第47話 case7 追憶編 4
結局、晴彦の話術が功を差し、倫太郎は否応なく、翔子は挑発に乗り、3人で食事をする流れとなった。
とは言え3人とも未成年、健全かつチープにファミリーレストランでの食事会となったのだが。
「聞いていますの倫太郎さん! 貴方のその態度が多くの人間を不快にしていますのよ!」
「おい、お前こいつに変なモン飲ましたんじゃねぇだろうな?」
「いやー、ここはアルコールを出してない店なんだけどね?」
お嬢様育ちで、友達とファミレス夕食会など初めてだった翔子は、見事に雰囲気に酔っていた。
「まぁまぁ翔子さん、ここはオープンスペースだよ、抑えて抑えて」
「あら、すみません、
「はぁ、ったくこれだからお嬢様ってやつは」
「なんですって!」
「いやほんと、いくら簡易結界を張ってるとは言え、大概にしとかないと追い出されちゃうからね」
プライドの高い翔子が、いい加減で粗雑な倫太郎にかみつきながら、姦しくも楽しい食事の時間は過ぎていった。
「ところで、明日の試験って何やるんだ?」
「まぁ、倫太郎さんったら、そんな事も知りませんの」
翔子はため息交じりでそう言うが、言われた倫太郎は平気の平左。興味なかったら家知らないと言わんばかりの態度で、コーヒーを口にする。
「あはははは、全く君はすごい人だね。
明日は実戦形式の総合試験。例年だと、何らかのプライズを見つけ出してゴールするまでのタイムを競う、オリエンテーリングみたいなものだよ」
「……プライズって何だ?」
聞きなれない単語に、倫太郎は疑問を投げかける。
「簡単に言えばお宝だね、忍者の世界では『曰くつきの』って言う枕詞が付くけどね」
「ふーん、そんなもんを中忍試験程度の為に持ってくんのか」
「あはははは、勿論本物なんて持ってこないよ、使うのは唯のダミーさ」
「ふーん、そんなもん楽勝じゃねぇの?」
子供だましのお宝探し、倫太郎が受けた印象はその程度だった。
「まぁ、そこは中忍試験、色々なギミックが用意されているみたいだけどね」
「ギミックって?」
「うん、暗号だらけの宝の地図だったり、試験官たちが罠を仕掛けたり色々あるけど、やっぱり一番の目玉は、受験者たちの妨害合戦かなぁ」
「はっ、そんなもん屁でもねぇ」
倫太郎は自信満々に鼻で笑う。それもそのはず、彼は毎日の様にガチンコで上忍頭である父と追いかけっこをしているのだ。
今年は偶々後れを取ったとはいえ、ここ数年、実力で中忍試験を回避し続けていた彼の言葉は中々に重い。
「まぁ、君個人ならそうかもしれないが、これはチーム戦だからね」
「……何?」
「チーム戦さ。3人一組になって任務にあたるんだ。勿論ゴールテープを君一人が切った所で意味はないってこと」
「……むぅ」
流石の倫太郎も眉を顰める。彼にはチームで任務にあたるなどの経験はない。
それを置いといても、今日の彼の態度は敵を作るに十分な態度だった。こんな自分とうまく連携を取ってくれる酔狂な人が居るとは思えなかったからだ。
だがまぁ、事前にそれを知っていたとしても、態度を改めるような謙虚な性格ではなかったが。
「まぁ、君たちは今日の実技試験で全勝してるから、万が一にも同じ班にはならないと思うけどね」
晴彦はそう言ってニヤリと笑う。彼自身は荒事が得意な流派と言う訳ではないので、どうにかこうにか勝ち越しを拾ったと言うレベルだったが。彼の本領は単純な腕比べではない。
むしろ明日の実技試験の様な複雑に絡み合った状況こそが彼の実力が発揮できる場所だった。
「おほほほほ、そういう事ですわ、倫太郎さん! 明日は楽しみにしておくことですわね。天狗忍者の実力をその身に叩き込んであげますわ!」
翔子はそう言い高らかに笑う。天狗忍者は肉弾戦にも情報戦にも最強。彼女はそう教え込まれてきたし、その様に鍛え上げて来た。ちょっと体術の腕が立つ程度の倫太郎になど後れを取る気など更々ないと言わんばかりだった。
「はっ、どんな雑魚どもと組もうが知った事か。俺には可愛いトマトの命がかかってんだ。
テメェらとは背負ってるもんが違うんだよ」
倫太郎はそう、虚勢を張る。強がりは男のダンディズム、それが彼のハードボイルドだ。
「まぁ2人が当たるとは決まってないけどね。それはともかく、宴もたけなわと言った時間だ、そろそろお暇しようじゃないか」
既に夕暮れ時はとうに過ぎ去り、もう少しで深夜と言っていい時間帯、男連中はそうでもないが、ただでさえ目立つ翔子が、夜の繁華街を出歩くには少々都合が悪い時間帯である。
「そうですわね、何時までものんびりしていてはお店の迷惑になってしまいますわ」
翔子は時計を見て、慌ててそう答える。ついつい話に熱中し過ぎて時間が経つのを忘れてしまっていたようだ。
「はぁ、俺も一昨日から親父と追いかけっこで殆ど寝てねぇからな、流石に遅刻を許してくれるほど呑気な試験じゃねぇだろう」
倫太郎はあくびをしながらそう答える。
試験が近づき、家を飛び出し追いかけっこ。漸く父親をまいたと思って一休みしたら、そこは父親の手がかかった喫茶店だったのだ。彼はそこで出された飲み物に強烈な痺れ薬を盛られ、捕えられてしまったと言う訳だった。
「晴彦さん、今日は誘ってくださりありごとうございます」
初めてのファミレスパーティを終えた翔子は、朗らかな笑顔でそう言った。
「あははは、良いって事だよ、高々ファミレス代くらい」
「おう、ごっつぉさん」
おごりを良いことに散々ファミレス豪遊をした倫太郎は、朗らかな笑顔でそう言った。
「あははは、君は少し遠慮ってものを覚えた方がいいよ」
「しょうがねぇだろう、財布抜かれちまってんだから、文句はクソ親父に言ってくれ」
持たざる者の強みである。請求書が来たら、親父の財布から抜き出そうと考えながら、倫太郎はそう返事をしたのだった。
そして、ホテルへ帰る途中だった。
「あのー、2人とも気づいてるのかな?」
ギャーギャーと、ファミレスでの勢いは止まらずに言い争う2人に晴彦が声を掛ける。
「ええ、勿論気づいてますわ」
「ちっ、しょーがねーな」
その言葉を合図にか、3人を取り巻く様に黒ずくめの集団が現れたのだった。
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