第13話・妹の反抗期?

 夏休みというのは実にいい。明日の事を気にせずに夜更かしができるというのがたまらない。

 普段の休日と違い、明日も明後日も休みだから、心置きなく好きな事ができる。まさに学生の内でしか味わえない、至福の時間と言えるだろう。

 そして俺はそんな貴重な時間を、今日も朝早くから――いや、正確には前日の夜から妹もののギャルゲーに費やしている。

 明日香が俺の妹になってからは忙しくて積みゲーが増えていたから、この夏休みである程度のゲームを消化しておきたいのだ。

 俺はマウスを軽やかにクリックしながらゲームを進めていく。


「それにしても、変だよなあ……」


 俺はパソコン画面に映るゲームのCGを前に、少々考えごとをしていた。

 最近の俺が考えごとをしている時は、だいたい明日香の事についてなんだけど、今回もご多分に漏れずにそうだ。


「明日香のやつ、何か変な物でも食べたんじゃないだろうな……」


 視線を移した先にある窓のカーテン。

 その隙間から射し込む朝陽は、徹夜明けの目には眩しすぎる。それでも朝になってカーテンも開けないってのは、いくらなんでも不健全だろう。

 俺は外したヘッドホンを机に置いて椅子から立ち上がり、ゆっくりと背伸びをしながらカーテンを開けに行く。


「うおっ!? 眩しっ!」


 カーテンを全開にすると、先ほどよりも更に眩しい光が俺の目を強く刺激する。

 そんな光から逃れる様に窓から視線をらし、部屋にある丸型の壁掛け時計に目をやると、時刻は午前八時を指し示そうとしていた。


「そろそろ来る頃か……」


 夏休みに入って一週間。

 時間を確かめた俺はおもむろに自室の出入口の扉をじっと見た。部屋の中からは壁掛け時計の秒針が進む音だけが聞こえ、外からは雀のチュンチュンというさえずりが聞こえる。

 そしてそんな中に、一つの大きな音が紛れ込んできた。ドタドタと急ぐ様に階段を駆け上がって来る音だ。

 その音は階段を登り終えると徐々にこちらへ近付き、俺の部屋の前でピタリと止まった。


「お兄ちゃん。まだ寝てるの?」

「起きてるよ」

「起きてるなら早く下りて来てよね。朝ご飯冷めちゃうから。あっ、勘違いしないでよね? 別にお兄ちゃんの為に作ったわけじゃないんだから。自分のを作るついでに作っただけなんだからね?」

「分かってるよ」


 そう答えると明日香の足音が徐々に遠ざかって行った。


「……やっぱり変だよな」


 夏休み三日目くらいから、明日香はずっとこんな感じだ。毎朝八時頃に俺を起こしに来ては、さっきみたいなセリフを言って行く。

 他には入浴時に着替えを持って来てくれた時にも、『洗濯物をたたむついでに持って来ただけ』とか、ことあるごとにこんな感じのセリフを言う様になった。

 なんて言うかそれは、いわゆるギャルゲーに登場すると言われるタイプが言いそうなセリフを、そのまま口にしている様な感じだ。それもやたらとテンプレート的なものを。


「やっぱりちゃんと聞いてみた方がいいか」


 色々と考えながら部屋を出て、明日香が待つリビングへと向かう。


「お兄ちゃん遅いよ」

「悪い悪い」


 俺に向けてぷくっと頬を膨らませる明日香。

 前までこんな表情を見せる事はなかっただけに、俺にも戸惑いはあった。これはある種の反抗期的なものかとも考えたけど、明日香の様子を見ていると、どうもそういう感じではない気がする。

 なぜそう思うのかと言うと、明日香がこの様な感じになってから色々と観察をしていたんだけど、明日香はそのセリフじみた事を言う度に、俺の方をチラチラと見て様子をうかがっているからだ。まるで自分の行動に対する俺の反応を気にしているかの様に。


「なあ、明日香。何かあったのか?」

「えっ!? な、なんで?」


 思いもよらない質問をされたからなのか、明日香の声は上擦っていて、酷く動揺している様に見えた。


「いや、ここ数日の様子がちょっとおかしいと思ったんでな」

「そ、そんなにおかしかった?」


 なんとも意外そうな顔でそう聞き返してくる明日香。

 まるで、自分が思い描いていた反応とは違う――と言った感じの戸惑いの様なものを明日香から感じる。


「まあ、おかしいよな」


 ――むしろおかしくない部分を探す方が難しいくらいだ。


「そんな……」


 明日香は手に持っていた箸をテーブルに置き、力なくうなだれた。


「いったいどうしたってんだ?」

「お兄ちゃん、ゲームの妹が好きなんでしょ?」

「ぶっ!?」


 俺は慌てて口元を手で押さえた。


 ――いったい何を言い出すんだ!? 思わず食べていたご飯を吹き出すところだったじゃないか。


「ゲホゲホッ! な、なんだよ突然!?」

「やっぱりそうなんだ……」


 先ほどよりも更に顔を深く俯かせる明日香。どう見ても落ち込んでいる様にしか見えない。


「待て待てっ! その質問と俺が聞いた事に何の関係があるんだ?」

「あのね――」


 明日香はここ数日の奇っ怪な言動について話しをてくれた。その始まりは、お友達の由梨ちゃんとプールに行った翌日の事だったらしい。

 その日の俺はゲームの徹夜明けでパソコンゲームを表示したまま、ベッドで熟睡してしまっていた。

 俺としては三十分ほど仮眠をするだけの予定だったんだが、そのまま数時間ほど寝てしまい、その時に開きっぱなしにしていた妹ゲーを明日香が目の当りにしてしまったらしい。

 しかも間の悪い事に家へ帰って来たサクラと明日香が遭遇し、その時にサクラから、『涼太君ってこのゲームの妹達が大好きなんだよね~』と言われたんだそうだ。確かにサクラの発言については、特に間違った事は言ってない。大好きだから。

 ここで問題なのは、サクラが明日香にそれを言ってしまったという事だ。

 そしてそれを聞いた明日香はゲームの妹達が気になるあまり、俺が寝ている間にそのゲームをこっそりとプレイしたらしい。どおりで目が覚めた時、見覚えのない場面が映し出されていたわけだ。

 しかも明日香は話の途中、『そんなに大好きな妹がたくさん居たら、お兄ちゃんにかまってもらえなくなっちゃうもん……』と言っていた。

 つまり明日香はゲームの中の妹達を自分なりに研究し、それを模倣もほうする事で俺に好かれる妹になろうとしたらしい。


「――まあ、話は分かったけど……ちなみに明日香。何でよりにもよってツンデレキャラクターをチョイスしたんだ?」


 他にも明日香が模倣しやすいキャラクターはたくさん居たはずだ。それなのになぜ、よりにもよって普段の明日香とは真逆のツンデレをチョイスしたのか。その理由が俺には分からなかった。


「お兄ちゃんがやってたゲームの続きをやってて覚えたの」


 ――ああ……確かにツンデレ妹の攻略ルートを進めてたな。つまりタイミング的にそうなって事か。


「それでね、ゲームをしてた時にサクラが教えてくれたの。お兄ちゃんはだって」


 ――サクラの奴、またいらん事を明日香に教えやがって。それにしてもアイツ、なんで俺がツンデレキャラクターが好きだって知ってんだ?


「あのな、明日香。サクラの言ってる事は全部デタラメなんだ。だから信じちゃダメ」

「そうなの?」


 その言葉になんだかほっとした様な表情を見せる明日香。

 まあ、ツンデレキャラってのは三次元リアルにおいては鬱陶うっとうしいだけだからやら、できればやらない方がいい。


「お兄ちゃんは、明日香の事が好き?」


 にわかに紅く頬を染め、上目遣いでそんな事を聞いてくる明日香。

 妹って兄貴にこんな事を聞いてくるものなんだろうか。妹が居る兄貴は至急、俺にそのあたりの事を教えてほしい。


「そ、それは……」

「嫌いなの?」


 俺を見つめるその瞳が、段々うるうるとしてきていた。


「嫌いなわけないだろ!? 好きに決まってるじゃないか!」

「本当に?」

「もちろん!」


 その言葉を聞いた明日香は、安心した様にして満面の笑みを浮かべた。

 なんだか会話だけを聞けば恋人同士の会話みたいにも聞こえるが、そのへんは気にしないでおこう。


「明日香はいつものままでいいんだよ。ゲームキャラクターの真似なんかしなくていいんだ」

「うん。分かった」


 テーブルに置いていた箸を再び手に取り、明日香はすっきりとした表情でまたご飯を食べ始めた。

 そんな明日香の姿を見て俺も安心し、晴れやかな気持ちで再びご飯に箸を伸ばす。

 明日香も簡単な物だが料理を覚えてくれたおかげで、ずいぶんと俺も助かっている。本当にできた妹だ。

 こうしてお互いに気分をすっきりさせた俺達は、朝食の一時を楽しんだ。


「――今日も由梨ちゃんと遊ぶのか?」

「うん」


 朝食後。

 洗い物を済ませた明日香は出掛ける準備を整え、外出しようとしていた。ついこの間まで一緒に居ても外に出るのを怖がっていたってのに、大した成長だ。


「車には気を付けるんだぞ? それと、あまり遅くならない様にな?」

「はーい! 行って来まーす!」

「いってらっしゃい」


 元気に出掛けて行く明日香。そんな明日香の姿を見ていると、本当にそこいらに居る小学生と変わらない。

 ずっと俺にべったりだった明日香が、こうやってお友達と遊ぶ為に出掛けるのは嬉しい事だが、その反面、ちょっとした寂しさもあった。


 ――うーん……俺って結構シスコンなのかもしれないな。


 そんな事を考えながら、俺は再び妹ゲーをすべく部屋へと戻った。

 これからはとりあえず、寝る時はしっかりとパソコンをシャットダウンする事にしよう。明日香がまた妙な妹キャラにならない様に。

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