第11話・お兄ちゃんは心配性
あと三週間も経たない内に夏休みへ入ろうかという今日。明日香は小学校へ初登校となる。
最初は夏休み終了後に行かせようかと思っていたんだけど、明日香が問題無く学校生活を送れるか様子を見るのに約三週間という期間はちょうどいいかと考え、思い切って行かせてみる事にした。
「忘れ物はないか?」
「うん!」
明日香は俺が昔使っていたランドセルを背負い、嬉しそうにしている。
それにしても大事に取っておいたランドセルが、こうして役に立つ日がやって来るとは思ってもいなかった。
もちろんランドセルは明日香の為に俺が改修をしてある。黒色だったランドセルを明日香の要望どおりに空色に塗り変え、少しくたびれた部分もネットの情報を参考に手直しをした。
本当なら新品を買ってやればいいんだろうけど、この使い古した感じが小学校五年生ってのを演出するにはちょうどいい。
「サクラ。抜かりはないだろうな?」
「もっちろん! 涼太君が言ったとおりにしておいたよ。結構大変だったんだからね」
自称巨乳の胸を張り、自慢げにしているサクラ。
今回の学校へ行こう計画を遂行するにあたり、サクラの協力は必要不可欠だった。
そして俺がサクラに頼んで実行してもらった事。それは、明日香に関する記録の
当然ながら明日香は、小学校に行くのはこれが初めて。だからこれまでの記録をサクラに捏造してもらったわけだ。
その内容はなるべく不自然にならない様に、明日香は身体が弱く、長期欠席をしていたという事にしてもらっている。
「サクラ。例の件は大丈夫か?」
「もちろん。でも、本当によかったの?」
「ああ。明日香もそれを望んでたしな」
そしてもう一つ、俺がサクラに頼んでいた事がある。それは、明日香に友達が居るという事にはしない――という事だ。
サクラの力を使えば友達が居る様にする事も可能らしく、そうした方が明日香がスムーズに学校生活を送れるとは思った。
だけど俺は、そうする事を良しとしなかった。友達は与えられるものではなく、自分でつくるものだから。
まあ、俺だって友達は決して多くはないから、偉そうな事を言えた義理ではないけど、明日香はこれまで一生懸命頑張って来た。だからきっと、友達だって自分でつくれる。
もちろん明日香の意見を無視はできないから、この件についてはちゃんと話をして、どうしたいかを直接明日香には聞いた。
するとその時の明日香は悩む様子もなく、『私、自分でたくさんお友達をつくるよ!』と即答した。そして俺は、そんな明日香のポジティブさにとても感心したもんだ。
「傘、忘れるなよ?」
「うん。ちゃんと持ったよ」
学校に行く記念にと買ってあげていた猫プリントつきの新品の傘を手に持ち、玄関でソワソワしている明日香。せっかくの登校初日が雨降りだっていうのに、なんとも楽しそうだ。
そういえば俺も小学生の頃に新しい傘とかを買ってもらった時には、今の明日香みたいにウキウキしていた様な気がする。
俺は当時の自分と今の明日香を重ね合わせ、少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
表向きには久しぶりの登校という事になっているので、俺も一緒に小学校まで行くと決めていた。担任の先生にちゃんと会って挨拶をしておこうと思ったからだ。
自宅から小学校までは、片道十五分ほど。そして明日香は霧雨が降る中を、傘を差して楽しそうに歩いている。
出掛ける練習で明日香と何度か通った道だけど、今の明日香には前と違って新鮮に見えているかもしれない。
俺達はまだ登校する子供達も少ない中を、ゆっくりと歩いて学校へと向かう。
そして小学校へと辿り着いた俺達はすぐに職員室へと向かい、俺は明日香のクラス担任と会った。
明日香のクラス担任は俺が在学していた時には居なかった若い女の先生だったけど、とても物腰が柔らかく、優しそうな人で安心した。
「――では、明日香をよろしくお願いします」
必要な話を済ませた俺は、明日香を担任の先生に預けて職員室を出ようとした。
その時に少し振り返ると明日香が小さく手を振ったので、俺も小さく手を振り返してから職員室を出た。
× × × ×
「こんな時間に涼君と会うなんて珍しいね」
「そ、そうだな……」
――い、いかん……緊張で声が上ずりそうになる。
明日香を小学校へ送ったあと、学園へと向かう途中で偶然にも琴美に出会い、俺は一緒に通学路を歩いていた。
「何か急ぎの用事でもあったの?」
琴美は興味津々と言った感じで俺の顔を覗き込む。
そんな琴美の仕草がとても可愛らしく、俺はつい、その顔に見惚れそうになってしまう。
「あっ、いや……実はさ、今日は明日香が久々に学校へ行く日だったんだよ。だから一緒について行ってたんだ」
「明日香ちゃん、体調良くなったの?」
「あ、うん。最近は調子が良かったから、本人が行きたいって言ってね」
仕方がない事とはいえ、嘘をつくというのは気が引ける。
しかも相手が想いを寄せる琴美だからか、その罪悪感は更に増す。
「そっか、良かったね。また学校に行けて」
「ありがとう」
久しぶりに琴美と通学をし、一時の甘美で胸が苦しい感覚を俺は味わっていた。
そしてそんな一時を過ごしたあと、俺は学園でいつもの様に授業を受けていたんだけど、やはり明日香の事が心配になり、どこか授業に集中できないでいた。
「明日香、上手くやってるかな……」
お昼休み前最後の授業が始まって間もなく、俺は教科書を見ながら小さくそう呟いた。
勉強については全然大丈夫だと思うけど、クラスメイトと仲良くできているかがとても気になる。
『そんなに明日香の事が心配なら、様子を見に行けばいいじゃない』
俺の席は教室の窓側、その
『驚かせるなよ』
『あはは。ごめんね』
サクラは特に悪びれる様子も見せず、相変わらずにこっと笑っている。
――まったく……いつもながら心臓に悪い妖精だ。驚きのあまり心臓麻痺を起こしたらどうすんだよ。天生神が死神にジョブチェンジになるぞ。
『でっ? 明日香の様子を見に行かないの? 涼太君』
『あのなあ。見て分かると思うけど、俺は今授業中なんだよ。それなのにどうやって様子を見に行けってんだ?』
『そんなの簡単だよ。私が涼太君と入れ替わればいいんだから』
『それってつまり、お互いの意識を入れ替えて、身体を一時的に借りる――みたいな事か?』
『ふふっ。まあ、そんなところかな♪』
空想作品などではよく見かけたりするシチュエーションだが、サクラの不気味な笑顔を見ていると、とても不安になってくる。
だけど明日香の様子がどうしても心配だった俺は、少し悩んだ末に結論を出した。
『分かった。俺と入れ替わってくれ、サクラ』
『オッケー! それじゃあ、いっくよー!』
言うが早いか、サクラは俺から距離をとったかと思うと、凄い勢いで俺に向かって突撃をして来た。
『お、おいっ! 馬鹿! 危ないって!』
目前に迫ったサクラが俺にぶつかった瞬間、自分の意識がフワッと浮き上がる感じがした。
『あ、あれっ?』
気が付くと俺は宙にフワフワと浮いていて、窓に映る自分の姿はサクラになっていた。
『もうっ、あんまりジロジロ見ないでよね。涼太君のエッチ♪』
その言葉に目線を下へやると、そこにはニヤッとした表情の俺が居た。
正確には、サクラの意識が入った俺の身体――と言うべきだろうか。
『これで明日香の様子を見に行けるのか?』
『うん。でも気を付けてね? 他の人には見えないけど、幽天子である明日香にはその姿が見えちゃうから』
『ん? 別に明日香に姿が見えても問題無いんじゃないか?』
『そう? まあ、涼太君がそれでいいならいいけどね』
例え姿が見えたとしても、明日香にとってはサクラが様子を見に来ただけ――としか映らないだろうから、特に問題は無いと思う。
『それじゃあ、ちょっと行って来る』
『はーい♪ いってらっしゃーい♪』
そう言ってから恐る恐る窓に手をつくと、その手はまるで前方の窓などない様にスルリと突き抜けた。どうやらいつものサクラがそうであるみたいに、壁などの障害物を抜けられるみたいだ。
それが分かった俺はそのまま勢い良く外へ飛び出し、明日香の居る小学校へと向かい始めた。
「おー! 凄い景色だな!」
外はいつの間にか雨もあがり、青空が広がり始めていた。
そんな広がり始めた青空を飛びながら、普段の自分では決して見る事ができない位置から街を眺める。
「これがいつもサクラが見てる風景なんだな」
空を飛ぶのは人類の夢であり希望でもあると思うが、自分の力で飛ぶ感覚ってのはこういうのもなんだなってのを、俺は今、身をもって体験している。
そしてこの感覚は、正直クセになりそうだった。
「おっ、もう着いたのか」
サクラの身体は思ったよりもスピードが出るみたいで、普通なら俺の居る学園から小学校までは片道三十分以上はかかるのに、それをほんの僅かな時間に短縮できていた。
「えーっと。確か明日香の居るクラスは五年三組だったな」
昔の記憶を頼りに壁を突き抜け、明日香が居る教室へと向かう。
こうして間もなく目的の五年三組の教室へ着いた俺は、教室の上からクラス全体の様子を見回した。
どうやら今は算数のテストをやっているらしく、俺はゆっくりと身体を回しながら明日香を捜した。
――おっ! 居た居た!
ちょうど教室の真ん中辺りの席に明日香が居るのを見つけた俺は、素早く明日香の真上の位置へ移動をしてから勉強の様子を覗き見た。
明日香が今解いている算数の問題は、以前に明日香とやった事がある問題の応用。
そして明日香はプリントの問題を前に少々考え込んでいる様子だったけど、冷静に答えを導き出して解答していた。
――そうそう。それでいいんだ。
こうして俺はテストが終わるまでの間、ずっと明日香が問題を解くの見ていた。
最終的に明日香は二問ほど解答を間違えていたけど、出来としては十分だ。今日帰ったら、間違えていた部分をちゃんと教えてやるとしよう。
そして俺はそのままちょっとした授業参観気分で様子を見続け、あっと言う間にお昼になった。
「桐生さん。良かったら一緒にご飯を食べませんか?」
今日は給食がお休みだと聞いていた俺は、手作りのお弁当を明日香に持たせていた。
そしてそのお弁当をランドセルから取り出してモジモジとしていた明日香のところに、腰まで伸びる黒のウエーブヘアーをした女の子がやって来た。
「い、いいの?」
「はい。一緒に食べましょう」
女の子の返事を聞いた明日香は、とても嬉しそうにしながら机の上にお弁当を置いた。
するとその女の子は自分の椅子を明日香の席まで移動させて正面に座り、持って来たお弁当を机の上に置いてからその蓋を開けた。
そしてその様子を見ていた明日香も、続いてお弁当の蓋を開いた。
「わあー! 桐生さんのお弁当、可愛いですね。お母さんが作ってくれたんですか?」
「ううん。お兄ちゃんが作ってくれたの」
「ええっ!? お兄さんがこれを? 凄いですね!」
そんな女の子の言葉を聞いた周りの子達が、興味津々に明日香のお弁当を覗きに来る。
「「「可愛い~!」」」
お弁当を見に来た女の子達から、口々に可愛いと称賛を受けるお弁当。
思えばこの日の為に俺はキャラ弁の作り方を研究し、作れる様に特訓していたわけだが、その中でも今日の弁当は傑作中の傑作で、家に居る飼い猫、小雪をモデルにした猫キャラ弁当を作ったわけだ。
キャラ弁は小学生にウケがいいとは聞いていたけど、これは想像以上の好評だ。明日香が友達を作るいい切っ掛けになればと思って作ったけど、これなら頑張った甲斐があった。
こうして楽しげにクラスメイトとご飯を食べている明日香の様子を見ていると、俺まで本当に嬉しくなる。
こうして微笑ましい昼食タイムはあっと言う間に過ぎ去り、明日香達は午後の授業を迎えた。
そして迎えた午後の授業の最初は体育らしく、体操着に着替えた明日香が一生懸命に逆上がりをしていた。
「えいっ! えいっ!」
逆上がりをするのは初めてだからか、明日香はかなり苦戦をしている様子だった。
そして俺は頑張って逆上がりを成功させようとしている明日香の姿を空から見ながら、心の中でずっと応援をしていた。
「もう一回……えいっ!」
「頑張れ――――っ!!」
「えっ!?」
俺は頑張っている明日香を見ていて思わず気持ちが入り込んでしまい、つい大声を出してしまった。
そして俺の出した声に反応した明日香は、驚いた表情で俺が居る方を見た。
本当は最後まで黙って見守るつもりだったけど、こうなってしまっては仕方がない。
「頑張れ明日香! もうちょっとで逆上がりができるから!」
明日香は俺の応援を聞くとにっこりと笑顔で頷き、再び鉄棒へ向き合った。
「えいっ! え――――いっ!」
気合の入った大きな声と共に、勢い良くぐるりと回る明日香の身体。
「やった……できたー!」
「やったな! 明日香!」
俺が空から賞賛の言葉と拍手を送ると、それを見た明日香は満面の笑みを浮かべた。
そしてそんな明日香の笑顔を見た次の瞬間、俺の意識は急速に薄れ始め、何かに引き寄せられる様にして意識が途切れた。
× × × ×
「んん……」
目を開いて辺りをゆっくり見回すと、そこはベッドの上だった。
「あっ、桐生君。大丈夫?」
少し離れた位置に座っているのは、
「俺……何でこんな所に?」
「覚えてないの?」
宮野先生の心配そうな表情の意味が分からず、俺は首を傾げる。
そして俺は先生からここに居る理由を聞き、全てを理解した。
『サクラのドアホ――――――――ッ!!』
話を聞き終えた俺は、どこかに居るサクラに聞こえる様にと、心の中で力の限りそう叫んだ。
宮野先生から聞いた話によると、サクラは俺と入れ代わったあと、かなり無茶苦茶な事をしていたらしい。
授業中に突然弁当を食べ始めたり、先生に解くように言われた問題に珍解答をかまして驚かせたりと、とにかく聞いた話は酷い内容だった。
そしてそんないつもとは違う俺の様子を心配してくれた琴美と先生が、俺を保健室まで連れて行ってくれたらしい。
こうして事情を聞いた俺は宮野先生にお礼を言ってから保健室をあとにし、授業へと復帰したんだけど、俺はサクラのせいで周りの連中から妙な視線を向けられる羽目になった。
――くそっ、サクラめ……帰ったら洗濯ばさみで羽を挟んで、俺達の洗濯物と一緒に一晩干してやるからなっ!
俺はクラスメイトからの痛い視線を浴びながら、午後の授業を必死で耐えた。
そしてとても長く感じた授業がようやく全て終わり、放課後のホームルームが終わった瞬間、俺は逃げる様に教室を出てから学園を飛び出した。
「――お兄ちゃん!」
学園を出てからしばらく帰路を歩いていると、学園に一番近い最寄り駅の通りでなぜか明日香と出会った。
小学校と俺の通う学園は完全に真逆の方向にあるのに、明日香がここに居るというのはおかしい。
「何でこんな所に居るんだ?」
「お兄ちゃんを待ってたの」
――小学校が終わったあと、わざわざここまで来て俺の帰りを待ってたのか?
「……そっか。ありがとな、明日香。でも今度からは、学校が終わったら真っ直ぐ家に帰らなきゃダメだぞ?」
「うん。分かった」
素直に頷いて返事をする明日香。
俺はそのまま明日香を連れ、自宅へと歩き始める。
「明日香。学校はどうだった?」
「とーっても楽しかったよっ!」
にこにこと笑顔を浮かべ、今日あった事を話し始める明日香。
どうやら無事に初日を終える事ができたらしく、本当に良かった。
「――それでね、お兄ちゃんが作ってくれたお弁当をね、みんなが可愛い――って褒めてくれたの!」
自宅への帰り道、明日香は本当に楽しそうに今日あった出来事を話してくれていた。
「そっかそっか。それじゃあ、また給食が無い時は作ってやるからな」
「うん! 楽しみだなあ♪」
嬉しそうに微笑む明日香を見ながら、次は何のキャラ弁を作るかな――と考えていたその時、歩いていた明日香が急に足を止めた。
「あのね、お兄ちゃん。今日は応援してくれてありがとう」
「えっ?」
「体育の逆上がりの時、明日香を応援してくれたでしょ?」
「な、なんでアレが俺だって分かったんだ?」
「だって、私にはお兄ちゃんの姿が見えてたもん」
「見えてたって……サクラの姿じゃなくて俺の姿が?」
「うん」
――なるほど。これがサクラの言っていた、その姿が見えてる――って事だったのか。
「ごめんな、明日香。お兄ちゃん、明日香の事が心配になってさ。サクラに頼んで様子を見に行ったんだよ……」
「どうして謝るの? 明日香、とーっても嬉しかったよ! 明日香、お兄ちゃんだーい好きだもん!」
明日香はそう言うと、ばっと俺の右腕を両手で抱き包んだ。
「えへへっ♪」
可愛らしく笑みを浮かべる明日香を見ながら、俺はそのまま自宅への道を歩いた。
俺は明日香と出会ってから、心が温かくなる時間をたくさん感じる様になった。
そして俺は、いつまでもこんな時間が続く様な感覚を
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