第29話 case5 追憶編 5

「くたばれこの豚! 河童忍術、高圧流水ウオータージェットモード―S

「ぶひひひひ、豚山忍法、藁吹雪わらふぶき


 倫太郎が剣を振るう直前、藁一郎から大量の藁が噴出され、視界が藁で埋め尽くされる!


「ちっ!」


 焦った倫太郎は、無暗に剣を振るうが、藁を切る手ごたえばかりで、藁一郎自身にはかすりもしない。

 だが、その開けた視界の隙間に、太い物体を垣間見る!


「そこだ!」


 踏み込み一閃!


「ぶひひひひ、優れた視力が仇となったな。豚山忍法身代わり案山子のろいのわらにんぎょう


 なんと、倫太郎が切りつけたのは、藁一郎ではなく、藁で編まれた案山子だった!

 しかも、その切断された断面より無数の注連縄が、倫太郎向けて飛び出してくるではないか!


「ちっ!」

「ぶひひひひひ、このまま縛り上げて、川に放り込んでくれるわ!」


 何たる無残、何たる非道! 藁一郎は倫太郎を『河童の川流れ』の刑に貶める腹積もりなのだ!


「ふっざけんなテメェ、河童忍術、高圧流水ウォータージェットモード―W


 しかし流石は、天才少年の倫太郎である、なんと彼は水の鞭を使って縄跳びを始めた!

 忍者回転力で、高速回転する縄は、2重跳びや3重跳びと言ったレベルではない。もはやそれは近寄るモノ全てを切り裂く水の膜となって、注連縄を切り裂き弾いていった。


「ほーう、やるな小僧、だが! その術の弱点見つけたり!」


 ブヒッ! と鋭く藁一郎が吼える、研ぎ澄まされた一閃が狙ったのは、まさに倫太郎が着地をした瞬間だった!


「しまった!」


 着地し、再度飛び上がる瞬間には、どうしても鞭の回転は止まってしまう。その隙を突かれてしまった。


 倫太郎は隙の出来た両足首に注連縄を巻かれてしまい、まるで砲丸投げの様に振り回される。


「く、そ」


 倫太郎が注連縄を切り裂くのと地面に叩き付けられるのはほぼ同時だった。藁一郎の怪力で振り回された倫太郎は、ゴムまりの様に大きく地面に弾かれたのだった。





「ぶひひひひ、こんな夜中に、別嬪一人、危ないですよ」

「あらあら、ご心配痛み入ります。ですがここは私たちの農場心配はございませんわ」


 下卑た吐息を漏らす木二郎に対し。美奈子はいつも通りの落ち着いた口調で優しくそう語った。

 ここに来て木二郎は、自分の2m近くある巨体を前にして、全く動じていない美人の若い女と言う存在に違和感を感じ始めた。


「貴様、何奴だ!」


 慌てて臨戦態勢を取るも、尚も美奈子には、全く動じた様子が無い。その隙だらけの恰好にかえって攻撃の糸口が掴まず困惑していると。彼女の口が開いた。


「何者だと申されましても、私はこの農場で妻をやっておりますとしか申せませんわ」


 農場の女将と言う言葉で、納得がいった。全くそれらしき気配は感じないが、この女も河童忍者なのであろう。それ故の落ち着きだ。

 自爆自縛に陥りかけていた思考を引き上げ、さてまずは一当りして様子を見るかと思ったその時だ。


「ママ」


と言う、か細く震えた声が、美奈子の背中から聞こえてくる。


「あらあら、鈴子ちゃん、ごめんなさいね。貴方がせがむからって連れて来たのはやっぱり間違いだったかしら」


 美奈子は困ったように首を傾げ、背に担いだ鈴子の方を向きながら、言葉を続ける。


「夜更かしは美容の天敵だし、聞き取りは優作さんや警察に任せて、もう帰りましょうか」


 何が何だが分からないが、この場はお開きとなるらしいと木二郎が安心した時だった。

 ポスとくすんだ音が聞こえたのと、胸の中心に痛みが走ったのは同時だった。

 気が付くと、美奈子の手には拳銃らしきものが握られていて、その銃口からは硝煙が立ち上がっていた。


「なっ! なにを!」


 木二郎の心拍数が跳ね上がる。動機がして眩暈がしてくる、もはやまともに立ってはいられなかった。


「先ほど言ったでしょう、私はこの農場で働いています。農場には農薬は付き物、組み合わせ次第では……ねぇ」

「きっ! 貴様! 解毒薬をよこせぇ!!」


 そう叫び木二郎が美奈子に向けて突進するも。焦りに曇った眼には足元の罠が見えていなかった。

 それは、細い、ワイヤーだった。美奈子と木二郎の間にはワイヤーで結ばれた柵が有ったのだ。

 その柵の名は、電気柵と言った。


「ぶひひひひひひひいひひひひ!!」


 美奈子の操作により一時的に出力を最大限に高められていた、その電気柵は木二郎がいじゅう避けの仕事を十二分に果たした後、煙を吐いて沈黙した。


「ママ?」

「あらあら、大丈夫ですよ美奈子ちゃん。こわーい豚さんは森へ帰りました。

 まったく、豚さんが小心者で助かりました、アレはただのお塩の塊。

 農薬なんて人間に使うはずありませんのに、そう言った事は法律で規制されていますわ。

 覚えておきなさい鈴子ちゃん、女は知恵と度胸さえあれば、殿方一人を手玉に取るくらい簡単ですわよ」


 そう言って、美奈子は違法の塊である拳銃をしまうのだった。





「ぶひ? 貴様は誰だ?」

「お前こそ何もんだよ、ここは俺の職場、カッパファームだぞ」


 煉瓦三郎は兄弟の中で最もデカく最も太い、身長2mを優に超すその巨体は、長身の優作が子供に見える程だった。

 だが、優作は全く臆さずに会話する。


「ぶひ、誰だか知らんがどうでもいい! 我ら兄弟の推敲な目的の礎となる事を誇りに思え!」


 煉瓦三郎は、体格には恵まれていたが、お頭の出来は少々劣っていた。彼が考えることは兄たちに任せ、行動で示すことを自分の役割だと決めていたのだ。

 ドスドスと、地響きを立てながら優作に向け突進をする。あわれ優作はその自動車の一撃に匹敵するぶちかましを受け、全身を強く打つ事に――


「しゃあごらぁあ!」


 ならなかった!

 優作の全身全霊を込めた正拳は、打ち上げる様に煉瓦三郎の鳩尾に吸い込まれ、その突進を食い止めた。


 だが、煉瓦三郎のタフネスも並ではない。後方へ転がり間合いを取る。


「ぶっ、ぶふ、ぶふ。き、貴様も、河童忍者か!」


 正拳突きをもろにカウンターで食らってしまった煉瓦三郎は、咳き込みながらそう尋ねる。


「あー、痛て。テメェは一体何食ったらそんな体になるんだ」


 優作は手首をほぐしながら、煉瓦三郎へと詰め寄る。


「河童忍者だ? そりゃボスと坊ちゃんの事だ、俺はただのフリーターさ。

 だが、ボスには返せ切れない恩がある。

 男一匹、喧嘩100段、工藤優作、キッチリとケジメは付けさせてもらうぜ!」


 優作は唯の一般人だ。だが以前、一匹狼の愚連隊として無法を働いていた所、筋ものに目を付けられてしまい、命の危機に陥ってしまった。

 そこに偶々通りがかった洞ノ助に命を救われた優作は、それ以来、悪行からはすっぱりと足を洗い、今は全国津々浦々を旅しつつ、農繁期にはカッパファームを訪れて、洞ノ助の手助けを行っていると言う訳だ。


「おらぁあ!」


 優作のラッシュに膝をついてしまった、煉瓦三郎が最後に見たものは、視界一杯に広がる優作の拳だった。





「ぶひひひひ、ちょっとやり過ぎてしまったかの」


 藁一郎が、倫太郎を確かめに歩を進めたその時だ。


「痛くねぇ」

「ぶひ!?」


 地に倒れふし、大の字になっていた倫太郎から声が上がった。


「つ、強がりはよしとくんだな!」


 今のは、多少の手加減はあったとはいえ、それでも並の忍者なら昏倒する一撃だった。とてもではないが、子供に耐えられる一撃ではない筈だった。


「痛くねぇぞちくしょーーーー!!」


 倫太郎は吠えた、痛くなかった、そう痛くなかったのだ。これはすなわち日々の鍛錬の背かであり、彼の父親がどれ程の強練を彼に仕込んでいたかの証明でもあった。


「あんのくそ親父! テメェの息子だからって好き勝手してやがったな!!」

「なっ? 何のことだ!?」

「うるせぇ! いいかここからは八つ当たりだ! テメェ生きて帰れると思うなよ!!」


 一発いいのを貰ったおかげで、初陣の硬さが取れた倫太郎は駆ける。

 彼の小ささは短所でもあるが、武器でもあった。その身軽さを利用して、全速力で掛けた彼の身は、夜闇に溶け、死角の多い、藁一郎の巨躯の陰に隠れた。


「どっ、どこに行った!?」

「ここだ、豚ッ!」


 声は上空から、藁一郎がその声の元を探し見上げると、そこには今まさに剣を振り下ろさんとする一匹の河童の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る