第12話・仲間との出会い

 明日香が小学校に通い始めてから早くも三週間が過ぎ去り、今日からいよいよ夏休みの始まりを迎えていた。

 明日香が学校へ通っていた三週間は俺が危惧きぐする様な事は特に起こらず、至って平和――いや、正確には一つ大事件があった。それは、サクラが風邪をひいて寝込んだ事だ。

 こう聞くと、なんだ風邪か――と思われるかもしれないけど、あれは結構大変な出来事だった。平和だった三週間の中で、絶対に忘れられない様な体験をした一日だったけど、まあ、その話は置いておこう。


『どうしてサクラまでついて来るんだよ?』


 ギラギラと灼熱を思わせる熱線を浴びせる太陽が輝く中、俺は電柱の陰に隠れて汗を流しながら、こっそりと明日香のあとを追っていた。


『どうしてって、私は見守り隊だよ? 明日香と涼太君を見守るのが役目なんだから』


 つけていたサングラスを外し、決め顔をするサクラ。

 カッコイイ事を言っているみたいだけど、サクラの目を見ればそれが建て前だというのはすぐに分かる。そりゃあ、こんなにも好奇心に満ち溢れた目をしていたら、それに気付かない方がおかしい。


『どうでもいいけど、邪魔だけはするなよ?』

『アイアイサー!』


 ――いつも返事だけはいいんだよな。返事だけは。


 外していたサングラスを再びかけ、冬場に着る様な薄茶色のロングコートに身を包んでいるサクラ。

 本人は『尾行と言えばこれだよね!』と言っているが、この時期にその格好は半端ではない違和感を放っている。

 本人はテレビドラマに出てくる刑事や探偵なんかを真似ているつもりなんだろうけど、俺から見れば不審者にしか見えない。

 それにしても、夏場にそんな格好で暑くないのかと思ってしまうけど、サクラわく、『私は暑さや寒さを調整できるからね』との事だった。

 壁抜けが出来る事もそうだが、サクラ達妖精はこの世の物理法則を任意に無視したり変更したり出来るらしい。

 サクラはサラッと軽くそんな事を言っていたけど、それって滅茶苦茶凄い事だ。コイツを本気で怒らせたら恐いかもしれない――と、わりと本気で恐怖してしまう。


「あっ、やばっ! 明日香を見失っちまう!」


 サクラとそんなやり取りをしている内に、目標である明日香がかなり遠ざかってしまっていた。俺はそれを見て再び尾行を開始する。

 そんな俺もはたから見れば十分に不審者と言えだろう。

 そして俺とサクラがいったい何をしているのかと言うと、明日香の保護者としての見守りだ。決してストーキングをしてるわけではない。

 明日香にばれない様にと物陰に隠れながら、俺達はこっそりとあとを追って行く。

 今日は明日香がお友達と初めて遊ぶ約束をしたという事で、とても嬉しい記念すべき日なのだが、俺には少し気にかかっている事があり、こうして明日香のあとを追っているというわけだ。

 あれは夏休みが目前に迫った最後の休日。

 明日香が珍しく欲しい物があると言ってきた事が始まりだった。

 そんな明日香の話を詳しく聞いてみると、『友達と夏休みにプールへ行く約束をした』と答えた。

 三週間という短い期間で友達ができたのは喜ばしい事なので、俺はあまり深く考えもせずに明日香と一緒に水着を買いに行き、ご希望の水着を買ってあげた。

 そして昨日の夜。

 いつもの様に俺が妹もののギャルゲーをしていた時、サクラが『明日香って女の子とプールに行くの?』と聞いてきた。俺はその問い掛けに対し、『そりゃあ、女の子の友達に決まってるだろ』と答えた。

 だけどサクラは続けて『なんでそう言い切れるの? もしかしたらボーイフレンドかもしれないじゃない』などと不吉な事を口走った。

 明日香が小学校に通い始めて三週間。

 まさかその短い期間にそんな事があるわけがない――などと思っていたその時、俺がやっていたゲームに一枚のCGが表示された。

 そこには出会ってから二週間の親友の妹とプールデートをしている主人公の姿があり、それを見た俺は、なんとなく妙な不安にられてしまった。

 まあそういった経緯があり、こうして明日香の様子を見守ろうという結論に至ったわけだ。別に相手が男だったら邪魔をしようとか、そういうわけでじゃない。

 ただ、相手が男だったらどんな相手かを確かめておくのも、保護者であり兄である俺の役目だろうと思っただけだ。


『あっ、涼太君。明日香が建物に入って行くよ』

『よし、サクラ。俺は水着に着替えて来るから、その間の監視を頼むぞ!』

『サクラにお任せでっす!』


 勇ましく敬礼をして飛び去って行くサクラを見送ったあと、俺は急いで建物内へと入って男子更衣室で水着に着替え、室内プールへ移動して物陰から明日香を捜していた。

 そんな俺ははたから見れば本当にただの怪しい奴だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。


 ――さて、明日香はどこに居るかな?


 周辺を見渡しながら明日香を捜していると、プールの出入口から俺が買ってあげた黄色のワンピース水着を着た明日香がやって来るのが見えた。


「な、なん……だと!?」


 すると出入口から出て来た明日香のかたわらにイケメンの長身男性が居て、明日香を優しくエスコートしていた。


「あ、明日香に彼氏ができた!?」


 明日香の手を引きながら、まずは浅いプールへと入るイケメン。

 そしてそのイケメンにエスコートされる明日香の表情はにわかに紅く染まっていて、俺はその様子を見てモヤモヤしてしまった。


「――なっ!?」


 それから少し様子を見ていると、プールの中を歩いていた明日香が足を滑らせたらしく、それを抱き止めたイケメンと明日香の顔がキスできそうなほどに近付いた。


「けしからん!」


 俺は隠れて見守るという趣旨を完全に忘れ、明日香の方へと急いで向かった。


「おっと!」

「あっ、すみませんねえー」


 イケメンに偶然を装って体当たりし、明日香から遠ざける。


「お、お兄ちゃん!?」

「や、やあ、明日香。偶然だな」


 我ながらわざとらしいとは思うけど、我を忘れていた俺にできる対処はこれしかなかった。


「もしかして、明日香ちゃんのお兄さんですか? 初めまして」


 特に驚く様子もなく、イケメンはこちらに手を伸ばして握手を求めてくる。


「どうも、初めまして」


 俺はに笑顔を浮かべ、イケメンが差し出した手を握った。


「明日香。こちらの方は?」


 多分この時の俺は、かなり表情がひくついていたと思う。


「あっ、紹介が遅れました。僕は――」

「兄さん。どうかしました?」


 突如こちらに向かってそう呼び掛ける声が聞こえ、俺はその声がした方へと視線を向けた。

 するとそこには明日香の登校初日のお昼に声を掛け、一緒にお昼ご飯を食べてくれたあの女の子が居た。


「えっ? 兄さん?」


 俺は明日香を見ながら、イケメンと女の子を指差す。


「はい。僕は由梨ゆりの兄で、篠原拓海しのはらたくみと言います。よろしくお願いします」

「あっ、桐生涼太です。よろしくお願いします」


 いまいち状況が掴みきれていない俺に篠原さんは話があると言い、妹の由梨ちゃんに明日香と遊んでる様に告げると、室内プール内にあるカフェへと俺を誘った。


「改めまして、よろしくお願いします。桐生涼太君」

「あっ、こちらこそよろしくお願いします。篠原さん」

「拓海でいいよ。桐生君」


 篠原さんはこう言うが、その落ち着き様からはどう見ても年上にしか見えないから、そんな相手をいきなり呼び捨てになどできない。


「いやあ、呼び捨てはちょっと……」

「そっか。それじゃあ拓海君でも、拓海さんでも、どちらでもいいよ」

「えっと、それじゃあ俺――いや、僕も名前で呼んで下さい」

「うん。それじゃあよろしくね、涼太君」

「はい。拓海さん」


 そう言って俺は、改めて拓海さんと握手を交わした。


「涼太君の事はさっきサクラさんから聞いたんけど、まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったよ」

「ははは……」


 俺は思わず乾いた笑いを漏らす。


 ――妹に彼氏ができたのかと思ってあとをつけて来ました――なんて言えないからな。


「あれっ? 拓海さん今、サクラって言いましたか?」

「うん。言ったよ」

「な、なんでサクラの事を知ってるんですか!?」


 俺は椅子から立ち上がり、思わず前のめりになってしまった。


「涼太君。落ち着いて」

「あっ、す、すいません……」


 俺はコホンと咳払いを一つし、静かに席へと座り直した。


「僕もサクラさんと会ったのはさっきが初めてなんだ。ここへ入る前に、明日香ちゃんを物陰から見ているサクラさんを見かけてね」


 拓海さんはここまでの経緯を丁寧に話し、自身と由梨ちゃんについても話をしてくれた。

 その話には素直に驚いてしまったが、拓海さんは俺と同じ立場だった。それはつまり、由梨ちゃんも明日香と同じ幽天子ゆうてんしだったという事だ。

 ちなみに拓海さんが明日香を幽天子だと知ったのは、さっきサクラに会った時だったらしい。

 そして拓海さんの口振りでは、どうも由梨ちゃんは明日香が幽天子だという事に既に気付いていたみたいだと言っていた。


「拓海さんはいつから由梨ちゃんと生活を?」

「僕が由梨と出会ったのは、今から半年くらい前かな」


 それから拓海さんは由梨ちゃんと出会ってからの半年間を、簡単にだが聞かせてくれた。

 その話を聞く限り、やはり相当の苦労があったみたいで、俺は拓海さんと苦労話をして共感しあった。


「由梨は人見知りが激しくてね。最初は友達をつくるのに苦労してたんだけど、先日『友達とプールに行く約束をした』って嬉しそうに言ってね。そしたらお友達もプールへ行くのも泳ぐのも初めてだって聞いたから、泳ぎを教える為に今日は一緒に来たんだよ」

「そうだったんですね」


 ――ああ。勘違いとはいえ、さっきの自分の行動が恥ずかしい。


「涼太君。僕はね、由梨と過ごす日々が幸せなんだ。でもね、幸せであればあるほど怖くなるんだよ」

「怖くなる?」

「そう。涼太君も知っているとは思うけど、幽天子はこの世に転生する条件を満たす為に僕達と一緒に居るんだ。転生に必要な条件がどんなものなのかは分からないけど、それが満たされた時、僕は笑顔で由梨を送り出してあげられるんだろうか……」

「…………」


 拓海さんのその言葉に、俺は何も答える事ができなかった。


「あっ、ごめんね、涼太君。さあ、由梨達をずっと放って置いたら怒られるから、そろそろ行こうか」

「そうですね」


 このあと明日香達のところへと戻った俺は、四人で楽しくプールで遊び、とても楽しい夏の一日を過ごした。

 ちなみに偵察を任せていたサクラは任務を忘れてプールで遊んでいたらしいので、帰ってから洗濯ばさみ一日干しの刑に処した。

 そしてその日の夜。

 俺は再びあの夢を見た。とても嬉しく、とても悲しいあの夢を。

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