case5 在りし日の思い出

第25話 case5 追憶編 1

「いい加減にするにゃ!」

「うるせー! テメェ居候のごくつぶしの癖に贅沢言ってんじゃねぇ!」


 近頃、河童探偵社かわどうたんていしゃには新たなメンバーが加わっていた。猫又妖怪の自称「ひめ」である。


「あーもう、何なんですか一体」


 不定期のバイト要員として出社して来た、緑川鈴子みどりかわ すずこは、ドアの外まで聞こえていた騒動にため息を吐きつつ、古ぼけたドアを開ける。


「にゃー! 鈴子。聞くにゃ! 聞いてくれにゃ! この男とんでもない鬼畜野郎にゃ!」


 騎兵隊の到着だ! と、ばかりに。姫は、ドアノブを握ったままの鈴子の足元に縋り付き、鳴きまねをする。姫の知能は基本的に猫に毛が生えた様なものなので、プライドなんて生きるのに不要な物は捨てて来た。

 彼女にあるのは面白おかしく人生、いや猫生を過ごすことだけだ。そんな彼女の訴えとはこうだった。


「はぁ、三日三晩食事がキャットフードだったと、しかも激安の」

「そうにゃ! 儂は待遇改善を要求するにゃ!」


 対してここ、河童探偵社の社長兼探偵である、河童倫太郎かわどうりんたろうはこう反論する。


「喧しい! この前の翔子しょうこからの損害賠償請求だけじゃなく、何故かお前が以前やらかした所からの請求書もこっちに回ってんだ! おかげでうちの家計は火の車だ!!」


 前回の事である。倫太郎は姫が起こした事件を解決する体で、多少の小遣い稼ぎをしようとして、案の定失敗。

 そこで、同業であり、業界大手でもある豊前とよまえシークレットサービスの女社長である、豊前翔子の怒りを買ってしまい。なんやかんやと、負債を押し付けられてしまったのだ。

 自業自得とは、まさにこのことではあったが、おかげで河童探偵社の会計は大赤字となっていた。


「何故か俺がテメェの飼い主って事になっちまってんだ。テメェの拵えた借金を返済するまでしっかりとここで働いてもらうからな」

「にゃー! 人間社会の金の事なんて知った事かにゃ! 儂はただ旨いものを食べて、面白い事をしてきただけにゃ!」


 どっちもどっちな低次元の醜い争いが目の前で繰り広げられる。

 その有様に、鈴子はため息を吐き、ドアを閉めたのだった。





「あーあー、こりゃ酷い」


 請求書の山を見て、鈴子は呆れた声を出す。ここの所、少しばかり上向きだった経営が一瞬で崖の下だ。


「どうします、倫太郎さん。私の出勤減らします?」

「いや、それは困る。仕事自体は増えてるんだ。お前が居なくなったら書類の山で埋まっちまう」


 事務的シリアスな場面に自分の居場所は無いと、姫は猫形態に戻り、日向ぼっこに勤しんでいた。

 しかし、猫の集中力には限界があり、つい茶々を入れてしまう。


「にゃー、増えたのは。犬猫共の捜索だにゃ。それもこの駄目男は姫に任せっぱなしにゃ」

「喧しい、俺が自分でやった方が良かったって後悔してるとこだよ」

「あははは……」


 鈴子の手の内にある請求書の中には、ペットさがしの際に姫が破壊したと思わるものが幾つかあった。


「そこを上手くフォローするのが、ボスの力量の見せ所にゃ。まったくこの甲斐無しは上に立つ器じゃないにゃ」

「この野郎、三味線の皮にして、売ってやろうか!」


 バタンバタンと、喧嘩が再発する。

 派手なアクションをしつつも、事務所の備品に傷をつけないのは流石ではあるが、毛が舞い、埃が立つので他所でやって欲しい。

 しかし、探偵業をするよりも、この見世物を後悔する方が、金を稼げるのではないかと、鈴子は思いをはせるのであった。





「むー、しかし。この屑男、腕だけは立つのがムカつくにゃ」


 どうやら暇つぶしけんかは終わったらしい。姫は窓際の定位置について満足そうにあくびをしながらそう言った。

 贅沢な生活からは程遠いが、レクリエーション施設としては、この探偵社は合格らしい。


「まぁ、そうですねー。若様は、経営力、と言うか人間性はともかく。忍術の腕は、ご当主様のお墨付きですからねー」


 先ほども、河童忍者に変身せずに、常人では目で追う事も難しいほどの高速戦闘を繰り広げていた。本当に、忍術の腕だけは最高だ。


「みゅ? 若様と言う事は。こいつ当主の息子なのかにゃ?」

「おい、鈴子。この馬鹿猫に余計な事を吹き込むな」

「ああ、すみません、つい癖で。けどいいじゃないですか。姫さんだって一時的とはいえ個々の社員なんですから」


 と言い、鈴子は倫太郎の文句を軽く受け流し会話を続ける。倫太郎の裏側の話を話せる人間はそう居ないので、大っぴらに話せるのが楽しい様子だ。


 鈴子は、幼少のころ。倫太郎の両親が出資している孤児院の出身だ、その流れで河童家の世話になり、倫太郎を若様と言う癖がついてしまった。

 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、幼少の頃についた癖とはなかなか抜けるものではない。


「ふーみゅ、この男をここまで育てたと言う事は。余程器がデカいか、親ばかのどちらかにゃ?」

「そうですねー、どちらかと言うと、両方ですかね? ご両親ともども人格者で、とでも素晴らしい方々ですよ。ただちょっと子煩悩なだけで」


 人間のただちょっとの具合がどの程度か分からないし、そもそもこの男の性質は生まれついて物のかもしれん、まぁどのみち碌なものではないと姫は感じた。


「ただ、やはりご当主様は苦労されたようですねー、何しろ河童忍法ですから」

「うむ、それは分かるにゃ。猫の目から見てもアレは異様だったにゃ」


 姫は、先日の公園での戦闘を思い出してそう語る。河童と人間の相の子と言うか、口にくわえたキュウリが間抜けすぎると言うか、その割に動きは本格的でなんともアンバランスな存在だ。

 あのような、素っ頓狂な忍法を好んで修めさせるには相当な苦労があっただろうと、人ならぬ猫の身でも容易く想像がつくと言うものだった。


「ふむ、しかし鈴子は倫太郎の幼馴染と言うやつじゃったのかにゃ、いわゆる負けヒロインのポジションかにゃ?」

「だっ! 誰が負けポジションですか! それにわたしと倫太郎さんはそう言う関係じゃありません!」

「ふみゅ、ならばどういった関係なのにゃ?」

「……そうですね、幼馴染なのは否定しませんが、わたしは世間的には義妹として育てられましたね」

「世間的にはと言うのが気ににゃるにゃ」

「あー、それはですね。ご当主様は、わたしを河童忍法に深入りさせるおつもりはなかったのですよ」

「それは英断だにゃ、その当主とやらの器が量れると言うものにゃ」

「おい、うるせぇぞ猫」


 先ほどから、一方的な話を聞かされていた倫太郎は、とうとう声を上げるが、「にゃー」の一言でそれは無視された。

 「ったくこの野郎」と、倫太郎は悪態を着きつつ、ポケットを探る。しかしそこから出て来たのは、心もとないタバコの箱だった。


「あー、ちょっとタバコ買ってくら。鈴子後は任せた、それとその馬鹿猫が調子乗るからあまり好き勝手喋んじゃねーぞ」


 そう言い残し事務所を後にするが、調子に乗って好き勝手喋っているのはむしろ鈴子の方である。

 まぁ別にどうでいいかと、倫太郎は諦め半分で事務所を後にするのであった。

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