第48話 case7 追憶編 5
「あぁん? なんだテメェら?」
無論、倫太郎の問いに帰ってくる返事は無い。その代りに集団はじりじりと包囲を縮めてくる。
「おい、晴彦。これってアリなのか?」
声こそ発せずとも、その動きから見て集団は常の物ではない、即ち忍者であることは確実であった。
「んー、場外乱闘についてはルールに書いてないね。それはすなわち迷惑かけない程度に好きにしろって事じゃないかな?」
「まったく! 倫太郎さんが恨みを買うようなことばかり言っているからですわ!」
翔子はそう言い、何時でも印を組めるように構えを取る。
「いやー、知っての通り、僕は荒事が得意じゃないんでね。
倫太郎君、僕を守ってくれたら今夜のお代はチャラでいいから」
晴彦はそう言い、倫太郎の陰に隠れる。
「けけけ、勿論、それには宿代も含まれるんだろうな」
倫太郎はそう言い、ふてぶてしく笑ったのであった。
「おら、何時までぼさっと突っ立てんだ盆暗ども。俺は眠てぇんだ、とっととかかって来やがれ」
「ふふ、5秒だ、5秒以内に貴様を倒そう」
「ふん、思ったよりも楽しめそうだな、拘束を2……いや3まで外してみるか」
「昼の戦いでデータはそろった、私の勝率は99%。なぜならお前の戦いには致命的な弱点がある」
「お見事、しかし悲しいかな。僕と戦う事を君は後悔することになる」
「やれやれ、まさか私が出る羽目になるとは、こういう時の為に『アレ』を用意しておいてよかった」
「「「「「イヤーーッ!!」」」」」
掛け声とともに四方八方より手裏剣が倫太郎目がけて投擲される。
「当たるかボケ!」
何たる不思議! 倫太郎が被っていた帽子を手に取りそれを一閃すると、雨の様に襲ってきた手裏剣はいつの間にか掻き消えていた!
そして――
「返品するぜ!」
倫太郎は、再度帽子を振る、するとそこから先ほどの倍以上の速度で寸分たがわぬルートを取って、まるで逆回しの様に手裏剣が投げ返された!
「「「「「グワーー!!」」」」」
そのあまりな早業に、半数以上が手でなく胴体で手裏剣をキャッチする羽目になったのであった!
「貴方たち! 夜討ちなど恥をお知りなさい!」
倫太郎の襲撃に巻き込まれることになった翔子。
だが、彼女もまた今日の試合で眩いばかりの輝きを放っていた人物だ。
優勝候補の一人である彼女がターゲットとしてカウントされていることは間違いなかった。
彼女にとってこれが初陣であった。だが不思議と緊張はしていなかった、それは隣にいる男のせいであろう。この憎たらしい男がいるおかげで、さっきまでのファミレスの延長線上の勢いで事に当れた。つまり、豊前翔子はノリノリであった。
「天狗忍法、
手印を結んだ彼女から、手裏剣まじりの突風が吹き荒れる。そしてそれは舞い散る紅葉の様に空間を赤く染めた。
「「「「「グワーー!!」」」」」
「あっはっはー、いやー
晴彦はそう呟きつつ、流れ弾を回避していく。影と化し、攻撃を捨て、回避のみに専念することで、フワフワと、風に揺れる柳の様にひっそりと攻撃を受け流していた。
「今年も、盛況ですなぁ」
「ええ、若いもんは元気で何よりです」
繁華街から遠く、遠く離れた地にて、一連の騒動を見守る目が有った。
そのもの達が見ているのはテレビのモニターである。何という事だろう、その映像は町角に設置された監視カメラの画像をハッキングしていたのだった!
「しかし、あそこは天下の往来、何時までも騒いでいると後が怖いですよ」
ニヤリと、一人の男がいやらしそうに言葉を紡ぐ、それに呼応するかのように周囲の人間もニヤリと笑う。各々は倫太郎たちの戦闘を静かに見守る、片手にビールを携えながら。
「せからしいぞ貴様ら!!」
一方的とも言える3対(1人は逃げ専門)多数の戦いに、ある程度けりが付きそうなところでその罵声が響き渡った。
「あっ? なんだテメェは?」
「ちょ、ちょっと駄目だよ倫太郎君、多分地元の人だよ」
気が付けば、周囲は惨憺たる有様だった。人払いの結界は当の昔に霧散して、壁は傷つき、ガラスは割れ、ゴミは散乱、犬は吠える。大乱闘が街中でスマッシュした結果がこの有様だった。
そして、出て来たのは最初に文句を言った一人だけではなかった。ぞろぞろ、ペタペタと、まるで映画のワンシーンの様に彼方此方から得物片手に町の住人が表に出て来たのだ。
「なっ、なんですの?」
そのホラー映画さながらの展開に、翔子のテンションは一気に下がり、周囲を観察する冷静さを取り戻す。
そんな彼女が目にしたのは、ゴッサムシティの如く荒れに荒れた街角の風景。
流石の彼女も反省し、謝罪の言葉を投げかけるが、群衆の勢いは止まらない。
町の住人は、興奮の為か飛び出んばかりに両目を見開き、ダブついた首の皺を振るわせる。またそれが単独で有れば滑稽なのだが、がに股でぴょこぴょこと跳ねる様に歩む姿はカエルの様であったが、それが各々木刀や鉄パイプ、あるいはスコップやクワやモリを持ちにじり寄ってくるのだから、抱く感情は恐怖以外ありえなかった。
「喧しいぞ、このクソ忍者共!」
「知るか、降りかかる火の粉を払ってただけだ。文句はそこらで伸びてる奴らに言え」
「なんや貴様。忍者の癖にワシらに歯向かおうてか!」
「忍者忍者うるせぇな! 今度はテメェらが相手か!」
売り言葉に買い言葉。完全に頭に血が上っている倫太郎は、罵声に罵声で返してしまう。
「やめなって! なんか怪しいよ、倫太郎君!
この人? 達、僕らの事を忍者って見抜いてるし、もしかして――」
「うるせぇ、モノのついでだ売られた喧嘩は買ってやる!」
こうして第二ラウンドの幕が空けたのだった。
「げっげー! 野郎どもやっちまえ!」
住人達はニヤリと大きな口を歪ませ、手に持った得物を振りかぶりながら襲い掛かってくる。
「しゃらくせぇ! 返り討ちにしてやる!」
寝不足で、疲労困憊の倫太郎は、それゆえのハイテンションで、いの一番に突撃していく。
「はっ晴彦さん! これは!?」
「ヤバイね、多分これも運営の罠の1つだよ。彼らどう考えても一般人じゃない。場外乱闘を強制終了させるためのリミッターだ」
一瞬、倫太郎に全てを任せて逃げ出すかと考えた晴彦だったが、周囲は建物の屋上すら完全に包囲されており、蟻一匹逃げ出す隙間など無い。
「僕たちが取りうる選択肢は二つ、いつ終わるかもしれない襲撃を乗り切るか、とっとと諦めてギブアップするかだ」
と、晴彦は翔子に問いかける。
翔子は、好き勝手に暴れ回る倫太郎の声を聴きつつ――
「天狗忍者に敗北は許されません。もちろん前者を選択しますわ」
ニヤリと、獰猛な笑顔と共にそう言ったのだった。
「はぁ、やっぱりね。それじゃ僕も逃げてばかりじゃなくて微力ながらお手伝いするよ」
やれやれと、晴彦は肩をすくめて、翔子の後を付いて、倫太郎の元へ向かったのだった。
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