case7 在りし日の思い出2

第44話 case7 追憶編 1

 山間の某施設。普段は都会の喧騒を離れ、テニスやサッカーなどに汗を流す人々で賑わうこの施設だが、今日は特別な催しのため一部施設が貸切とされていた。

 その催しとは、道沿いに立ち並ぶのぼりに記されている通り……。


「……倫太郎りんたろうさん、忍者って何なんですかね」

「知らん、俺に聞くな」


 その、のぼりには【第〇×回、全国中忍試験九州会場】と力強い毛筆書きがなされていた。

 この会場に何故二人の姿があるのか、話は暫し遡る。





「倫太郎さん、なんか訳分からない手紙? が来てますよ」


 ここは、河童かわどう探偵社。社長である倫太郎の、臨時アルバイト兼、秘書兼、幼馴染兼、義理の妹である、緑川鈴子みどりかわ すずこは。郵便配達で送られてきた巻物を倫太郎に手渡した。


「いらん、燃えるゴミに出しとけ」


 倫太郎は、それを一瞥すると、受け取ることすらなく、競馬新聞に目を戻した。


「良いんですかね? 素人目にもなんかヤバいオーラが出てますけど」


 鈴子は疑問を抱きつつも、言われた通りに、ゴミ箱にそれを捨てようとした、その時だ。巻物が独りでに紐解かれたかと思うと、しゅるしゅるとそれは展開し、気が付くとそれは人型を形作っていた。


 やっぱり、呪いの品!? と鈴子がそれから距離を取ると、その人形はトコトコと歩き出しふわりと倫太郎の机に乗って喋り出した。


「まったく、酷い事をする。お前は文字も読めない、非文明人なのかな?」

「へーへー、そうですよ。だから下んねぇ人形遊びなんかやめて、とっとと帰ってくれ」


 そう言う、倫太郎の視線は人形ではなく、机の正面。即ち、事務所のドアに向けられていた。


「いやだなぁ、つれない事は言わないでくれよ」


 カチャリと、そう言いつつドアを開けたのは。ややたれ目がちだが、人の良さそうな目をしたスーツ姿の男性だった。


「何の用だ、晴彦はるひこ。言っとくけど金はねーぞ」

「はっはっは、君に金が無い事ぐらい、承知の事さ。ただ、何時までも会費を滞納されっぱなしと言うのも事務局としては困りものでね」


 その晴彦と呼ばれた男は、勝手知ったる他人の事務所とばかりに、誰に言われるものでもなく、自分勝手に来局用ソファーに座る。


「あっ、あの~、どのような御用で?」


 険悪なムードを察しつつ、鈴子が恐る恐る芦屋に要件を伺おうとすると、その男は柔らかな笑顔を鈴子に向けつつ挨拶をする。


「ああ、申し訳ありませんね緑川さん。僕はこう言ったもので」


 そう言って鈴子に手渡された名刺には【(一社)日本忍者忍術協議会 上忍 芦屋晴彦あしや はるひこ】と書かれていた。


「はっはぁ、これはご丁寧にどうも」


 そう言い、鈴子は名刺を返そうとするも、晴彦は笑顔でそれを制する。


「貴方の事は倫太郎から良く伺っておりますよ緑川鈴子さん。

 とても良く仕事をするチャーミングな女性で、貴方が居なければこの事務所は立ち行かないそうで」

「え、いや、あはははは」


 見も知らない他人に、いきなりそんな事を言われても、うれしさより先に警戒心が立ってしまう。鈴子がそう困惑している時だった。


「おい、晴彦。素人相手にマウント取ってんじゃねーよ」

「いやだなぁ、倫太郎人聞きの悪い。それに彼女が居なければ事務所が回らないのは事実だろう?」

「けっ、余計なお世話だ。

 そんな事より、用事は何だ、無いならとっとと失せろ」

「まったく、君って人はホントに社交性の無い男だねー」


 晴彦はそう言いつつ、懐から書状を出す、そこには一枚の辞令が書かれてあった。


「河童倫太郎。貴殿を第〇×回全国中忍試験の試験官として任命する、(一社)日本忍者忍術協議会会長ってさ。要するに会費を払えないなら体で返せって事だね」

「ふざけんな、第一俺はそんな訳の分からん会の会員になんぞなった覚えはない」

「あっはっは、今更そんな事を言われたって、会員名簿には君の名前はしっかりと記されている、そうは問屋が卸さないって事さ」


 抜け忍はそう簡単に出来るもんじゃないしね。と晴彦は細い目をさらに細めて倫太郎にニヤリと笑う。


 その答えは分かっていたのだろう。倫太郎は反論することなく、ぶすりと黙り込んだ。


「詳細は、そこに書いてある。因みにこれを断ったら本気で徴収させてもらうからそのつもりで」


 それじゃあ鈴子ちゃんまた時間がある時にゆっくりと、晴彦はそう言って事務所を後にしたのだった。





 そして、現在。沢山ののぼりや出店が立ち並び軽いお祭り会場と化している施設までの道のりを歩く、2人と猫が1匹


「わたし、忍者ってもう少し忍んでいるものと思ってました」

「忍者にあまり幻想を抱くな。肩すかし食らいすぎて肩が外れるぞ」


 倫太郎はそう言い、自虐的に唇を歪ます。


「そう言えば、以前あきらちゃんが中忍云々って言ってませんでしたっけ?」

「ああそうだな、もしかすると今回の試験がそうかもしれないな」


 噂をすれば影、会場の片隅に、いつもと違って忍び装束を着込んだ添田明そえだ あきらと、彼女の上司である豊前翔子とよまえ しょうこの姿があった。


「大丈夫よ明。普段通りの力が出せれば、間違いなく合格できるわ。リラックスして臨みなさい」

「はい! 翔子様!」


 気合の入った返事をする明は、どう考えても力み過ぎの気負い過ぎ。周囲の事なぞまるで目に入らないと言った感じで、ガチガチに緊張している。勿論背後に近寄る倫太郎の事など少しも気づいた様子は無かった。


「たかが中忍試験程度でなに緊張してやがる」

「うきゃっ!!?」


 呆れた倫太郎に突然声を掛けられた明は、飛び上がって悲鳴を上げる。その様子に翔子は苦笑いを浮かべつつも、倫太郎に挨拶をかわす。


「おはよう、倫太郎君。貴方がこんな所に来るなんて珍しいわね」

「俺だって、来たくて来たわけじゃねぇよ」


 倫太郎はそう言って、晴彦から押し付けられた辞令を翔子に突き出した。


「あら、貴方が試験官なの?」

「ああそうだ、明が受かるかどうかは俺の胸三寸で決まるって訳だ」


 倫太郎は、意地悪そうな笑顔を浮かべ、じっとりとした視線を翔子へと向ける。


「なっ! 倫太郎様! 何が言いたいのです!」


 その視線に、潔癖症な明は敏感に反応するが、翔子がそれを押しとどめる。


「へーえ、一体何を言いたいのかしら倫太郎君?」

「ふふふふふ……返済はもう少し待ってください!」


 倫太郎渾身の脅しおじぎに翔子は知ってましたとばかりに、苦笑いをし。明と鈴子は仲良く肩すかしを食らったのであった。

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