第26話 case5 追憶編 2
「儂が河童忍法第56代目当主!
「知ってるよ、喧しい」
福岡県は某山中、結界に守られた人知れぬ場所にその道場はひっそりと建っていた。
道場の上座にて、仁王立ちする髭面の偉丈夫こそは河童洞ノ助、倫太郎の父であり、河童忍法の現当主である。
その前に一人座るは、まだ幼き倫太郎。小学校低学年でありながら既にやさぐれ始めていて、現在の彼の片鱗が伺われた。
「うむ、何時もの発声練習だ、気にするな。商売人にとって声は命だからな」
「昨日は、クワ持つ手が命って言ってたじゃねーか」
「昨日の事は昨日の事、何時までも過去ばかり見ていては、儂の様に大きくなれんぞ」
はっはっは、と豪快に笑う洞ノ助。声も太いが体も太い、身長180cmを優に超す筋骨隆々の山賊の様な風体をしていた。
「まぁよい、それでは、今日の訓練を始める!」
「ぜってー嫌だ」
「はっはっは、それでは儂の攻撃を捌いて見よ!」
「嫌だって言ってんだろ!!」
今日も今日とて、道場に倫太郎の怒号と悲鳴が木霊する。
河童道場は平穏無事だった。
「お疲れ様です、洞ノ助様、若様」
「はっはっは、鈴子ちゃ~ん。道場ではパパって呼んでいいんだよ」
「……普通、逆だろ」
朝の訓練が終わった頃、道場に一人の少女が現れた。幼き日の鈴子である。
洞ノ助は、ボロ雑巾の様になった倫太郎を無視し、鈴子を抱きしめ、頬ずりする。その溺愛っぷりは、まさに目の中に入れても痛くないほどと言った所だ。
ここ河童道場での、鈴子の立場は名目上、下人と言う事になっている、『関係者以外立ち入り禁止KEEP・OUT』の結界を超えて、朝餉の支度が出来たことを知らせるには必要不可欠な手段だった。
鈴子は忍者と言う訳でないから、当然の如く練習への参加は認められていない。それどころか、練習風景を覗くのも禁止されている。
それと言うのも、以前親子が河童忍者に変身しているのをうっかりと見てしまい、大泣きしてしまった故の洞ノ助の裁定だった。
今では、偶に早くドアを開けすぎて、河童忍者のままでぶっ倒れている倫太郎を見ても、平気な程度にはなっているが、その裁定は変わっていない。
「こら、倫太郎! 何時まで寝ておる! 全くそんな様で栄えある河童忍術を注ぐことが出来ると思っているのか?」
「こんなもん、継ごうと思ってねぇから安心してろ」
倫太郎は、鈴子から濡れタオルを手渡されながらそう答える。
「何を馬鹿な事を言っておる、河童忍法は一子相伝。お前が継がなくて他の誰が継ぐと言うんだ?」
「一子相伝も何も、此処で胴着着てるのは俺とお前だけじゃねーか。とっとと滅んじまえこんな忍法」
「ふむ、所詮この世は諸行無常。
もし後継ぎが生まれなければ、是非もなしとは思っておったが、お前が生まれてきてしまってはしょうがあるまい。恨むなら男として生まれて来たお前の運を恨むんだな」
「ホント! 最悪だなテメェ!!」
倫太郎は不意打ちで拳を振るうも、あっさりとそれはかわされ、洞ノ助は鈴子の手を引き道場を後にするのであった。
「おはようございます、洞ノ助さん、倫太郎さん」
割烹着を着た凛として落ち着いた雰囲気の女性が、二人に挨拶をする。彼女の名前は
40は近いと言うのに、その美貌は衰える事を知らず。『美容と健康にカッパファームの満点野菜!』の謳い文句を自ら喧伝する、歩く広告塔と化している。
そんな彼女が作った朝食は、とれたてシャキシャキ新鮮な野菜を中心に、自家用として少数を放し飼いしている、烏骨鶏の卵を使った洋風の朝食だった。また、添えられているベーコンは。廃材となった野菜の卸先として提携している養豚農家で制作された厚切りベーコンで、香しい燻製と豚の脂が織り交じった食欲を誘う香りを漂わせている。
「おはようございます、ボスに坊ちゃん。今朝も早くからご苦労様です」
そして現れるもう一人、彼もまた洞ノ助と同じ位の背丈だが、洞ノ助と比べて体に厚みが足りないため、ひょろりとした印象を受ける人物だ。
彼の名前は、
室内でも中折帽とサングラスを欠かさない彼は、一見して只者ではないと分からせるオーラを発している唯のバイトである。
彼の恰好の元は、彼の父親がファンだった俳優の名前を、彼に付けたところから始まるのだが、本編に関わりないのでここは語らずにおこう。
「「「「いただきます」」」」「はい、召し上がれ」
香しい匂いを漂わせる朝食を前に、辛抱たまらないと言った四人は、手を合わせ、箸を進める。
洞ノ助は河童忍法の当主であると同時に、表の顔として(有)カッパファームの社長をしている。
昨今のご自制では、忍法一本でやっていくのは色々な面で厳しく。三代目前より力を入れて来た農業を、洞ノ助が本格的に花開かせたのがこの会社だ。
6次産業化の波にうまく乗り、漬物やドレッシングを始め、様々な商品を売り出し。今では幾人か従業員も雇い、総合的な大規模農業を軌道に乗せている。
ちなみに、昨今は野菜を使ったスイーツの製造に力を入れており。その過程で作成されたキュウリアイスが謎のヒットを飛ばすのは、未だ未来の話である。
そして、夕方の時間帯には、その畑の一画に倫太郎と鈴子の姿があった。
「おい、鈴子。俺は土いじりが楽しくて、ここにいるんであって。お前は別に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「鈴子は若様、えーっと違うや、お兄ちゃんと一緒にいるのが楽しいからいいの!」
泥で汚れた顔を不思議そうに傾ける倫太郎と、それを見てニコニコと楽しそうに笑う鈴子。いつも通りのカッパファームの片隅だ。
ちなみに、河童家が河童忍者だと言うのは暗黙の了解で知られており。鈴子が倫太郎を『若様』と呼ぶことは、皆聞かぬふりをしていてくれている。そんな呑気な田舎の風景だった。
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