第40話・初めての文化祭
今日は
学園には昨日と同じく沢山のお客さんが集まり、それぞれに目的の場所を訪れて楽しんでいる。やはり祭りはこうでないと面白くない。
そして学園内の出店からはそれぞれが持ち寄ったCDの音楽などが流れていて、それがまるで
外は昨日と違って冷たい風も吹いておらず、冬とは思えないほどの暖かな陽気だ。まさに
そして俺は今日も、朝から着ぐるみに入ってせっせと接客をこなしていた。
「ショートケーキとアップルティー。お待たせしたコン!」
昨日は犬の着ぐるみを着て働いていたけど、今日はキツネの着ぐるみを着て、まるで道化でも演じるかの様にしてコミカルなキツネキャラを演じている。
それにしても
まあはっきり言って、動物の鳴き声をまともに聞いた事がない人は多いだろうから、イメージでこういった語尾になるのは仕方の無い事かもしれない。
ついでに言うとキツネってネコ目イヌ科に属している動物なんだけど、その鳴き声は仔犬や仔猫がキューンと鳴いている様な、わりと甲高い感じの鳴き声だと聞いている。ちなみに喧嘩をしている時は、犬の様にワンと言った感じの鳴き声を出している時もあるらしい。
人によっては人間の子供がぐずっている時の声にも聞こえるらしいんだけど、こればっかりは聞く人の感じ方次第だと思う。
そんな事を働きながら思っていると、俺と仕事を交代するクラスメイトがやって来たので、俺はそのクラスメイトにその場を任せ、出店を出てから着替える為に自分の所属するクラスの教室へと向かった。
午前十一時四十三分。
やって来た教室内でキツネの着ぐるみを脱ぎ、持って来ていた制服の替えを鞄から取り出し、
昨日予定外の手伝いをしたおかげで、今日の俺の仕事はお昼までとなっていた。
今日は拓海さんに由梨ちゃん、それに明日香がお昼頃に学園へとやって来る。だから今回の件は本当にちょうど良かった。
俺は身体を拭き終えたウエットタオルをゴミ箱へと捨て、替えの制服に着替えてから拓海さん達との待ち合わせ場所にしている中庭へと向かい始めた。教室を出て階段を下り、沢山の人でごった返している廊下を身体の向きを変えながら進んで行く。
そういえば学園の敷地内で待ち合わせをする約束をした時に知ったんだけど、拓海さんはここ花嵐恋学園の卒業生だったらしい。
そして大学生として生活をしていた拓海さんが由梨ちゃんと出会ったのは、今年の一月初めの事だったと聞いた。どういった経緯で拓海さんが由梨ちゃんと出会い、一緒に暮らす様になったのか、俺はそれを詳しくは知らない。
一度そのあたりの事をそれとなく尋ねてみた事があったんだけど、その時の拓海さんは言い辛そうに口を
× × × ×
「おーい! 涼太くーん!」
中庭にいくつかあるベンチの一つに座り、目の前を行き交う人達をぼんやりと見ながら拓海さん達がやって来るのを待っていると、人混みの中から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
そして俺がその声が聞こえてきた方向へ視線をやると、人混みの中から姿を見せた拓海さんが手を振りながらこちらへ向かって来るのが見え、俺はベンチから立ち上がった。
「お兄ちゃーん!」
拓海さんに続いて人混みから抜け出した明日香が俺に気付き、にこやかな表情でこちらへ駆け寄って来る。そして明日香と手を繋いでいた由梨ちゃんも、引っ張られる様にしてこちらへと向かって来ていた。
「思ったよりも早かったな」
「うん! 待ちきれなくて早目に来たの! ねっ、由梨ちゃん」
「そうなんです。私も文化祭って初めてだから、凄く楽しみだったんですよ」
明日香とはまた違った感じで、由梨ちゃんもいつもよりテンションが高い。日常とは違う楽しげな雰囲気にワクワクしているのがよく分かる。
「待たせてしまったみたいでごめんね。涼太君」
拓海さんは俺の近くへ来ると、開口一番にそんな事を言った。
約束の時間まではまだ余裕があったというのに、相変わらず気を遣ってくれる良い人だ。これで俺とそんなに歳が違わないんだから、立派なものだと思う。
「いえ。今日は仕事が早く終わって待ってただけですから、気にしないで下さい」
「ありがとう。さて、まずはどこから回ろうか?」
拓海さんは一言お礼を言うと、にこやかな表情で明日香と由梨ちゃんにそう尋ねた。
「まずはお兄ちゃんと琴美お姉ちゃんがやってるお店に行きたい!」
「あっ、私もそれに賛成です」
聞かれた質問に明日香が即答すると、由梨ちゃんもそれに乗っかってきた。まあなんとなくだけど、そうなるだろうという予感はしていた。
「お昼時だから混んでるかもしれないけど、とりあえず行こうか」
「ちょっと待ってー! 涼太くーん!」
自分のクラスの出店がある方へ向かおうとしたその時、聞き覚えのある声が俺の耳に聞こえてきた。
そして俺がその声の聞こえてきた方へ視線を向けると、人混みの中から左手にたこ焼きのパックを持ち、右手に爪楊枝を持ったまま駆け寄って来るサクラの姿が映った。
「どうしてサクラがこんな所に居るんだ!?」
「あっ、言うのが遅れたけど、実はサクラさんも見守りを兼ねて文化祭について来るって話になったんだよ」
「私はサクラがあんな事ができるなんて知らなかったよ」
明日香は俺にそう言いながら、こちらへと向かって来るサクラを見る。
そんな明日香の言っていたあんな事というのは、サクラが普通の人間になっている事を指しているんだろう。
「兄さん。プリムラちゃんもあんな事ができるのかな?」
「どうなんだろう?」
こちらへと向かって来るサクラを見ながら、由梨ちゃんは拓海さんにそう尋ねた。そしてそんな由梨ちゃんの質問を、拓海さんは首を傾げながらそう答えた。
ちなみに由梨ちゃんの言っているプリムラちゃんとは、拓海さんと由梨ちゃんの見守りをしている天生神だと聞いている。要するに、サクラのお仲間さんというわけだ。
俺はまだ一度もそのプリムラさんに会った事は無いけど、明日香は由梨ちゃんと遊ぶ事が多いから何度か会っているらしく、その名前と存在だけは知っている。
明日香が言うにはそのプリムラさんはとても可愛らしいんだけど、サクラと違ってとても口数の少ない天生神らしい。プリムラさんがどんな天生神なのか会ってみたい気持ちはあるけど、サクラの事を考えると会うのが怖い気もする。
だけどまあ、明日香からの話を聞く限りではとても真面目な天生神みたいだから、サクラを相手にする時の様に疲れるという事は無いだろう。とりあえず明日香も世話になってる事だし、近々そのプリムラさんには挨拶をしに行こうと思っている。
「ねえねえっ! みんな最初はどこを見に行くの?」
俺達のもとへとやって来たサクラは、興味津々と言った感じでテンション高くそう尋ねてきた。
「えっとね、まずはお兄ちゃんと琴美お姉ちゃんがやってる喫茶店から回るの」
「なーるほど! それじゃあ、さっそく行こ――――う!!」
そう言うとサクラは残っているたこ焼きを素早く口へ放り込み、空になったパックをベンチの横にあるゴミ箱へ捨てると、明日香と由梨ちゃんの手を取って玄関口の方へと一緒に走って行った。
「サクラさんはいつもが元気いいね」
「ははっ。いつもあんな感じだから、相手にしてるこっち疲れますよ」
――そういえばサクラの奴、俺達が出店してる教室の場所を知ってるのか?
俺は嫌な予感がしながらも、遠ざかる三人のあとを拓海さんと二人でのんびりと歩いて追いかけた。
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