第43話 case6 決着編 3

 そのギターの音は、重く、悲しく、寂しく、地の底より湧き出すように響いて来た。


「幾千~、幾万~、幾億の~♪

 骸の上で~、戦士は狂笑わらう~♪

 手にした~、刀は~、赤く~、濡れ~♪

 白く~、柔らかな~、はらわたを~、纏う~♪」


 その歌は、悪魔の子守歌であり、地獄のシンフォニーであった。


「蠅たちは~、ワルツを~、踊り~♪

 蛆たちは~、腐肉を~、貪る~♪

 溜まり淀んだ~、血潮は~♪

 濁ごり震える~、ルビ~♪」


 その歌は、修羅道を歩む者たちに向けた、血まみれの応援歌であり

 戦の虚しさを、悲惨さを高らかに歌い上げた鎮魂歌であった。


「腐った腸が~破裂する音がする~♪

 魂にこびり付く~赤黒い匂い~♪」


 その瑞々しいじごくを聞いたギャラリーは、自らが屍の山に立っているのを幻視してしまう。

 あるものは、気絶し。あるものは、おう吐し。あるものは、逃げ出し。あるものは、狂い笑った。

 そこは正に、独りの歌い手によって作られた地獄絵図だった。





「おい、お前の姉さんとんでもないぞ」

「ええ、わが姉ながら恐怖すら感じる地獄の子守歌ですわ」


 そのあまりにもな歌に、何時しか二人は争いをやめ、茫然と立ち尽くしていた。

 もはやそこに、闘争の空気は無く、あるのは独りの魔女が支配プロデュースする、血と腸で彩られた悪魔の食卓であった。

 

 鈴子は、食べていたポップコーンを地面に落とし、膝を着きながらこう思う。

 こんなん、アイドルの歌や無い! やっぱり無理やったんや!


 そして、その狂気のオンステージ狂い踊る観客席の中、独りの男がゆっくりと、だが力強い拍手を始める。


「素晴らしい!」

「あ?」「は?」「(狂ったかな?)」

「この歌の表現力は、一体どういうことだ! まるで目の前に腐臭漂わせる屍の山があるようだ!」


 それ誉めて良い事なの、と河童、狂妹、グロッキーさんにんが疑問を感じている中、その男は話を続ける。


「その歌唱力! ぜひとも我がプロダクションで発揮させてみないか!」

「「「なっ、なんだってー!?」」」

「あらあら?」


「失礼、私はこういうものです」


 そう言って、その男が綾子に差し出した名刺には。有名プロダクションの名前とその男のプロデューサーと言う肩書が記されていたのだった!


「いや待て、こいつをそのまま世に解き放つのはまずい」

「そうですわ、お姉さまは危険ですわ」


 戦いを乗り越えた二人が、同じ道を志すことはよくある事。河童と狂妹は綾子が生み出した地獄を前に、それまでの諍いや立場も忘れ、異口同音にその男の思い付きを止めようとした。


「ああ大丈夫安心してくれ。勿論、専属のトレーナーを付け、彼女のさいのうには磨きをかける。そのまま放り出すような真似するはずないさ。

 彼女はダイヤの原石だ。ダイヤは磨いてからこそだからね」


 ハハハと、その男は愉快そうに笑う。

 二人はダイヤはダイヤでもホープダイヤモンド呪いの品だろうと思ったが、その男は構わずに話を続けた。


「さあ! 思いついたが吉日! アイドルの旬は短い! さっそくトレーニングに入ってもらうぞ!

 さあさあ、その前に親御さんにご挨拶だ! 手土産は何をもっていけばいいかな!」

「ちょ! ちょっと待ってください! お父様は簀巻きにして地下牢に閉じ込めていますの!」


 降って湧いて来た幸運に目を潤ませながら茫然としている綾子。

 その男の強引なやり口に、必死でブレーキを掛けようとする紬。

 そして、それを唖然と見送る、探偵社の二人。

 様々な人間模様を描き出すこの町は、今日も平和だった。





「……それで、結局どうなったの倫太郎君」


 真昼の商店街を襲った狂奏曲の話は翔子の耳に届き、仕事のついでに立ち寄った彼女は、倫太郎に説明を求めるのであった。


「ああ、俺たちの防戦虚しく、結局嬢ちゃんはその男に連れて行かれちまった」


 倫太郎は、己の無力さを痛感しながらそう絞り出す。

少女の夢に掛ける情熱は本物だったが、その男の熱意も本物だったと言う事だ。


「その少女、綾子さんはなんと?」


 翔子の付き添いで来ていた、男装の少女、|明(あきら)が質問を投げかける。


「ああ、倫太郎と鈴子おれたちには世話になった、このご恩は生涯忘れませんと、ここ一番の笑顔でそう言ってたよ」


 そう、彼女は笑いながら旅立っていった。やはり夢追い人の旅立ちに涙は無用。寂し涙は胸に隠し、少女は笑って行ったのだ。


 倫太郎は悲痛に溢れた顔でそう語った。また一人怪物が生まれようとしているのだ。自分の無力さを恥じ入るばかりである。


「それじゃ、残された妹、紬ちゃんはどうなったんですか?」


「あははは、「姉様一人、修羅の道へと旅立たせはしません。紬もお供します」って言ってついて行ってしまいましたよ」


 鈴子は力なさげにそう笑った。もう、あの2人と関わるのはよそう、文字通り住む世界が違ったのだ。鈴子はそう自分を納得させたのであった。


 暫く後、魅惑の呪殺系姉妹デュエットとして二人がアイドルデビューするのは、また別のお話である。



Case7 なんてったってアイドル 完

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