第41話・注目の二人

 お昼時の学園内は、文化祭中において一番来客数が増える時間帯だ。

 現に俺達のクラスが出店している喫茶店も中は満席状態で、廊下で順番待ちをしているお客さん達が沢山並んでいる。俺はそんなお客さん達の並ぶ列に明日香達と一緒に並び、順番がやって来るのを待っていた。


「あっ、琴美お姉ちゃんが居たよ!」

「ホントだ。琴美さん、可愛いですよね。ねっ、兄さん」

「どれどれ? おっ、確かに衣装が良く似合ってるね。そう思わないかい? 涼太君」

「そ、そうですね。可愛いと思います」


 廊下側にある透明な窓ガラス越しに見える教室内。そこに居る琴美を見た明日香達は、口々にそんな事を言った。

 しかも拓海さんの物言いは少し意地悪なもので、微笑みながら俺を横目で見ていた。おそらく俺からどんな返答が出るのかを楽しんでいたんだろう。それが証拠に、拓海さんは俺の返答を聞いて『そうだよね』と言って満足げにしていた。

 どうも最近、クラスメイトを含めて色々な人達に琴美をネタにいじられる事が多くなった。俺としては琴美への好意は分からない様にしているつもりなんだけど、どうしてこうも琴美への好意が周りにばれてしまうのか不思議でしょうがない。俺としては常にポーカーフェイスで対応をしているつもりなのに。


「――次のお客様、店内へどうぞ」


 そんな事を考えながら拓海さん達と話をして順番を待っていると、いつの間にか俺達が入店できるところまで順番が回って来ていた。

 教室の入口で入場するお客さんの数を調整しているクラスメイトの塩谷しおたにさんが、にこやかな笑顔を浮かべながら明日香達に声を掛け、空いている席へと丁寧に案内をしてくれる。そしてそんな塩谷さんに案内されて席に座ると、塩谷さんはこれまた丁寧に持っていたメニュー表を手渡してくれた。

 俺は文化祭の準備期間中は裏方に徹していた事もあり、こうしてじっくりとメニュー表の内容を見た事はなかった。だけどこうしてじっくり内容を見てみると、そのメニューの多さに結構驚いてしまった。


「お兄ちゃん。どれにするか決めた?」


 右斜め前の椅子に座っている明日香はもう注文する品を決めたらしく、メニュー表をテーブルの上に置いてみんなが注文する品を決めるのを待っていた。


「そうだなあ……俺はケーキセットAにしようかな」

「それじゃあ、僕も涼太君と同じのにしようかな。由梨は決まったかい?」

「う~ん……明日香ちゃんはどれにしたの?」


 由梨ちゃんはどれを注文するか相当に悩んでいるらしく、メニュー表を片手に隣の席に居る明日香にそう尋ねた。


「私はね、このティラミスとアップルティーのセットにするよ」

「あっ、それも美味しそう……私もそれにしようかな?」

「うん! きっと美味しいと思うよ」

「それじゃあ、明日香ちゃんと同じ物にするね」


 明日香の一押しを聞いてにこやかに頷く由梨ちゃん。

 こうして全員の注文する品が決まったところで、俺はウエイトレスにふんしたクラスメイトを呼ぶ為に声を上げた。


「すいませーん」


 身体を横へと向け、ウエイトレスをしているクラスメイトへ右手を上げて注文取りの合図を送る。するとちょうどその時、琴美が他のお客さんのもとへ注文された品を持って行く姿が見えた。

 そんな琴美の姿を見た俺は、ちょっと残念な、それでいて良かったようなという、複雑な心境になってしまった。


「琴美ー!」


 そんな事を思っていると、俺達から一番近い位置に居たクラスメイトの赤沢あかざわさんが琴美を呼び止めた。


「どうしたの?」


 注文品が乗ったトレイを持つ琴美がその足を止め、呼び止めた赤沢さんの方へと振り返る。

 すると赤沢さんは俺達の方へはやって来ないで、そのまま足を止めた琴美の方へと向かって行った。


「ふふふ。ほーら、あっちで琴美をご指名の人が待ってるから、行っておいで!」

「えっ? あっ……」


 赤沢さんはあからさまにこちらへ聞こえる様に、そしてとてもニヤついた表情でそんな事を言った。

 すると琴美はその視線の先に俺達が居るのを見て驚いた表情を見せたあと、俺の方を見て少し顔を紅くしながら視線を逸らした。


「ほーら! 早く行ってきなって!」


 そう言って赤沢さんは琴美が持っていたトレイをスッと取り、その品を注文していたお客さんのもとへと向かって行った。

 そんな突然の事態に戸惑う様子を見せていた琴美だったけど、とりあえずゆっくりとこちらへ近付いて来た。


「い、いらっしゃいませ……」


 明日香達にウエイトレス姿を見られるのが恥ずかしいのか、琴美はちょっとモジモジしていた。


「琴美お姉ちゃん可愛い~♪」

「本当に可愛いです! 琴美さん」

「本当だね、良く似合ってるよ。ねっ? 涼太君」

「は、はい。凄く似合ってると思います……」


 一度は琴美に聞かせたその言葉を再び口にするのが恥ずかしく、俺は周りに居る人達には聞こえない程度の声量でそう答えた。


「あ、ありがとう。涼君」

「う、うん。どういたしまして……」


 琴美からそんなお礼の言葉が聞こえると、なんとも言えないふわふわとした感覚が身体の中を巡った。それは心地良くもキュッと心臓が締まって苦しい様な、そんな不思議な感覚。


「さあ。外で待ってるお客さんも居るわけだし、みんな注文をしようか」

「あっ、はい。ご注文をどうぞ」


 拓海さんの言葉を聞いた琴美が腰の位置にあるポケットから注文表を取り出すと、続いて左の胸ポケットに挿してあるペンを取り出した。そして俺達の注文した品をサラサラと注文表に書き込むと、琴美はペコリとお辞儀をしてからケーキなどを保存している場所へと向かった。

 それから琴美が運んで来てくれた注文品を食べ終わるまでの間、俺はなぜか近くを通るクラスメイトの女子達の、妙にニヤついた視線を浴びせられる事になった。

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