さんに任せて帰宅を見送ったあと、俺は出店教室へと戻ってから琴美やクラスメイト達と後片付けに励んだ。後片付けなんて面倒で好きじゃないけど、それでも琴美と一緒にする片付けはどことなく楽しかった。
でも、これまで長い時間を使って準備してきた物を片付けるというのは、とても寂しい気分だ。どんなに楽しい時間だろうと、この様に終わりの時はやって来る。これは逃れられない運命とでも言うべきだろう。
そしてそれは、明日香や由梨ちゃん達と楽しく過ごしているこの日々も同じ事で、いつか必ず終わりの日がやって来る。それはもしかしたら、明日かもしれない。
そんな事まで考えて更に寂しい気持ちになりながら後片付けをしたあと、俺はクラスメイト達と共に文化祭の打ち上げに向かった。
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